卓話


これからの教育について

2005年8月24日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

独立行政法人 
日本学術振興会
理事長 小野元之氏

第4067回例会

 幕府が鎖国政策をとったころの日本は野蛮な国だと,西欧先進国に思われていたでしょうが,明治維新の時の政策は,中央集権と富国強兵という二つの柱を明確に示して,日本の近代化と西欧化を徹底してやりました。その裏には,日本人の勤勉さと,いろんな文化を受け入れる受容性,西欧の諸制度をうまく改良していく技術,さらには学校教育がだいじだということで,学制を発布して学校教育制度をきちんと作り,それを普及してきたというところに発展がありました。明治以降の日本の発展については,世界も注目しているところでした。

 もうひとつ世界中が注目したものは,第2次大戦後の日本の復興と経済成長です。日本は一人ひとりが一生懸命働くことで,何もない焼け野原から1980年代にはJapan as No1といわれるまでの経済発展を遂げました。 

 この発展のなかにも教育が果たした役割が大きかったと思っております。日本人は平均的に勤勉だし知的レベルも高いし,労働者の質が非常に高いのは,初等中等教育の義務教育がしっかりしていたからです。 

 日本は,1980年代ごろまで,追いつけ追い越せ型で,国民の勤勉さと平均的能力の高さと,しっかり勉強さえすれば世の中のリーダーになれるという開かれた社会でしたが,坂道を上りきった段階で,世界のトップに立ったところで,豊かにはなったけれどもバブルがはじけてしまって,今の苦しい時代が始まりました。

 俗に「失われた10年」といわれますが,21世紀になって,今は第3回めの改革として,明治の大先輩の努力,戦後の努力を無にしないで,日本を平和で繁栄し発展する国にするには,どうすればいいのかということを真剣に考えるときではないかと思います。

 最近,景気が少し回復してきました。これは民間企業ががんばって徹底したリストラを行い,工場をアジア諸国に移したりして世界と対等に競争できる条件を整えたからだと思います。これに比べて政治と行政の改革は遅れています。政治と行政のムダをなくす政治改革と官僚制度の改革が必要です。国と地方を併せて 770兆もある借金をほっておいていいわけがありません。徹底した行革と役人の徹底した意識改革が必要です。これからの公務員は日本のために命を懸ける役人であってほしいと思います。行政に間違いがあれば責任をとることも必要です。


 私は,中立性を守りながら日本の将来のために働くのは,やっぱり役人でなくてはいけないと思っています。役人がもっと誇りをもって専門家集団として命を懸ける,責任も負う,物事をオープンにしていくという人たちを作らねばならないと思っています。そういうことのできる行政改革が必要だと思っています。

 近年の予算を見てみると,増えていくのは年金と高齢者の医療費だけです。国家の政策として果たしてこれでいいのでしょうか。将来の日本をどうするのかということを最も大切に考える必要があると思います。少子化についての対応や,教育・研究へのしっかりした投資が大切だと思います。

 今日の本題の「学校教育の改革」に話を進めます。私は「ゆとり教育」の改革については方針を転換いたしました。

 ゆとり教育には誤解がたくさんありました。例えば「πを3で教える」というのは,公園などに行ったときに,目の前の池の大きさは,だいたいどのくらいでしょうか」と考えるときには3でいいよと言っているだけなのです。教室で扱うときにはちゃんと 3.14で教えているのです。教育内容の3割削減も正しくありません。正確には1割削減です。文部科学省は学力向上を放棄したのではないかという,まちがったイメージを与えたのもよくないと思いました。

 そこで,学校教育の改革として,心のゆとりや学校生活のゆとりは大切ですが,学校は勉強する所ですから,しっかり勉強をしよう。「ゆとり」が「ゆるみ」になってはいけないと考えました。特に小中学校では基礎基本をしっかり勉強する。最低限必要なことは繰り返し学習して身につけさせる。理解に時間のかかる子はていねいに教え,学習指導要領は最低基準であると考え,伸びる子は伸ばしてやる。こうした学力向上策をしっかりと打ち出すべきだと思います。

 今,学力低下が心配だということがいわれていますが,私は,学力テストを全国一律に実施すべきだと思っています。担当者に言わせると,統計上の調査なら全国一律でやる必要はない,と言います。経費も無視できないという話です。しかし私は,悉皆の学力調査をやることが,国民に対して国が子どもたちの学力をきちんと調べるという姿勢を示すことになるのだと思います。幸い,近い将来やろうということになると思います。小中学校では基礎基本をしっかり教える。人間としてなすべきこと,やってはならないことを徹底して教える必要があります。一方で伸びる子は伸ばしてやることがたいじなことです。

 戦後の教育のいちばんの問題点は民主主義に名を借りた悪平等でした。例えば,大学の教授会で一人が反対すれば新しい学部ができませんでした。こういう制度は変えなければなりません。

 高校や大学の卒業についても,卒業した時点での能力を,ある程度客観的に判断できるような目安が必要だと思います。卒業の認定を厳格にして,卒業生の質を社会に対して保証すべきです。

 英語の話せる日本人の育成も大切です。国際化の時代に英語は絶対に必要です。近年の大学センター試験から英語のリスニングテストを導入することにしました。

義務教育改革も重要ですが大学改革もだいじです。大きな改革は国立大学の法人化です。大学の教育研究をだいじにした法人化でありますが,大学に対して民間的発想のマネジメントをする,学外者が経営協議会に入れるようにしてその意見を大学運営に活かす。学長の選考手続きも改善する方向で学長選考会議の設置を決めました。従来,国立大学では投票で学長を選ぶことが多かったのですがこの方法は改めるべきです。

法人化にともなって,13万数千人が非公務員となりました。このように大きく大学は変わりつつあります。従来ですと教授会が反対すると何もできないという組織だったのですが,これからは学長の権限で,いろいろなことができるようになりました。民間との協力もできるようになりました。

大学は,民間の発想を取り入れながら,国から離れて自主性自立性をもった,地域からも産業界からも信頼される大学に変わりつつあります。これから本当に世界と競争できる大学になっていくと思います。

私どもの日本学術振興会も,最先端の研究をしている大学の先生達に研究費をしっかり差しあげ,応援していこうとしています。

日本の教育予算は,他の先進国と比べて非常に低い額です。民間企業では研究開発に大きな投資をしています。国も最低限のことはきちんとしなくてはなりません。我々は,21世紀COEプログラムと称して,日本の大学のうち30大学ぐらいは,世界に通ずるトップレベルの大学にすべく強い支援をしております。大学院の教育をもっと国際化して,もっと中身のあるものにして,博士やマスターの資格が,企業でも生きるものにするという努力もしております。

国立大学運営交付金はなかなか増えないのですが,国公私を通じた競争的な面での大学改革の予算は増えています。民間のよいところを徹底して取り入れて親方日の丸の意識を変えて,国立大学は自主的に改革を進めています。幸い中教審は「大学政策は国家の重要政策である。国家の戦略である」としています。どこの先進国も,大学を改革し最先端の研究で世界に負けないようにするということに力を入れています。

日本も第2期の科学技術基本計画で力を入れてきました。第3期も是非力を入れてほしいと思っているのですが,我が国はものすごい赤字をかかえておりますから,非常に厳しい面があるとは思います。

やっぱり,官僚の制度疲労を抜本的に改革して本当の意味での行革をしていかなければなりません。抱えている770兆円もの借金を減らすことを考えないと,どうにもならないと思うのでございます。

最後に,三位一体の改革で義務教育費が大きな課題になっていますが,問題は学校をどう良くしていくかです。学校は市町村に属しますが,先生の人事権は都道府県にあります。国と県,市町村がそれぞれの役割で協力し合って,今の義務教育を改革し,真に国民の期待に応える学校にしたいと思います。