卓話


日本の教育を考える 

2006年8月30日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

(財)日本科学技術振興財団
 会長 有馬 朗人 氏
 

第4114回例会

 今なぜ教育の問題がこれだけ騒がれているかというと,一番の理由は,要するに少子化なのです。少子化のために家庭教育が甘くなってしまったことが原因です。子供同士の切磋琢磨もなければ,社会が子供たちに対して厳しくすることもなくなった。そこのところを問題にしないで,口を開けば学力,学力というのは大間違いです。

 本当の問題は学力ではなくて,社会の風潮です。なぜ私が五日制を導入したかというと,土曜日ぐらいはしっかりと子供たちに運動させてほしい。親たちも子供たちと一緒に過ごして,しつけの教育もしてほしいというのがねらいでした。学力というのは,子供たちにじゅうぶんな体力をつけて意欲をもたせれば伸びていくものです。

 私が文部大臣になる前,中教審のときに,五日制にする,総合的学習を導入する,ということは決定いたしました。

 その時も私は学力の低下を心配して,いろいろな手をうっておきました。その頃から,学力が低下という声がありました。文部省や地方教育委員会に聞きましたけれども,学力低下の証拠はありませんでした。

 しかし大学の先生たちは,学生の学力は下がったと言います。それは当たり前です。

 1992年ごろの18歳人口は205万人でした。私は,東大の学生数を500人近く増やしました。日本中の大学生の数も非常に増えました。ところが1997年〜98年には18歳人口は150万になりました。国立大学だけは学生数を5%程度減らしましたが,私学は増やしました。公立にいたっては150%も学生を増やしてしまったのです。2010年には120万人になります。

 大学生の学力を1990年以前のレベルにもっていくにはどうすればいいか。一つの案は,大学を半分に減らすか,91〜92年ごろに各大学が潰した教養部を復活させて徹底的に教養教育をやり直すことです。東大では断固として教養学部を残しました。もう一つの手は相当の大学は職業大学にするという案です。 1970年の大学紛争の頃の大学進学率は20%でした。現在は45%を越えています。進学率が増えれば学力が落ちるのは当たり前です。

 1966年までは,文部省は毎年のように小学生の学力を調べました。それに対して,北海道の教職員の一部は,調査の結果が過熱な競争を生むという理由で,テスト反対の裁判を起こしました。幸い文部省が勝ちましたが,その間,大変な苦労があったものですから全国調査を止めてしまいました。

 その後,10年おきぐらいに,学習指導要領が新しくなる前後に,学力を診断するために全国調査をしましたが,旧指導要領下の最後の年の全国調査が行われたのは2001年です。新指導要領実施の直前の調査です。続いて,ゆとり教育という悪評嘖々たる新しい教育体系で学力が下がったかどうかを,2003年に調べました。その結果が2004年に発表されました。

 授業時間が減ったのは7%です。ただ,個々の科目の授業時間は20%ぐらい減っています。それは総合的学習を導入したからです。総合的学習というのは,世界でいちばん学力があるといわれているフィンランドで大いに活躍している学習法です。授業時間も似たようなものです。

 本題の学力について申しましょう。

 この調査には,同じ問題が幾つか使われています。その共通問題の正当率を分析した結果,国語,社会,算数・数学,理科,英語を通じて前回より今回の方が下がっている科目は一つもありません。

 問題がないわけではありません。それを申しましょう。小学校の,前指導要領の最初の頃(平成5〜6年)・前指導要領の終わりの頃(平成13年)・及び今指導要領の最初の年[2003(平成15年)の3回の調査結果の分析を見ると,小学校も中学校も,同じ問題についての通過率1位の数は平成15年の方が若干上回っています。

 教科別では,小学国語では同一問題数が3題のみですので,データとして威張れるものではありません。しかし中学国語は力が落ちていないということが分かりました。

 小学算数は,前回と今回は似たような成績でありました。中学の数学には問題があります。今回の成績は前回よりはずっと上っていますが、旧指導要領の最初1993/4年に比べると下っていました。

 理科は小中を通して,今回の方がずっと好成績でした。前指導要領時代よりずっと良いのです。1993年頃,理科ばなれという話が世界中で,特に日本で言われるようになりました。ある新聞の記者が「子供が『お母さん,このカブトムシの電池をいれかえてくれ…』と言った」という話をもってきて,私もたいへん心配して,子供たちを集めて教育をする運動をいたしました。その後,文部省も真剣になってくれて「理科大好きプラン」や「スーパー・サイエンス・ハイスクール」などを導入した結果だと思います。

 社会科は,小学校では今回がやや上まわっていますが中学校では新旧の差はありません。 全体の調査結果は以上のようなことですが,前指導要領の最後の頃,学力が下がった時期がなかったわけではありません。そのために平成13年のデータでは,理科を除いて,全体的に下がっています。しかし,今回では,それをはるかに上まわっていることはデータからも明らかです。

 2001年に教科の学力調査とともに,興味関心の調査を行いました。小学5〜6年の児童,中学1〜3年の生徒に「どの教科が好きですか」と問いました。好きと答えた教科の順は学年によって小さく変化していますが,おおむね理科・国語・算数(数学)・社会となっています。

 問題は「勉強が好きですか」という質問に対する答えの値です。小5が39.8%,小6が33.8%,中1が18.8%,中2が16%,中3が17.8%という数値です。中学2年生で「好き」と答えた生徒は16%です。本当に学校で勉強することが嫌いなんだろうか。私は,子供たちが,なんとなくてらって,勉強は嫌いだという顔をするのだと思いますけれども,日本の子供たちの最大の問題は意欲がないといわれている点です。

 中学生に,人生の目標を尋ねた質問では,「その日その日を楽しくくらす」という選択肢を選んだ生徒が60%と最高です。「自分の趣味をエンジョイする」を選んだ生徒が55%で,それに続きます。13歳,15歳の子がこれでいいでしょうか。

 なぜこうなったのでしょう。学力は勉強さえすればできるようになります。しかも現在も下がっていないのです。

 問題は体力が下がってしまったことです。文部科学省もずっと調査を続けていて,百メートル走,懸垂力,投擲力,走り幅跳び,のすべてにおいて弱くなっていることを把握しています。まず体力を十分につける,そのうえで持久力を養う。勉強しようとする意欲をもち,有意義な人生を送るべき志をたてさせることを培うことが肝要です。

 日本の子供たちの学力はちゃんとしています。国際比較も決して下がっていません。小学校の理科で下がっているという結果が出たのは,教えていなかった「重さ」の内容が出たためです。教えていることに関しては,小中は問題ありません。高等学校では,初めから悪かったのは総合的なリテラシー(読解力)で,2000年のOECDの調査PISAの結果は30カ国の中で8位でした。

 今回それが,40カ国の中で14位でした。最初にオブラートをかぶせて2位グループとかいったものですから,今になって大あわてをしていますが,30カ国が40カ国になったのですから,これは当たり前です。問題は高校の総合リテラシーをどう上げるかだと思っています。

 ある事柄を分析して,総合的に論理的に答えることについては弱いところがあります。小中の頃から,論理的にものを考えて,それを文章にする力を養うことを大いに教育していただきたいと思います。

 先々週から,全国から40人の優秀な中学2年生を集めまして,優れた先生方に講義をしていただいていますが,子供たちは十分に耐える力をもっています。2週間の合宿を心配しましたが大丈夫です。

 子供たちは,「私たちの学力は本当に下がっているのですか」と心配しています。そんなことはない。大丈夫だ。自信をもちなさいと私は言っています。

 子供さんや先生方は,あまりにも,学力がない,指導の仕方が悪いと言われるものですから,みんなしょげています。皆様の力で,優秀な先生たちを励ましてあげてください。子供たちに志をもたせてあげてください。丈夫な体を築かせていただきたいと訴えます。

 シンガポールでは,この10〜15年の間に,教えることを30%減らしました。教え過ぎることによって考える力が弱くなっている。創造性を育てるために教えることを減らすべきであるという方針で減らした結果,成績が非常に向上したということを最後に申しあげて終わりといたします。