卓話


会員増強・拡大月間例会
脱・自前の日本成長戦略

2022年8月3日(水)

デロイトトーマツグループ
執行役 松江英夫氏


 5月に『脱・自前の日本成長戦略』という本を出しました。
 よく「失われた30年」と言われますが、その大きな要因は人口減少です。1995年には生産年齢人口が、2008年には総人口がピークアウトし、日本は先進国の中で最も早く人口減少という未曾有の経験をする状況に至りました。

 生産人口の数は2020年まで約13%減少し、政府も民間も働き方改革をして就労人口を増やすことに取り組んだ結果、就労人口は7%増えました。しかし、将来、人口減少はさらに深刻な課題になる中で我々は成長というものを考えていかなければいけません。

 人が減っても生産性を上げれば成長できるという議論がありますが、あいにく21年の日本の1人当たりのGDPはOECD中23位で、労働生産性も上がっていません。

 マクロ的政策が打たれても、産業や企業組織、社会の仕組み、要は構造そのものが昔から変わっていないところが大きな原因だと思います。

 私はそれを揶揄する意味も含め、タコツボ社会と呼んでいます。それぞれが今までの仕組み、考え方を保ち続ける。右肩上がりの時代はそれらを足し合わせれば全体が成長できた。しかし、人口が減少し、国内市場が限られていく中ではこのタコツボを変えていかないと成長できないのではないか。

 日本はなかなか動かない国と言われ、ダイナミズムがない。互いの連携やそれを大きな流れにするところが不得手で、新しい産業と人材がうまく結びつかないミスマッチが構造的に残ってしまう。

 タコツボの根っこには自前主義があります。自前主義は、自分のやり方でしっかりと最後まで責任を持って人に頼らずにやる、ある意味美徳でした。これを否定するのではなく、「脱・自前」でもう一段上のパラダイムに行く必要があると考えます。

 私は脱・自前を「本業の再定義」と言っています。自前でやったほうがいいところと、他の人の力を借りたり、デジタルの力を借りたりするところを組み合わせることによって、本来の強みにより集中し、その強みが再発見されて広がっていく展開になります。

 最近、墨田区にある浜野製作所という金型を作っている会社にうかがいました。コロナ禍で、職人たちのノウハウをオンライン会議で伝える「モノ作り相談サービス」を始めたところ、これが受けて、取引先の数が広がり、新しい商談になり、新事業の売り上げが伸びた。聞くと、金型物を作る技術に強みがあり、もの作りを本業だと思っていたところ、スタートアップ企業や大企業と付き合うなかで、実はもの作りのノウハウ自体を持っているところが極めて少ないこと、アドバイスだけでも価値があることに気づいたそうです。 金型を作る町工場が本業を要素分解してみると、作り方のノウハウ自体が他にも通用する強みになり、お金とアイディアのあるスタートアップ企業と組んで補完関係になって、どこへでも関係が広がる。大企業は設計やデザインのスピードが遅い面があるため、浜野製作所と組むメリットが生まれました。

 地方の中堅中小企業と行政との関係も変わり得ます。岩手県八幡平町が地元企業の人事部機能を代替しています。地元の中小企業が自前でやらざるを得なかった採用や教育を、スタートアップの力を借りて町で賄い始めたところ、本業に特化できると地元の企業から好評です。

 官も民も「脱・自前」の発想の中で関係を再構築するミクロからの変革とマクロ政策と連動させることで成長の軌道が作れると思います。

 日本の成長についても再定義する時代に来ています。
 私は、成長とは価値を高めることと定義しています。価値とはいろいろな面があります。GDPのような経済フローで計るものもあれば、歴史や資産などストックの蓄積もあれば、社会価値、最近はウェルビーイングのような、社会そして人の内面や主観的なところの幸福度を高めるものもあります。

 成熟している日本で価値を多面的に高めるには、成長の姿を定義し直して、そこに向かっていく。それによって経済の付加価値も上がり、人々の幸福度は上がる。こうした成長のあり方を目指していく必要があります。

 そういいながらも、経済の付加価値を上げることは喫緊の問題で、この国の成長は産業の創出と人材育成のベストマッチが基本線だと考えます。今の日本の中の構造を動かすことによって産業を創出し、人の付加価値を高め、それによって1人当たりの生産性を高めていくことが大事です。

 国は成長戦略を常に打ち出しますが、なかなか成長の実感が伴いません。経営の観点で申し上げると、有限の資源を活かしながら成長に結びつける発想が定石ですが、国の成長戦略は、優先順位をつけて有限な資源を生かすよりも、全体が一律・総花的で、メニューが羅列されている印象を受けます。

 今後に向けた課題は2つあります。
 一つは、選択と集中です。どこに集中して資源や予算を使っていくか、メリハリが大事です。もう一つ、非常に重要なのが時間軸です。アメリカやヨーロッパと日本を比較すると、競争力の劣位の根源は時間軸の長さにあったと思います。

 2000年以降、アメリカのIT革命、ドイツの産業革命も、10年20年先を見て大きなデザインをしながら官民合わせて投資をしていました。日本はいろいろなインシデントもあり、目先の対応にかなりの比重が置かれました。この時間軸の長短が企業や国の競争力を弱くしてしまった要因です。

 日本企業も皆さん中期計画を作っていますが、3年、5年のタームと非常に短く、10年、20年先を描いている企業は意外と少ないのです。中期計画に頼りすぎているところが競争力の弱みに繋がっていると思います。これからの中計は、短期と長期の間の中継地点の”中継”である、と位置付けを変え、長い時間軸と足元の短期を両立させる経営が必要だと思います。カーボンニュートラルで見れば2050年、30年先を見ながら足元の今年や半期を行ったり来たりするマネジメントに変える必要があります。中期計画一本足打法では、競争力は高まりません。

 国においても同様です。タコツボに陥らずに、産業が変わる大きなシナリオを持ちながら、官民が連携して進めるグランドデザインや成長シナリオが大事です。

 成長している企業を分析すると、大きく3つのポイントがあります。
 一つは真のグローバル化。グローバルというものを、日本の企業も産業も見つめ直す必要があります。今までは、輸出や輸入というモノを介した設定や、M&A、海外で市場を買うことでした。どちらも日本の外のものです。

 1人当たりGDP生産性が高いルクセンブルクやアイルランドは、グローバルを中に取り込んでいます。例えば、GAFAを誘致して雇用や経済を生み出しており、そこからグローバルに発信し、グローバルと連動しています。

 そして、2つ目がCatalystです。触媒を意味する言葉ですが、日本の伸びている産業を見ると、素材産業も装置部品も、フロントから一歩内側で不可欠な部品や素材やノウハウを担っており、Catalystの役割で変わらずに成長しています。

 3つ目が、新たな内需です。この先の日本の人口は減っていきますが、日本は課題先進国であり、それを機会と捉え、ここからいろいろなソリューションを生み出し、それを外に展開していく意味です。日本は一つのマザーR&Dとしてますます増していきます。 私がよく使うキーワードに、「インバウンドのアウトバウンド化」があります。来日した方々には日本製品や日本のサービスのファンになり、帰国してからもそれらを消費し続ける方がたくさんいます。

 コロナ禍の前まで、年間3000万〜4000万人のインバウンドが見込まれ、政策も5年間進められてきました。日本の人口と同じ規模のインバウンドのお客様に日本のファンになってもらえば、日本の外でも国内と同じ規模の需要が生まれます。そうした需要を喚起させていくアウトバウンド化の発想も必要です。

 いずれにしても、これから成長のキーワードは、循環です。グローバルに外と繋がる、もしくはインバウンドのアウトバウンド化で、一方向ではなく必ず循環させていく。すると人口が減っても経済の活動量は担保され、循環によっていろんなものが還元され蓄積されるため、それを質に転化していくと単価も上がる。活動量と経済の質を回していく循環型の成長が大事になると考えています。

 医療、健康、エネルギー、災害対策、教育がこれからより重要な社会課題であり成長分野になります。これらは代替需要も尽きませんし、課題が深ければ深いほど外に対する競争力になります。

 こうした成長への仕掛けを進めていく上では、人材育成が大事になります。日本の賃金と雇用の問題のあり方を変えることが本質的な課題だと思っています。

 日本は雇用を大事にしてきた故に、雇用を守ることを最優先した結果として、賃金を抑える要因になってきました。雇用を市場で解決するアメリカ型、国が解決する北欧型といったモデルに対し、日本は企業が社会保障的な役割を果たしてきたものをどう変えていくか。

 キーワードは2つあります。
 一つは雇用の柔軟化です。労働市場が不安定に流動化するのは日本社会になじまないため、雇用のあり方の選択肢を増やす。その会社にずっと勤めるもよし、他で働くもよし、個々人にとっての選択肢を増やし、雇用を柔軟化させていく。

 もう一つは、企業が全ての雇用の責任を自前で負うのではなく、社会が担う、つまり社会としての終身雇用です。

 雇用の柔軟化と社会としての終身雇用、この二つが雇用と賃金のあり方を改善し人材の付加価値を上げていく取り組みで大事なポイントだと思います。こうしたところを、新しい資本主義の中の政策、民間の取り組みと連携して行える形になっていけば、日本は成長する可能性があると考えています。


      ※2022年8月3日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。