卓話


私の半世紀に及ぶ研究者人生から思うこと

2022年12月14日(水)

2016年ノーベル生理学・医学賞受賞
東京工業大学 栄誉教授 大隅良典氏


 私は大学を出てから半世紀以上になりました。この頃つくづく思うことは、やはり科学とは人間のなせる技であるため、いかに自分が生きてきた時代と切り離しようのない歴史的なものかということです。

 少し、オートファジー(Autophagy:「自ら(Auto)」を「食べる(Phagy)」)の話をします。

 私は40数年、酵母という小さな細胞を対象に研究をしてきました。パンなどに入っている酵母は出芽酵母という微生物です。たった5ミクロンぐらいで芽を出しながらどんどん増えていく単細胞生物で、何千年も前から人間がつきあってきたと同時に近代生物学に大変重要な役割を果たしてきました。

 アメリカ留学から帰ってきたときに「人のやらないことをやろう」と、酵母が持つ液胞の研究をすることにしました。人のやらないことをやるのは、今の若者が苦手なことで、彼らにはみんながやっていることをやらないといけないという強迫観念が強くあるようです。

 小学校か中学校で、植物の細胞は90%が液胞という空間で占められていることを習いますが、何をしているのかを考えたことはあまりないと思います。

 例えば、タケノコは1日に1メートル伸びますが、そこには植物独特の成長様式があり、それは液胞を理解しなければ解けません。大豆のタンパク質も花の色もいろいろな薬も、液胞の機能に依存しています。そうしたことから、液胞というコンパートメントにアミノ酸をはじめいろいろなものが溜まることを10年ぐらい研究していました。

 1988年に転機が訪れて、初めて自分一人だけの小さな研究室を持ち、今までとは違うことをやりたいと思いました。それが後にノーベル賞受賞の研究に繋がった、細胞内でタンパク質がどのように分解されるのか、その中で液胞がどのような役割を果たしているのか、という研究でした。当時、分解はネガティブなイメージで、みんなの興味の対象ではありませんでした。

 人間の体内では、毎日300gのタンパク質が作られています。食事で1日70g程度のタンパク質を摂りなさいと栄養学で習いますが、タンパク質はアミノ酸が材料で、70gのタンパク質が全部アミノ酸になっても300gのタンパク質ができるはずはありません。この2つの数字が意味するのは、体内のタンパク質の合成とは、自分のタンパク質が壊されてできたアミノ酸がリサイクルされているということです。リサイクルなしには私達の生命活動は維持されません。生命とは合成と分解の平衡で成り立っています。

 体内のタンパク質は、2、3ヶ月で全部入れ替わります。リサイクルが必要になるのは栄養飢餓になったときです。例えば、ホッキョクグマが1ヶ月何も食べ物がなかった、あるいは人間が海や山で遭難し1週間から10日、水だけで生きたといったことは、その間、体のタンパク質を分解して生きながらえていたわけで、リサイクルのシステムが生命の維持にとても大事だとわかります。

 液胞内はほとんど水ですが、いろいろなものを分解する加水分解酵素が含まれているため、その中でタンパク質を分解しているのではないか、というのが私の最初の仮説でした。

 そこで分解酵素を欠いた株を用意し飢餓状態にした液胞を観察すると、液胞の中に黒々とした粒が激しく動き回っているものを見つけました。とても面白い現象で、「やったな」と思ったと同時に、私の後の30数年を決めた瞬間になりました。

 それは細胞質成分が膜で包まれて液胞の中に取り込まれている様子でした。

 酵母では必要な栄養源がないと、自分自身の一部分を膜で取り囲み「オートファゴソーム」と呼ばれる二重膜を形成し、それが液胞膜と融合して、中の膜ができてくる。この構造は数十秒で分解されるため誰も見つけられなかったのですが、私は液胞の中の分解酵素がない株を使い、オートファジーの進行を可視化しました。

 オートファジーは、1960年代に欧米を中心に、動物細胞が飢餓になるとオートファゴソームができ液胞と融合していく過程だと提唱されましたが、それがどんな意味を持つのか、それに関わる遺伝子などの分子機構が数十年わからない時代が続いていました。

 酵母でこうした現象が見つかると、私達分子生物学者には、なぜあんな膜ができ、何を取り囲みどうやって運んでいるのか、大きさはどうやって決まっているのか、どうしたら閉じるのか、どうして液胞膜とだけ融合するのか、膜はなぜそんなに簡単に壊れるのだろうか、など数えきれない疑問が湧いてきます。

 そうした解明のために、オートファジーが起こらない変異株を取りました。
 変異株は遺伝子のいずれかが正常に機能しないため、その原因遺伝子を調べて、その遺伝子の構造からオートファジーに必須な遺伝子のタンパク質の配列を特定し、オートファジーの分子機能に迫っていきます。私は基礎生物学研究所にいた頃、酵母のオートファジーには18個のATGという遺伝子が必要で、どれか一つ欠けても、細胞質の一部を分解コンパートメントに送ることができないことを示しました。

 これで酵母のオートファジーのメカニズムが大分解けたのですが、私達にとってとても大事だったのは、見つかったATG遺伝子が動物細胞にも植物細胞にもあることがわかったことでした。つまり、このオートファジーのメカニズムは酵母だけが持っているのではなく、私達の体でも起きている普遍的な生理現象であり、細胞の中で自分自身の一部分を分解することは生き残るためのとても大事なシステムで、下等生物から私達の体の細胞にまで保存されていることがわかりました。

 私達がATGという遺伝子を酵母で同定したことを契機に、全世界でいろいろな生物・細胞・個体でオートファジーが何をしているか、今も研究が続けられています。オートファジーとは実に多様で、自分自身のたんぱく質を分解してアミノ酸を作り出すだけではなく、アルツハイマーのような変性疾患等の病態に関係すること、感染したバクテリアやウイルス除去にも必要なことがわかってきました。そして、実はオートファジーは受精卵が胚になるときの母方のタンパク質を全部分解していく過程に必要なため、胚発生の初期に必要なことがわかってきました。

 もう一つ、大きな関心を呼んでいるのは、がんとオートファジーの関係です。がん細胞はオートファジーなしには増殖ができないため、オートファジーを止めるとがん細胞が増殖しなくなるため、がん抑制のための治療薬のターゲットになっています。

 私が海外で多くの質問を受けるのは、寿命の問題です。ファスティング(断食)をするとオートファジーの活性が上がり、寿命が伸びるという研究がマウスで行われています。ヒトでは決定的な証拠がありませんが、多くの人が絶食と寿命の問題、健康寿命の問題に関心を持っています。

 オートファジーの研究を私が始めた1988年頃は年に20報程しか論文が出ていなかったのが、今は1万報となり、まだまだ増え続ける領域になってきました。それでも30年もの研究が積み重なってやっとピークを迎えるということと、まだ誰も気がついていないときにこうした問題を探そうとする勇気ある人があって欲しいと私は強く感じます。

 私がオートファジーの研究を始めたのは純粋に知的な好奇心からで、将来、神経疾患やがん治療に役に立つに違いないと思って始めたのではありません。科学は、結果が予測できないことへの挑戦で、それが大きな流れになっていきます。科学の発見は0の世界から1を作ることが重要で、応用研究は1を1000にするものです。新しい発見を通じてこそ新しい領域が生まれます。

 「30年も飽きずにこの研究を続けてきたな」とよく言われますが、それは次から次へと面白い問題や解かなければならない問題が出てきたこと、研究技術もここ数十年の間に圧倒的なスピードで進歩してきたため、次から次へと新しいことがわかってきたことがあります。

 今、人間社会は科学の進歩に従い便利になったと同時に、人類はあと100年持たないかもしれないという悲観論もあるほど、大きな問題を抱えています。一方で、短期的な経済効率が優先され長期的なことを考える視点が社会に広がっていかない現実もあります。

 私は基礎研究を大事にすることと、そのためには次の世代の人たちが新しい問題に果敢にチャレンジする社会にならなければ、日本の国際的な地位はますます下がっていくと深刻な危機感を持っています。それに対して今、大学は研究費がなく、選択と集中で着実に研究成果が上がるもの以外にはなかなか研究費がもらえないジレンマを抱えており、大学人は研究費獲得のために大変な努力を強いられています。

 日本の社会に生産に直接関わらないものを研究する集団の必要性を考え、そうした人たちが伸びやかに育っていくような環境を作ることが大変重要です。今、多くの学生が修士課程で終わり博士課程へ進学しないことが、日本が世界から取り残される大きな要因になるのではないかと思っています。

 私は基礎科学の研究者の支援と、社会と企業とアカデミアがもっといい関係でお互いに連携できるシステムづくりを二つの柱に大隅基礎科学創成財団を立ち上げて6年目を迎えました。なかなか大変ですが、いろいろなことを学ぶ機会にもなっています。

 企業も国際化が進む中、さらに戦略的な目標設定を必要とする時代に入っているため、もう一度大学の基礎研究に期待する企業も増えており、本当の意味で社会と企業とアカデミアが若手人材の育成を共通の課題として協力するような活動をしています。

 人類には私達の知らないことがまだまだたくさんあります。科学は与えられた問題を解くのではなく何が問題なのかを見つけることが大変重要で、それは必ずしもすぐに役立つことだけを求めない社会から生まれてくることと、いろいろな人が科学に興味を持ち、いろいろな形で携わる多様性がとても大事です。

 科学を文化として楽しむ社会に日本がなってほしいと、私は常々、強く思っています。

  ※2022年12月14日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。