卓話


大人のがん教育

2019年6月5日(水)

東大病院
放射線治療部門長 中川恵一氏


 日本では学校でがんの教育が始まっています。一方、大人たちはがんを知る機会がない。今日は、皆さんにこの病気を知って頂きたいと思います。

 男性と女性で、がんが多いのは圧倒的に男性です。日本男性の3人に2人ががんになります。男性のほうが多いのは、生活態度が悪いから。がんの原因の3分の2近くが生活習慣です。

 私自身、膀胱がんになりました。けしからんことに酒飲みであり、随分前から脂肪肝があったため、定期的に自分で診ていました。昨年12月9日に、たまたま膀胱も見て、見つけました。14ミリの膀胱がんでした。血尿など症状は一切ありません。運良く早期に見つけたということです。

 がんという病気を、多くの日本人は痛い、苦しい病気と思っています。しかし、早期は全く症状がありません。例えば、樹木希林さんが去年の9月に乳がんで亡くなりました。6年前から全身に転移があったのですが、映画やテレビで活躍されました。がんは、少々末期になっても普通に暮らせるのです。

 そして、がんという病気は、日本人にとっては「自分もなる」と思って生きていくべきであり、わずかな知識の有無で運命が変わってしまうため、知っておくことがとても重要なのです。

 12月28日、私の手術は、膀胱の中に鉄の棒を入れて、熱して焼き切りました。下半身麻酔でしたので、これを自分で見ていました。あんな治療をしたら痛いに決まっているのですが、日本は緩和ケアが遅れているので、外科の先生、泌尿器科の先生は薬もくれません。自分で処方しました。翌日の29日には出版社の人が聞きつけて来て、「体験本を出しませんか」と。7月に出るようですので、見て頂くとよろしいかもしれません。12月31日に退院し、1月4日から通常の仕事をしています。早期がんならばこういうことができます。

 日本は世界一がんの多い国になりました。日本が世界一高齢化したからです。がんは簡単に言えば、遺伝子の老化です。それによって死なない細胞が発生し、年齢とともに増えていく。55歳までに男性ががんになる確率は5%ですが、65歳で15%、75歳だと33%と急激に増えていきます。そのため、高齢の方が多くなれば当然がんが多くなります。

 日本はがんの対策が遅れてきました。日本人の死因の移り変わりを見ると、戦前、戦中の第一位は結核、そして、高度成長期は脳卒中でした。日本人が豊かになる中で、栄養状態が改善して結核、脳卒中は減っていったのですが、がんだけは戦前から一貫して増えています。

 欧米では、がんによる死亡は減っています。ウォールストリートジャーナルの2004年の記事で、日本のがん対策の遅れを指摘しているものがあり、日米人口10万人当たりのがん死亡数の比較のグラフがあります。1995年、がん死亡数は日米で同じでしたが、日本では年々増え続け、アメリカでは年々減り続け、どんどん差が開いていきました。今、人口10万人当たり換算で日本人のがん死亡数は米国の1.6倍です。

 日本でもアメリカでも一番患者が多いのは大腸がんで、象徴的なのは、大腸がんで亡くなる人数は日本のほうが多いことです。人口10万人当たりの人数ではなく、アメリカの人口が日本の2.6倍の3億3,000万人にもかかわらず、日本のほうが死ぬ人が多いという異常な事態が進行しています。

 様々な日本の遅れが目立ちます。例えば、受動喫煙対策はWHOが「前世紀並みだ」と指摘しています。子宮頸がんは、性交渉によるウイルス感染が原因の100%のため、ワクチンを打つと大きくリスクが減るのですが、一時7割あった接種率が今1%もないのです。日本の女性で、乳がんのセルフチェックをしている人は7%と欧米に比べてはるかに少なくて、やはり日本人はもっと自分の身体を大切にするべきだと思います。

 がんは症状を出しにくく、亡くなる直前までほとんどないことが多いのです。そのため早期癌を見つけるには、絶好調でも検査をするしかありませんが、日本のがん検診受診率は、韓国を含めた欧米の半分という遅れです。

 胃と腸以外の多くのがんは手術と放射線で同じような治療になります。欧米では、がんの患者さんの6割が放射線治療を受けていますが、日本は3割未満、欧米の半分です。

 がんの末期、亡くなる直前に様々な痛みなどの症状は出ます。それを取る切り札が医療用麻薬ですが、その使用量も日本は桁違いに少ない。痛みを我慢したほうが治療上も意味があるだろうという感覚があるのではないかと思います。

 今、年間101万人が新たにがんと診断され、37万人以上が亡くなりますが、3分の2は治る時代になってきています。早期癌であれば95%は治ります。大腸癌は98%が治り、早期乳がんの5年生存率は100%です。ただ、正しく向き合わなければうまくいかない。正しいことを知っているかどうかなんです。

 がんは、ほぼ100%告知されます。私が医者になった30年前はゼロで、がんの臨床医として最も変化を感じていることです。がんと告知されると、一年以内の自殺率は20倍以上に増えます。やはり多くの日本人ががんを不治の病だと思っているからだと思います。

 サラリーマンの方ががんと診断されると、治療に専念すると言って、3人に1人が退職されています。自営業の方の場合は17%が廃業。しかし、例えば肺がんの放射線治療は4回の通院で、前立腺がんは少々進行してもたった5回の通院です。照射時間は90秒。仕事と両立するに決まっているのです。皆さんご自身と周りの方ががんになられた場合には、仕事を続ける前提でいくべきです。

 サラリーマンの死因の約半分ががんです。私は日経新聞の毎週水曜日の夕刊で「がん社会を見る」という連載をしています。伊藤忠のデータでは、在職中に社員の方が病気で亡くなるケースの9割ががん。働く世代にとって非常に大きなボリュームがあります。

 日本は世界で最も長く働く国になりました。総就労人口に占める65歳以上の割合は、日本は12%、ドイツが2%、フランスが1%位です。若い移民を受け入れてこなかったため、少子化が進めば高齢者が働くしかなく、働く高齢者が増える。がんと就労の両立を政府が言っているのはそのためです。

 男性と女性で老化のファクターが異なります。男性は純粋な老化で、4,50歳から急激に増える。女性は若い頃から発症率が高まります。子宮頸がんの発症率は30代がピーク、乳がんは女性ホルモンが増えるため閉経直前の40代後半がピーク。また、女性が働くようになり、かつて専業主婦だった方が、今は働く女子社員としてがんと診断される。

 もっと大きな影響は定年の延長です。例えば55歳が定年だった頃、年金生活者としてがんと診断されていた方が、今はサラリーマンとして診断される。女性の社会進出と定年延長は会社の中でがんを増やしています。

 がん家系という言葉があります。しかし、遺伝はがんの原因の5%と、ほとんどありません。内閣府の調査では、日本国民が暮らしの中でがんを避けるために一番やっていることは焼き肉や焼き魚の焦げを残すこと。そんなことは原因であるはずがありません。

 むしろ、男性のがんの原因の3分の2近くが生活習慣と言われています。そして、原因の3分の1がタバコ、その他、太りすぎ、痩せすぎ、運動不足、肉ばかりで野菜を食べない、酒も非常に大きく1割位を占めます。

 ちなみに、酒を飲んで赤くなる人の深酒が要注意です。タバコは誰にでも同じように影響を与えますが、酒を飲んで赤くなる人が3合以上呑むと食道がんに100倍位なります。それが余り知られていないのは、赤くなる遺伝子変異を持っているのは東洋人位だからです。白人、黒人にはなく、赤くなる現象は英語で「エイジアン・フラッシュ」といい、日本人の45%がそうです。

 がんの原因の残る3分の1は運です。ある遺伝子が傷つくことによってがんを惹起するような遺伝子変異が偶発的に起きるのです。

 ヘビースモーカーで大酒飲みでもがんにならない人は運が良く、その逆もありますが、リスクの大きさは違います。ヘビースモーカー1,000名、聖人君子1,000名でがんが多いのは圧倒的に前者で、その中でも運の要素があります。リスクを調節できたとしても全くがんにならない方は一人もいません。つまり、がんで死にたくなければ、生活習慣を整え、とりわけタバコは吸わない。そして、同時に運に備えておく必要がある。それが早期発見です。生活習慣と早期発見の二段構えが非常に重要になります。

 例えば、大腸がんの検査として最も有効なものは検便です。検便をするだけでリスクは2割まで減る。ステージ1の5年生存率は98.2%で、進行したステージ4は16%です。この差は検便をしたかしないかです。

 私はかねてから学校でがんの勉強をすべきだと申し上げ、150ヶ所位ボランティアでやってきました。ところが調べてみると、学校の中で一番タバコを吸うのは保健体育の先生なのです。大きな問題で、結果的に日本のヘルスリテラシーが非常に低くなっています。例えば、「医者から言われたことを理解するのは難しい」と回答した割合は、日本44%、EU全体で15%、オランダは9%。ヘルスリテラシーの平均点を見てみると、日本は調査対象国でビリ。オランダ、ドイツはまだしも、インドネシア、ミャンマー、ベトナム以下。やはり保健の授業を軽視してきた影響があると思います。

 2年程前から学校でがんの教育が始まっています。平成26年度の中学校の学習指導要領の中に「がんについても扱うものとする」と明記され、高校についても昨年、同じ一文が入りました。これから子供達はがんの教育を受けて大人になっていき、おそらく欧米と同じようにがんによる死亡率は減る。しかし、30年かかると思います。

 皆さんには、是非がんの教育を受けて頂きたい。お手元の小冊子『がん検診のススメ』を持ち帰り、もう一度お読み頂きたいと思います。


    ※2019年6月5日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。