卓話


d-Block遷移金属触媒が21世紀を救う

2011年11月30日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

パデュー大学
特別教授 根岸英一氏

 21世紀には,世界的に人口が徐々に増加していくのは間違いのない事実です。そうなると,食糧,衣料,燃料など,いろいろな問題が段々と大きくなります。これらの問題のほとんど全てが有機化合物の問題です。

 有機化合物というのは炭素と炭素を含んだ化合物です。純炭素も有機物と言ってよろしいかと思います。

 そこで,そういう問題が大きくなっていくにつれて,我々はそれに対処しなければなりません。私は,当然に,今世紀には有機合成が益々重要になってくると考えています。

 「元素の周期表」は,1860〜70年頃に,セント・ピータースバーグにいたメンデレーエフ先生が,今の形ほどではありませんが,表の大部分を作りました。私は,メンデレーエフ先生こそ近代化学の父だと思っています。

 「周期表」の中央部分に示された3段の元素群が「d-Block遷移金属」です。
 3×8=24ある中に,放射性があって合成には使えないテクネチウム(Tc・43)を除いた23の金属を如何にうまく使っていくか。

 23の金属とは,チタン・ジルコニウム・バナジウム・クロム・モリブデン・タングステン・マンガン・鉄…。鉄とクロムとニッケルを混ぜると,ステンレススチールができます。金・銀の宝石類,銅・プラチナもあります。そして,我々が触媒として選んだ「パラジウム」があります。

 これらのd-Block遷移金属は,数十年前までは,金属材料あるいは,非常に貴重な材料として扱われてきました。

 鉄がなければ我々は生きていけません。世界は成り立っていきません。このように金属材料は非常に重要だったわけです。

 同時に,その頃から,私自身も含めて,多くの若手の化学者が「d-Block遷移金属が触媒として非常に有効である」ことに気付いて,研究を始めました。

 実は私たちのパラジウムの研究も,もう数十年経っていますが,多くの人が「パラジウムが触媒として有効である」ことを知っている段階にまできています。

 d-Block遷移金属の使い方はいろいろあります。特に,d-Block遷移金属触媒として使うことは,21世紀を救うカギになると信じています。

 既に,天然に…神の手によって…触媒として使われているものはたくさんありますが,これからは有機合成が必要になると思います。

 例えば,衣服を例にとりましょう。

 百年前,衣服の繊維は天然繊維でした。綿は,農業によって綿の実が作られました。我々は,綿を栽培して収穫し,それを紡いで糸にしました。

 洋服のウールは羊毛でした。羊が糸の形をしたものを作ってくれました。我々はそれを頂いて加工して使いました。

 綿も羊毛も,生化学的あるいは生物学的産物といえます。絹も同じことです。蚕が糸状に出したものを,人間が頂いて作るわけです。

 これらの三つは天然の繊維です。

 ところが,前世紀の初期に,日本はアメリカに絹を輸出しなくなりました。アメリカは困りました。そこで,デュポン社の研究者W. H. カロザースが発明したナイロンを,工業的に生産して,需要を満たしました。

 ナイロンの元は高分子を含んだドロドロの液状の物体です。それを細いノズルを通過させて細い糸にします。これは天然のものではなく,化学によってできるものです。石油をはじめ,いろいろなものからできるわけです。

 これが20世紀に起きた例ですけれど,有機合成による化学が21世紀を救うという,一つの例です。

 繊維の分野では,ウールの生産が少なくなってきました。そこで現れたのがポリエステル繊維です。これも作り方はナイロンと同じです。ポリエステルはウールに対抗するだけではなく,混紡という形で共存しています。

 このように,最近までは自然が作った繊維に頼っていたものが,ナイロンやポリエステルのような化学製品に置き換えられ,競争し,かつ共存しています。

 最近,「グリーンケミストリー」という言葉が使われています。「金属を使わないで合成するのがグリーンである」とか,「有機物になっている元素以外のものはあまり使わないのがグリーンである」と言う有機合成化学者がいます。私は同意できません。
 私は,有機合成について次のように考えています。

○Yield(歩どまりが高く,高収率でつくる)
○Efficiency(短いステップで,高能率でつくる)
○Selectivity(混じりもののない,選択性の高いものをつくる)
 以上の頭文字をとって「YES」です。このようにして有機合成するのがよいと考えています。これが「グリーン」です。
 さらに二つの「EとS」を付け加えます。
○Economical(経済性)
○Safety(安全性)

 以上,私流のグリーン・センテンシスで言うと「Y(ES)2」です。

 それで,どのようにするかというと,
「すべての使える元素…実は70ほどありますので…全部を考慮する」ことです。

 使えないものは,放射性を持ったもの,不活性のもの,毒性のあるものは困ります。

 112ほどの元素の中で,水素,炭素,窒素,酸素,ハロゲンなどが,有機物のほとんどを作っている元素です。有機物元素と呼んでもいいでしょう。

 ラドンなどは放射性元素です。有機合成には使わない方がよいと考えています。

 カドミウム,水銀,カリウム,鉛,錫,ヒ素,ベリリウムなどは,毒性のある元素ですから使いません。

 錫はクロスカップリングに若干使われていますが,私は使いません。それから5つの不活性ガスも使いません。

 これらを除くと,約70の元素になります。

 さらに,10ほどの有機物元素を除くと60になります。その60のほとんどが金属と呼ばれるものですが,メイングループメダル(典型金属)が20ほどあります。

 リチウム・ナトリウム・カルシウム・カリウム・亜鉛・ボロン・アルミ・シリコン・ゲルマニウム等々です。

 これらは比較的安価で,使い勝手もよいものです。

 私が昨年ノーベル賞を頂いた業績というのは「クロスカップリング」というものです。

 私は,25歳の時に,フィラデルフィアのペンシルベニア大学に学生として行きました。当時,既にノーベル賞を取られた先生や,これから取るであろうと思われる先生方の講演を聴くことができました。

 当時,私は,有機化合物の作り方を簡単にする方法はないものかと考えました。

 そこで,ブロックのおもちゃを組み合わせる「レゴゲーム」のように,分子をつなぐ方法として「クロスカップリング」に思い至りました。

 有機基R1には,金属が付いています。金属はプラス性を持っていますから,R1はマイナス性です。

 有機基R2には,ハロゲン類などが付いています。ハロゲン類はマイナスですから,R2はプラス性になっています。

 この二つを混ぜれば,マイナス性とプラス性ですから,くっついたものができます。

 このように,「クロスカップリング反応」は,混ぜただけでは結合しない2つの有機化合物中の炭素と炭素をつなげる,金属触媒を使う化学反応です。触媒として有望な金属はパラジウムを含めて23種類あり,合成化学の可能性はどんどん広がると思います。

 触媒がない状態で,金属と金属を結合させる研究は百年も前から,フランスなどで進められていました。

 我々のグループが研究を始めた最初は,銅であり,ニッケルでありました。それが最終的にはパラジウムになりました。

 パラジウムを使うと,一つのパラジウムの触媒が,100万回,あるいは1億回以上利用できます。100万回使用できるとなると,1単位で100万円するパラジウムの触媒も一回1円になってしまいます。

 値段の高いものでも触媒を使えば,たいへん安くなるということを,心に留めておいていただきたいと思います。

 金属を使うことを恐れるなと言いたいと思います。使える元素,約70を考慮して,特にその中でも「d-Block遷移金属」を触媒として使うことによって,これからの諸問題,特にCO2をリサイクルするという大きな問題にもチャレンジしているところです。