卓話


日本の教育政策

2009年9月2日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

東京国立博物館 館長
銭谷 眞美氏

1.戦後教育改革の流れ

 日本は終戦後に大きな改革を行いました。
民主的な教育体制の確立を目指して昭和22年に教育基本法・学校教育法を制定し,教育の機会均等の理念に沿って,6・3・3・4の単線型の学校体系を作り,義務教育を9年に延長しました。教育行政機関としては,教育委員会制度を導入し新しい枠組みを作りました。

 昭和27〜46年(1950年代〜60年代)の教育政策での最大の課題は,教育の量的拡大に対する条件整備でした。いわゆるベビーブーム世代への対応です。併せて,教育内容の体系的不備を整え,その系統性を重視するとともに,教育内容の現代化も行いました。日本の教育課程は昭和40年代が,内容的にも時間的にも,最も「密」な時代でした。

 昭和46〜59年(1970年代)に入って,「知識詰め込み型・画一的教育」に対する批判が生まれました。また,受験競争も激化しました。子どもたちの問題行動(校内暴力)が社会的な問題にもなりました。その対応として,この時代から教育内容の精選と授業時数の削減が行われましたが,教育に対する強い批判は止みませんでした。

 昭和59年(1984年),当時の中曽根内閣の下で臨時教育審議会が設置され,3年間かけて,見直しの議論がなされました。いわゆる「第三の教育改革」です。
 
 _莪貪教育を反省した「個性の重視」。
 ∪験兇鯆未犬導惱機会を与える「生涯学習体系への移行」。
 5貘岼輿海箸靴神度を改めて「時代の変化への対応」する教育システムの改善。

以上3点が審議会で強く言われ,教育の国際化,情報化と,教育における規制緩和と地方分権への取り組みが行われました。

 平成12年(2000年),小渕内閣の下で,総理直属の検討会議,教育改革国民会議が作られました。ここで,21世紀を展望した教育政策が協議されました。
 
 平成12年12月22日,この会議は「教育を変える17の提言」をとりまとめました。その16番・17番目の提案が,教育基本法の改正と教育振興基本計画の策定です。
 
 以後,文教行政は,国を挙げて教育の充実に取り組むべきだ,という会議の提言に即して動いてきました。

 平成18年,60年ぶりに教育基本法が改正されました。
 
 |琉蕁ζ前蕁β琉蕕猟艦造とれ,生涯にわたり自己実現を目指す自立した人間の育成。
 公共の精神を尊び,国家・社会の形成に主体的に参画する国民の育成。
 2罎国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きる日本人の育成。
 
以上が新しい教育基本法の基本理念です。

 昨年7月,教育振興基本計画が策定されました。我が国では初めて,政府としての閣議に基づくものでした。

 「今後10年先を見据えて,今後5年間(平成20〜24年度)に行うべき施策」を明記した計画です。その内容は,教育立国を宣言し,我が国の未来を切り開く教育の振興を,社会全体で取り組もうというものです。

2.初等中等教育の改革について

 「確かな学力の向上・豊かな心と健やかな体の育成・信頼される教育システムの確立」という三つの観点でお話しします。
 
 1)確かな学力の向上

 学力については,国際的な学力調査の結果で知ることができます。3年に一度,15歳児を対象にOECDが実施しているPISA調査があります。この調査は,知識を基にした様々な活用能力を調べます。キーコンピテンシー(主要能力)を見ようというテストです。

 我が国の評価は,科学的リテラシーではOECD内では3位,参加国全部の中では6位です。読解力が課題で、OECD平均と同程度にとどまっています。数学的リテラシーではOECD平均より高得点のグループにいますが,世界のトップクラスには及びません。

 もう一つの調査に,IEA(国際教育到達度評価学会)の調査があります。数学と理科の知識を問う調査です。小学4年・中学2年を対象に行われます。

 直近の2007年の結果で見ますと,小学校では,算数は4位,理科も4位。中学校では,数学は5位,理科が3位という状況です。

 かつての日本は,IEA調査では1位〜2位が定位置でしたが,近年はアジアの各国が上位を占めるようになりました。

 日本の子どもたちには,学ぶ意欲や学習習慣に課題がありそうです。テレビを見る時間が長過ぎる、家の手伝いをする時間が短いという生活習慣にも課題があるという指摘もされています。

 国が行っている全国学力・学習状況調査はすべての公立小学校・中学校で毎年,小学6年,中学3年を対象にして行われています。去る8月27日に,その第3回目の調査結果が発表されました。「知識」については7〜8割の正解率ですが,「活用」については半分強といった結果が出ています。

 注目すべきは,大都市と中核都市,その他市、町村などの地域差がほとんどないということです。昭和30年代にみられた都市と農村僻地の差はなくなっています。
 これらの結果を踏まえて,昨年3月に小学校・中学校,高等学校は今年の3月に学習指導要領を全面改訂いたしました。
 
 |痢ζ繊β里離丱薀鵐垢里箸譴拭崟犬る力」を育成すること。
 知識・技能の習得と,思考力・判断力の育成のバランスを重視すること。
 F仔繕軌蕕簑琉蕕覆匹僚室造砲茲蝓にかな心や健やかな体を育成すること。
 
以上が改訂の基本的な考え方です。具体的には,小・中の授業時数の増加、特に理数科の時数を増やしたことと小学校での外国語導入などです。既に,小・中では,今年の4月から理科・数学において,新しい学習指導要領の内容を先行実施しております。

 言語の教育はあらゆる教育の基礎です。国語の教育はしっかりやりたい。体験活動としての奉仕,社会体験,自然体験なども教育課程全体で重視していきたいと思います。
 
 2)豊かな心と健やかな体の育成

 昭和50年代の後半から社会問題になってきた,子どもたちの暴力行為は依然として多く,平成19年度では,5万2千件余を記録しました。「いじめ」についても相当数に上ります。不登校も問題です。特に中学校では約10万人。35人に1人という数字です。高校の中退は少しずつ減ってきております。
 
 スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの配置や,いじめの電話相談などの体制整備をしていますが,根本的な対応として,「善と悪の判断」がきっちりとできる道徳教育の充実と体験活動の推進などが,子どもたちの豊かな心を育む意味で大切だと思っています。

 子どもたちの体力については,親の世代に比べて,身長・体重などの体格は向上していますが,体力や運動能力の低下が指摘されています。今回の学習指導要領では,これらのことを踏まえて,体育の授業時数を増加させ,中学校では武道(柔道・剣道・相撲)を必修化して体力や心を養いたいと思っています。
 
 3)信頼される教育システムの確立

 「教育は人なり」といいます。いい先生を得ることは大事です。教員の研修では,今年から免許更新制が始まりました。先生方は10年に1回,30時間の講習を受けて免許を更新することになります。
 
 4)教育費について

 我が国の教育に対する公財政支出は,OECD各国平均がGDP比5.0%に対して我が国は3.4%です。高等教育では各国がGDP比1.1%に対して我が国は半分の0.5%です。

 それ以上に問題なのは,教育費の私費負担です。例えば,幼稚園でも公財政支出44.3%、私費負担55.7%という割合です。高等教育になると私費負担が66.3%にもなっています。これからの公財政支出の充実が大きな課題だと思っています。

 
3.高等教育の改革

 日本の高校進学率は98%ですから,ほとんどの子どもは高校に行っています。その高校生の77.6%が高校を終えた後も勉強を続けています。4年制大学への進学が約50%,短大・高等専門学校・専門学校を合わせると77.6%です。就職が2割程度。このような現状を踏まえて高等教育を充実する必要があると思っています。大学の質の保証,国際競争力の向上,大学の機能別分化も課題です。
 
 職業教育(キャリア教育)では,職業観・勤労観を身につけること、社会で生きていくために必要な技能を身につけることが,教育全体を通じて必要なことだと思っております。

 これからの高等教育は職業人の養成という側面を重視すべきだということで,現在、中央教育委員会でご議論いただいているところです。

 以上,これまでの教育改革の動向と現在進行中の教育改革についてお話ししました。