卓話


歓喜と創造そして来世へ

2018年9月12日(水)

(医)直心会 帯津三敬病院
名誉院長 帯津良一氏


 私は元々外科医で、食道癌の手術を専門にしていましたが、癌という病気は身体だけではなく心や命が深く関わった病気であると感じ、ホリスティック医学に進みました。36年この道に携わってきました。

 ホリスティック医学(Holistic Medicine)は1960年代、アメリカの西海岸で西洋医学が要素還元主義に陥ったことへの反省・批判から興こりました。それが日本に入ってきて、我々が始めました。心を中心に、身体、命、3つが一緒になった人間まるごとを捉えようとする医学です。

 まだ、方法論としてしっかりしたものは我々の手には入っていません。試行錯誤しながら、身体に対しては西洋医学、心に対しては各種の心理療法や、死生観、人生観を確立していく。そして、命に関しては、多くの代替療法、例えば中国医学、インドの医学、ホメオパシー、オステオパシーなどを駆使して治療にあたっています。病というステージだけを対象にするのではなく、生老病死、死後の世界までを対象にします。ホリスティック医学のスタートは医療と養生の統合になるため、養生に関心を持ちやってきました。

 養生とは、辞書には「生命を正しく養うこと」とあります。従来の養生は身体を労って病を未然に防ぎ天寿を全うするという守りの養生でした。しかも天寿はあまりにもはかない。これからは攻めの養生にもっていこうと、これを提唱してきました。攻めの養生とは、日々、命のエネルギーを勝ち取って行き、死ぬ日を最高に、そして、その勢いを駆って死後の世界に突入するということです。死ぬことがわかったら、その一か月位前から一気に命のエネルギーを加速していく。そして、どーんと死後の世界に飛び込んでいく。

 攻めの養生の推進力は有名なアンリ・ベルクソンの「生命の躍動(エラン・ヴィタル)」です。ベルクソンが、チャールズ・ダーウィンの進化論に異を唱えたのが始まりです。自然淘汰、適者生存だけで進化を説明するのは少し無理があるという考えです。ベルクソンは生命を生命たらしめている内的な衝動力、創造的進化を促す内的な衝動力、要するにそこにあるパワーが必要じゃないかと言っています。我々も日常の診療の中で、健康とは人間ドックの検査の数字などではなく、胸にあるいはお腹に躍動する生命がある時、内に煮えたぎるものを持っている状態を健康と言うと思っています。

 私も医療者として健診を義務づけられているため健診を受けます。結果は満身創痍です。まず、アルコールによる肝障害、γ-GTPがウチの病院約150人の職員に今まで20年間負けたことがありません。正常値が40位のところ私は270〜280ありますが、胸に煮えたぎるものがあるからいいだろうとやっています。私の生き甲斐は晩酌です。それを中心に私の生活が成り立っています。それから、いわゆるメタボです。腹囲は一頃1メートル位ありましたし、コレステロールも中性脂肪も高いのです。

 10年以上前に作家の五木寛之さんと対談して本を作った時に、五木さんが私のお腹をちらっと見て、「近頃、メタボリックシンドロームという言葉をよく聞くけれど、あれはどういうことなの?」と聞かれました。私は、「あれは余計なお世話です」と言ったんです。これが活字になると、サンデー毎日から取材依頼がきました。一度はお断りしたんですが、以前にサンデー毎日が死後の世界研究というテーマで連載した時の担当でよく知る人だったため、話をしました。死後の世界を垣間見た男が変なことを書く訳がないから自由に書いてくれと言いました。

 できあがった週刊誌を見ると、私が言わないのに私が思っていることがちゃんと書いてありました。「毎日毎日、腹囲を気にして二合飲みたい晩酌を一合にしてやがて死に直面して狼狽する、こんな人生を送りたくない」。これなんです。γ-GTPが高くても、メタボでも構わないのです。

 実は、もう50年位、冬でも夏でも晩酌時のおつまみは湯豆腐と刺身です。そのためだと思います。家庭画報という雑誌社が「帯津先生はどうしてこんなに元気なのか」というテーマで1年間取材しました。最初の1月号で、私の検査データを全部公表するということで、私の病院で検査しました。超音波を担当した技師が私の前立腺のところを見て、「うわー」っと歓声を上げたんです。「先生の前立腺は少年のようだ」と。湯豆腐のお陰だとすぐにわかりました。大豆のイソフラボンは女性ホルモンと同じ作用をしますから。

 また、検査をした脳外科の先生は、「先生の年だと、小さい脳梗塞が気付かないうちに起きたものが2、3あるのがわかるけれど、一つもない」。思い当たりました。尊敬する免疫学の多田富雄先生が金沢で講演中に脳梗塞で倒れ、話すこと書くこと素晴らしいのに、それがままならなくなりました。そして、日本酒が大好きなのに飲み込めないため、シャーベットにして口の中でころがして、少しずつ喉に送り込む。これを見た時に私も用心しようと。晩酌代は日銭を稼がないと出ません。これから仕事を減らしていくと病院の給料は下げられていくだけですから、脳梗塞になると困る。日銭を稼ぐのに一番いいのは講演なんです。そのため、話せなくなるのが怖いので、ナットウキナーゼからなるサプリメントを飲み始め、10年以上になります。家庭画報の検査は5年位前ですが、これもいいんじゃないかと思っています。

 「生命の躍動が高まって命が溢れ出ると私たちは歓喜に包まれる。ただしこの歓喜は単なる快楽ではない。そこにはかならず創造を伴っている。何を創造するのか?自己の力をもって自己を創造するのである。終りなき自己実現の道といってもよいだろう。そして生命の躍動、歓喜、創造という一連のダイナミズムは将来に対する備えに違いない。何に対しての備えなのか?それは来世に対しての備えなのだ。」とここまで、ベルクソンは一気にまくし立てます。

 喜びと自己実現がマッチした状態がやはり免疫力や自然治癒力を高める最大の要因であると、50数年癌治療の現場にいて気が付いたことの一つです。喜びは大事なのです。

 そして、来世まで視野に入れるため、ホリスティック医学の究極は生と死の統合です。あらゆる人が生と死を統合して向こうに行く。それをサポートするのがホリスティック医学です。

 いろいろな治療法を使うため、患者さんと2人で相談して個性的に戦略を作ります。その時、患者さんに「ときめきのチャンスは必ずものにしてくれ」と言うのです。うちの患者さんは大体私の本を読んできていますから、「わかってます」と頼もしい答えが返ってきますが、中には大きな病院から緩和ケアに行くように言われ、それを不本意として私の所を訪ねてくる方がいらっしゃいます。そういう人は「無理です」と言います。「だって余命6ヶ月と言われたんです」「いやそんなことない。チャンスは平等に来るからときめいてもらわないと困る」。そうすると、「どんな時にときめきますか?」と聞かれますので、その人の病状、年齢、性格にあったものを、提案します。

 癌の患者さんは死の不安を持っていますが、少しでもその不安を和らげたほうが免疫力も自然治癒力も働きます。患者さんの死の不安を和らげるのが我々の仕事の半分ぐらいです。

 私の呑み友達で富山の詩人の青木新門さんが書いた映画「おくり人」の原作『納棺夫日記』に、「死に直面して不安におののいている人を癒すことができる人はその患者さんよりも一歩でも二歩でも死に近いところに立つことができる人だ」とあります。それではっと気がついたんです。私の病院は癌の患者さんがほとんどですから、3日に一回ぐらい亡くなる方がいます。その方々よりも死に近い所に立つためには、私自身が「今日が最後だ」と思って生きていくしかないと思ったのです。朝起きると「今日が最後だ」と自分に言い聞かせる。70歳になった頃、それを始めました。

 今日が最後だと思って生きている人は決して珍しくありません。有名な人では、世界の王貞治さん。亡くなった、日曜洋画劇場の淀川長治さんもそうでした。

 「今日が最後だ」と思って生きて良かったのは、毎日の晩酌が最後の晩餐になることです。私は病院の職員食堂で晩酌をやります。栄養課の課長の女性が私のつまみを30数年作ってくれています。私が6時半に職員食堂に行き、指定席におつまみが並んでいるのを一瞥して何を呑むか決め、自分の部屋に取りに行く。まずビールを呑むと背筋がすっと伸びてくる。そして琥珀色の液体(ウィスキー)が音をたててロックグラスに入ってくると、下腹にある種の覚悟が生まれます。「よしあと5時間半しっかり生きよう」。そして、呑んでいるうちにこの覚悟が段々喜びに変わってくる。こんなときめきはないので、食養生として一番だと患者さんにも勧めるんです。「玄米菜食なんてつまんないものより、このほうがよっぽどいいぞ」と。

 それから、認知症の予防法を考えてみたら癌とそっくりなのです。ただ、認知症はコミュニケーションを重視します。私は、喜びは最後の晩餐もさることながら、女性、恋心だと思うのです。話をする、握手するだけでもいい、ハグができれば最高です。女性と上手につきあうことが大事です。

 最後の晩餐は6時半に一人で始めます。この時間に仕事が終わるのは朝2時半に起き、3時半に病院に着き、そこから仕事を始めるからです。飲んでいると仕事を終えた女性が2,3人集まってきて、一緒に呑む。これが癌の予防、認知症の予防になっている、わが養生です。


   ※2018年9月12日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです