卓話


現代日本の代表民主主義体制 一票の格差の制度化がもたらした特異性 

2008年1月30日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

元最高裁判事
西村あさひ法律事務所 顧問弁護士
福田博氏

 最高裁に任命されると裁判官の国民審査が行われます。たまたま私の名前は投票用紙の一番上に書かれていました。これまでも,上に書かれた裁判官へのバツが一番多いのだそうで,私にもかなり多くのバツが付きました。

 私は,よい機会だから、各県別の投票傾向を調べてみようと思いました。前後は省略して,群馬県の票についてお話しします。

 私は中曽根総理の秘書官をしておりましたので,この地区は好意的で,バツは少ないだろうと思っていました。ところがバツの数は予想以上です。その理由を中曽根派のさる代議士にうかがいましたら「君,当然だよ。フクダという名前が悪い…」と言われました。

 当時は中選挙区制ですから,同じ党であっても派閥が違えば,お互いに仲が良くなかったようです。

 今日,私が申しあげたいことを,抽象的な述べ方で申しますと,日本の今の代表民主制はあまりうまく機能していないということです。

 国政選挙で,意に添わない人や,気に入らない政党があると,違った相手に投票する。それ
を繰り返すことによって,長い間に正しい方向に向かうというのが代表民主制の第一の利点であると思うのですが,それがうまく機能していません。

 その最大の原因は,いわゆる「一票の格差」といわれる,投票権の不平等にあります。

 昨年の7月の参議院選挙で,いちばん少ない得票で当選したのは,高知の選挙区の候補者で,16万ちょっとの得票数でした。東京の選挙区で,それ以上の得票を得ながら落選した候補者は3人います。ある候補者は66万票とっています。つまりこの人だけで4人分の得票です。

 このような得票で落選している方は,東京に限らず,神奈川,千葉,埼玉,北海道,愛知,兵庫などに,たくさんおられます。

 せっかく投票所に行っても,投票した結果が全く反映されないことが相当に生じているという意味では,選挙の持つ是正作用,矯正作用が,うまく機能していないと言えます。

 選挙区割りを変える議員立法をするのは,選挙区で当選した人が議員として行います。ですから,不平等が制度として衆議院にも参議院にも定着している現在,直そうとする人はいません。直る可能性は当分ないと思います。

 その結果,優れた政治家が出てくる可能性を減らします。かつ,一般的にいえば,政策的にも,外向きにも内向きにも,消極的な選択をしていく可能性が強いということが言えると思います。

 投票評価の不平等は,第一に,参議院での選挙区割りを都道府県という行政区を基礎にしたことに始まります。このことは憲法には書いてありません。

 鳥取県と宮城県の間の有権者数の差は当初2.62倍ありました。都道府県を選挙区割りの基礎にすれば,不可避的に格差が生じます。

 少ない得票で当選する県の方々は,都市部の人口が増えても,自分たちが不利になるような,現状を変更する議員立法はしません。

 その結果,投票権の不平等は,どんどん広がって,衆議院は2倍,参議院は5倍という状態になって,それが固定化しています。

 都道府県は行政区画です。これは法律で直せます。3年前に,長野県の山口村が岐阜県の中津川市と合併しました。県境も変わりました。管轄する裁判所も変わりました。

 将来,道州制を導入するという議論がありますが,その時には都道府県は廃止されることになると思います。都道府県は行政区画であって法律で変えられる。つまり,国家権力,統治システムが投票の価値を左右できる余地を残していると言えます。

 第2の特徴は,他の国では有権者数を選挙区で割って出る数が基本的な数です。それから離れると必ず是正します。

 日本では,格差は2か所の選挙区を比較して決めます。「相対的平等」の形で比較するのです。ある程度平等であれば,絶対的でなくてもよいというのが「最大格差何倍」,という言い方の根底に流れる思想です。

 衆議院でも,小選挙区制を導入したときに,「1県1人別枠制」という,妙な制度ができたので,格差が2倍を切ることはなくなったわけです。

 現状は,日本全体の2割ぐらいの有権者は,投票に行ってもその投票をカウントされない仕組みの選挙制度であると言えます。

 本来ならば,それをチェックする方法があるはずです。ドイツでは超過議席という,多数の得票があると定員を越えて当選させる制度があります。小選挙区の有権者数が平均を越えた時に起こります。議会は定員を越えて膨れますので,選挙区割りを直すことをして問題が起こらないようにします。イタリアも非常に厳密にやっていますので,格差は起こりません。

 日本では,2倍,5倍という数字が,実は1000万人〜2000万人の人々の投票を無駄にしているということを認識せずに済む小さい数字であるので,裁判所もマスコミも,わりと鈍感に対応しているのが実情です。

 そのチェックを裁判所がやったらどうだという意見があるのですが,最高裁は,憲法47条に『両議院の議員の選挙に関する事項は,法律でこれを定める』を根拠に,議員立法であれ,政府提案であれ,国会の広い裁量に属するとして介入しません。今まで,違憲状態であるといった判例が2〜3,極端な場合にありますが,いずれにしても,結果については憲法の許す範囲内であると言っています。

 最高裁がチェック機能を果たすことは,残念ながら我が国ではありません。

 それらの結果,いま起こっていることは,国会が国民を代表する機関ではなくなっているのではないかということです。つまり,当選者は議員になるのですが,当選されてしかるべき得票を得ながらも,当選者扱いにされていない方が,ずいぶんいます。

 言ってみれば,プリズムの大きな一角が最初から欠けているようなシステムです。入ってきた光が,出ていくときは,本来の完璧なプリズムなら,まともな光(予算、法律など)で出て行きます。欠けたプリズムでは,出ていく光が歪められます。そんな形の国会になっていると思います。政策面では,公共事業で明らかに過疎と言われている所への配分が多くなってことに端的に現れています。

 また,一票の価値が高い過疎地には高齢者が多いとされます。私も高齢者ですから大事にして欲しいとは思いますが,間接的であっても、高齢者に世代の公平感を越えた権利を与えるのは,結果的に,若者が将来に希望が持てる社会づくりの支障になりかねないと懸念するところです。

 システムとしての特徴で,もう一つ言えることは2世3世議員の急増です。政治のファミリービジネス化です。これは選挙区割が滅多にかわらないので起こります。現職の議員がやる立法ですから自分たちに不利なことはやりたくないのです。

 同じ議院内閣制のイギリスの例をみても,保守党のサッチャー,メイジャー,労働党のブレアー,ブラウンの4代にわたってみても,およそ2世には縁もゆかりもない人が首相になっています。日本は,最近の首相は突然といっていいほど2世3世が多くなっています。やっぱりこれはシステムの果たした影響ではないかと思います。もちろん,優秀な人もいます。同姓だから云うのではありませんが、今の福田首相は識見の秀れた良い指導者だと思っています。しかしそういう人ばかりとは限らないと思います。

 さて,最後になりますが意図的に投票価値を不平等に変えた結果,意外なことが起こった国の歴史をお話します。それはアメリカです。

 アメリカが独立した時,13の州が合衆国を作りました。大統領をどうやって選ぶかが問題になりました。人口の数(白人の男性の数)に応じた選挙人数を各州に割り当てて,大統領を選ぼうという提案に対して,南部の州が反対しました。その理由は,南部の人口が少なかったからです。

 妥協案は,5人の奴隷を持っていれば,3票あるとして人口に加えるとする案でした。勿論,奴隷に投票権を与えたわけではありません。奴隷の数の5分の3を人口に加えた大統領選挙人で選挙が行われたのです。つまり投票価値の水増しです。

 思いもかけないことが起こりました。その後,数十年にわたって,選ばれる大統領は殆ど南部出身者となったのです。それによって,奴隷制度は固定化し,黒人に対する差別観念も強固なものになりました。

 その後,北部に移民が増えて,北からの大統領も出ました。南北戦争により奴隷制度そのものは廃止されましたが,黒人の政治的,社会的,経済的地位は劣悪のまま制限され,結局変わったのは,1950〜60年代にウォーレン長官率いる連邦最高裁判所がいくつかの画期的な判決を
出して,投票権の平等,公民権の保護法を作られることになって,ようやく改善されました。

 今のアメリカは,2代続いて国務長官は黒人ですし,いま行われている大統領選挙では黒人出身の有力候補が出ています。いよいよ 変わってきたのかも知れませんが,最初に投票権の平等性を損なうシステムが導入されると,百年以上にもわたって悪影響を与えるということが歴史的にも証明されているわけです。