卓話


米中知財戦争と日本の課題

2019年6月19日(水)

知財評論家 荒井寿光氏


 毎日、マスコミでアメリカと中国が揉めていることが伝えられています。原因の一つは、アメリカが「中国はアメリカの知財を盗んでいる」と言っていることが始まりです。

 トランプ大統領は大変ユニークな方で、『タフな米国を取り戻せ』という本を2012年に書き、2016年の大統領選に向けて改訂し、選挙公約を発表しました。その中に「中国製品に25%課税して、アメリカの雇用を救え」とあります。「中国は企業秘密や技術を盗み出すことに長けている。そして、産業スパイ行為によって易々と盗んでいく。知的財産の防御についてアメリカは非常に弱い。米企業が中国市場に参入する際、技術を中国に移転するよう要求され、無理矢理移すようにしているのはけしからん。最近はサイバースパイを行っている。こうした中国に対してアメリカをもう一度グレートにしよう」というものです。それをそのまま行っているのです。

 アメリカは1776年の独立当時、イギリス、ヨーロッパに比べて技術が低く、こんなことではいかんと、1787年に憲法を作った際、「議会は特許を守る」と書き、3年後に特許法を作りました。初代特許庁長官はジェファーソン、3代目の大統領です。初代大統領のワシントンもジェファーソンも発明が好きで、2人の発明品はスミソニアン博物館にあります。

 19世紀中頃のリンカーン大統領も発明家で、船の特許を取っています。彼は「特許制度は天才の火に利益という燃料を加える」と演説しています。特許で発明を守ってやれば色々な天才が頑張ってくれる、特許は良い制度だという意味です。それを受け、エジソンら大発明家が出てきて、電気、化学、機械、飛行機などの特許が続々と生まれた。これにより、1900年頃には米国は世界一の特許大国、工業国家となり、第一次大戦が終わる頃には世界で一番強い国になりました。以来この100年間ずっとアメリカがグレートだったというのがトランプ大統領の発想です。

 日本との違いについてのエピソードです。二・二六事件で暗殺された高橋是清総理大臣、彼は江戸時代末期にアメリカへ少年留学で行ったのですが、奴隷として売られ、這々の体で帰国します。お雇い外国人の通訳をしている時に、「アメリカでは発明、商標、版権の3つが智能的財産と称されて財産中で一番大切なもの」と言われ、「これを聞いて大いに感じた。日本橋の丸善に行って勉強した」と自伝に書いています。これが1874年、明治7年の事で、約150年前のことです。そして、初代特許庁長官になりました。  アメリカで知財が財産中で一番になったのは、イギリス、ヨーロッパに追いつくために大事だという発想からです。ところが日本で知財が一番大事だと言う人は今でもほとんどいません。

 この100年以上、知財・技術で世界一のアメリカに、「待て待て」と言っているのが中国です。「俺たちのほうが昔から技術は上だ。2000年以上前に万里の長城を作った。進んだ土木技術を持っていた。羅針盤、火薬、紙、印刷の4大発明をし、それで世界中の文明が進歩した」。ただ、1840年にアヘン戦争でイギリスに、1894年に日清戦争で日本に負け、第二次大戦が終わるまで列強に支配された「100年の屈辱」がある。これを晴らし、「もう一度中華民族の偉大な復興をする」というのが、今の国家の方針です。

 1949年の中華人民共和国建国から100年後の2049年に「再び世界一になる。そのためには、軍事力を強くする、そのためには経済力を、経済力を強くするには技術を、技術のためには知財を強くしなければならない」と考え、「知財強国」を目標にしている。「強国」という言葉の定義をはっきりと言いませんが、「アメリカよりも強くなる、アメリカを抜いて世界一になる」と受止められています。

 特許の出願件数は丸めた数字で、2018年、日本の30万件、アメリカ60万件に対して、中国は日本の5倍の150万件です。特許訴訟は、日本は年間200件、訴訟大国アメリカで4,000件、中国は1万6,000件と桁違いに多い。中国は、最高人民法院という、最高裁判所に知財専門の法廷を作りました。特許の価値を意味する損害賠償額も、過去10年間で一番高いのは、日本は20億円、アメリカは2,800億円ですが、中国もどんどん上げて60億円まで来ました。これからもっと上げると党幹部が指令しています。2049年には知財でも世界一になろうとしています。

 日本も30年前、アメリカにバッシングされた頃は世界一の特許大国でした。2002年、小泉首相の時に我が国の産業の国際競争力の強化を国家目標とし、研究活動や創造活動の成果を知的財産として戦略的に保護・活用するため、知財基本法、総理大臣をヘッドとする知財本部、それから知財高等裁判所を作りました。しかし、なかなかうまくいきません。「選択と集中」を掲げているうちに、企業はリスクのある研究開発よりも従来からの仕事に集中したり、国内での技術開発よりも外国展開に力を入れたりし、国内の技術者をリストラしました。それから、国立大学の法人化があり、大学の先生方も運営費交付金が減ったため、日本から良い研究が出なくなっていると言われています。

 今、米中が、世界は一つか二つかという議論をしています。
 アメリカは、「中国はけしからん。技術を盗むし、国家資本主義でやっているから、そんな国は別だ、昔の米ソ対立と同じように『カーテン』を作ろう」と言っています。日本にも中国のファーウェイの通信機を使うのを止めてくれと言ってきたと報道されており、その意味で「世界は2つ」です。

 それに対して、中国は一帯一路を進めています。「アメリカが支配する『世界は1つ』は良くない。中国のやり方が良いと思う国を集めて、いわば中国のブロックを作ろう」。そうするとアメリカと対等になれるということで、一帯一路も見方によれば「世界は2つ」を仕掛けていると思います。

 もう一つは、「科学技術に国境なし」。これは色々な科学の本にそう書いてあり、人類の頭の中は世界の共通財産であるとする考えです。その一方の「科学技術に国境あり」。トランプ大統領は中国への技術の流出を止めようと、技術について壁を作る、中国の人が来て共同研究して成果の持ち出しを止めようとビザ発給等を制限する、中国による米ハイテク企業の買収を止めさせるというものです。

 中国は、大事な情報は外には出さない。困った時は「俺たちは発展途上国だから別だ」と言うやり方です。

 米中とも「科学技術に国境がある」と言っていますが、日本は「科学技術に国境なし」と考えています。技術は自分たちで開発しなくても買ってくればいいという、「技術コモディティ論」で、「科学技術に国境なし」を根拠にしています。ところが、米中から「大事な技術は出しません」と言われてきているため、「技術なくして安全保障なし」という時代が来ているのです。

 例えば、今皆さんが使っているスマートフォンは第四世代の通信システムで、さらに進んだものが第5世代(5G)です。5Gで今一番強いのが中国のファーウェイで、女性副会長が去年の12月に、アメリカに言われてカナダで捕まりました。中国が世界の通信システムをコントロールするのは許せないというアメリカの発想からです。アメリカは日本に対しても、そうした危険な会社の排除を求めていると言われてます。

 そうした時に、日本は5G通信システムをどこから買うのか。日本の通信機器メーカーはかつて世界一でしたが、5Gでは世界の競争に出てきておらず、ヨーロッパのノキア、エリクソンに頼むような状況で、通信システムという国にとって大事な神経のようなものの技術が日本にはなくなっています。

 これは大変なことで、まさに「技術なくして安全保障なし」です。今、天然資源以上に、技術が国家の安全保障の一番の肝になっています。スマートフォンも日本のメーカーのものは少なく、パソコンも、半導体も、液晶も国際競争ではダメです。ジャパンバッシングの頃は世界一優れていた日本の技術がアメリカに叩かれてずっと静かになったままです。もう一度国産の先端技術を作る必要があります。

 もちろん、日本には素晴らしい研究者がいます。ノーベル賞を受賞した本庶佑教授のお陰で、がんが免疫療法で治るようになり、日本だけではなく、世界中の患者が救われています。こうした「知財を生む・育てる・守る」をもう一度やる必要があります。 知財を生むことは技術を生み出す。そのためには、大学の先生に頑張ってもらう。企業も内部留保の資金を使って技術開発を行うことです。本庶先生もある意味で個人発明家ですし、松下幸之助さん、本田宗一郎さん、アマゾンやグーグル、マイクロソフトを作った人もみんな個人発明家です。個人発明家が出ることが日本はなかなか大変で、個人発明家が特許料の主張で裁判所に行っても5億円もらうのが精一杯でアメリカよりも2桁も低い。知財を生み出すインセンティブを与える必要があります。

 もう一つは、育てる。技術が出てきた時にどんどん投資をして、ベンチャーが育つような環境にする。

 それから、守る。日本は技術が漏れる国で、隣近所の国のカラオケバーに夜行けば日本の技術者でリストラになった人が沢山います。日本ではやることがないけれど、隣近所の国に行けば大事にしてくれる。今、定年になる大学の先生を、隣近所の国がヘッドハンティングに来ています。

 最近の問題はサイバー対策です。アメリカ、中国、ロシア、北朝鮮のサイバー技術に比べたら日本のサイバー対策は不十分だと言われています。どの国でも軍隊がサイバー攻撃から守っているのですが、日本の自衛隊は、自衛隊法に書いていないため、それはできません。災害対策と同じ様に、サイバー対策についても自衛隊の任務に早く加えなければいけません。日本は丸裸で、技術を一生懸命作っても漏れる状態が続いています。


    ※2019年6月19日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。