卓話


「グローバル・ジャングルの次の展開−これから起こることは何か−」

2010年6月23日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

同志社大学大学院ビジネス研究科
教授 浜  矩 子 氏

1.今まで起きてきたこと
 我々が住んでいる地球経済はグローバル・ジャングルというに相応しい厳しい環境ですが,その地球で,これまでに起こってきたことを大別すると二つに分けられます。

 一つは,我々が「みんな一人になった」ということです。このグローバル・ジャングルという厳しい淘汰の世界で生き残っていくために,誰もが自己責任において,人を押しのけ,己を全面に出していかねばならぬという孤立した状態が我々の周りで作り出されてしまいました。

 もう一つは「きょうじゃの論理の蔓延」です。「きょうじゃ」というのは強い者ではなく狂った者の「きょうじゃ」です。まさに金融の世界では,この狂者の論理で,投資銀行たちが誰よりも早く誰よりも多く,危ない橋を渡った者が勝利を得るという思いに駆られて突っ走った結果がリーマン・ショックという大事件でした。そしてそれがグローバル恐慌をもたらすという展開だったと思います。

2.これから起ころうとしていること
 これから起ころうとしていることも大別して二つあると思います。まず一つは通貨大戦争です。そしてもう一つは,統制経済化です。

 世界は,みんなが一人で頑張って,狂いし者の論理に駆り立てられて,非常に厳しい状況に陥っています。日本はデフレとの闘いが深刻です。そういうなかで,「我が身がかわいい。我一人が生き残り,勝ち残ること」ができればいい,それを目指さねばいけないという論理に国々が駆られると,歴史的にみても,末期症状として必ず出てくるのは通貨大戦争状況です。

 為替切り下げ競争と言い換えてもよいと思います。要するに,自分の国の通貨を他のどの国の通貨よりも安い(低い)レベルにもっていくことで,輸出をどんどん伸ばし輸入を抑制する。そうして一人勝ちを狙う,通貨の大安売り合戦です。

 1930年代の世界経済の大不況下における展開と現在のグローバル・ジャングルがしばしば対比されますが,1930年代の世界で特筆すべき展開は,まさに通貨大戦争状況でした。その時の主要通貨は,イギリスのポンド,フランスのフラン,そしてアメリカのドルでした。三つ巴の大通貨戦争の中で,1930年代は波乱の時代になり,結局は,それが第2次大戦に向かう道筋をつけてしまったという状況でした。

 今の状況を見ていると,当時の状況を彷彿とさせるものがあります。ご承知の人民元について再びゆるやかな切り上げを開始するというメッセージを中国が発信しました。

 今のタイミングで,人民元を変動させるというのは実にうまいタイミングのとり方で,中国もなかなかやるなあという感じもありますが,中国にしてみれば,今やっておいて,他の国々が通貨戦場に打って出るならば,中国も参戦せざるを得ないということを言うためのアリバイ作りかなという感じをもったりするところもあります。

 一方,アメリカでは,今年の2月の一般教書演説で,オバマ大統領が輸出倍増計画を打ち出しました。今後5年の間に輸出を倍にするという意欲的な計画ですが,本気でそれをやろうとすると相当に思い切ったドル安政策を追求しないと実現できないと思います。

 というわけで,極端な言い方ですが,この計画はアメリカによる為替戦争の宣戦布告宣言だったととれないこともありません。

 日本で騒がれている成長戦略との関わりでは,円安が効果的だという話がイメージ的に出てくるという格好になってきます。

 ギリシア問題で騒がしくなっているユーロ圏では,ユーロがどんどん下がっていくことを嘆く反面,実は,これが神風かもしれないというような論調が広がっていることも間違いないところです。

 かくして主要な国々は,いずれも自国の通貨を安くする,あるいは自国の通貨が安くなることに活路を見いだそうという雰囲気が広がっている感じを見る思いがします。

 加えて,ギリシア問題を初めとする各国の財政状況の厳しさが,各国の通貨に対する信任を大きく揺り動かすこともあります。つまり通貨戦争を仕掛けながら,一方では自国通貨の価値を無価値にならないようにしなければいけないという,難しい正反対の課題を抱えながら,為替市場の動きに神経質になっているというのが現状です。

 以上が,通貨大戦争が起こりそうな気配,あるいは,もうそこに一歩踏み込んでしまった雰囲気が濃厚な,今日この頃のグローバル・ジャングルの風景であると思います。

 二点目の「統制経済化」で言おうとしていることは,羹に懲りて膾を吹くという状態への懸念です。リーマン・ショックのようなことが起こったのだから,資本主義の暴走を野放しにしておくと危ないという認識から,すべてを再規制し,動きを一定の枠の中に封じこめてしまうという発想が,極端な形で現れつつあるのを感じる面があります。

 直近の例ではドイツのカラ売り規制です。カラ売り規制が間違っているとは思いませんが,今のような情勢を人為的な規制,統制によってコントロールしていこうとする雰囲気が前面に出て来るのは怖いことだなと思います。ユーロ圏においては,国々の財政に制度的なしばりを強化しよう,約束を守らなかった場合は罰則を課そうという雰囲気が出てきています。日本でも財政再建という言葉が突如としてキーワードになってきました。

 シビアな情勢を抱えた各国が何とか財政をコントロールするためには何でもするという雰囲気になってきますと,国の財政を守るために,皆さんから一率に愛国税と称する人頭税を徴収するという話が出てきてもおかしくなさそうな不気味な雰囲気を感じます。

3.これから起こるべきこと
 これから起こるべきことも,やはり二つの側面があると思います。

 その一つは即ち「自分さえよければ」という発想を「あなたさえよければ」という発想に転換させることです。

 「自分さえよければという発想でアグレッシブに成果を追求し,その結果が通貨大戦争になってしまうかもしれないが,それも国の存立を守るためだ」として,統制が広まるというような状況になることを阻止して,グローバル・ジャングルをまともな方向にもっていくためには「自分さえよければ」で凝り固まった我々の発想を「あなたさえよければ」という方向に大きく変えることが,どうしても必要になると思います。

 「私の国の内需は私だけのもの」と囲い込むのではなく「私の内需はあなたの外需」「あなたの内需も私の外需」という形での分かち合いです。これこそが,まともな者の論理だろうとも思うところです。

 具体的なイメージで考えてみますと,私にとって身近で実感のあるテーマですが,全国の大学はジャングル的な厳しい競争環境にさらされています。関西エリアも大変に厳しい状況です。そのなかで,私が強く意識しているライバル大学があります。その大学と私の勤めている大学の間で,「あなたさえよければ」を実践するとどうなるかです。

 私の大学は,相手校のために学生を集めます。そして相手の大学は私の大学のために学生集めをしてくださることになります。その場合,どちらの大学が得をするとか損をするとかなどと言っていたのでは本当の意味での「あなたさえよければ」は実践できません。事ほど左様に,これからは大きな発想の転換が求められます。

 そして,これから起こるべきもう一つのことは,地球グローバル・ジャングルを動かすドライビングシステムは,グローバル資本主義からグローバル市民主義への転換ではないかと思います。国民でもない社員でもない,市民です。市民としての我々が,お互いに対して「あなたさえよければ」と言い合う状況がやってこないといけないと思います。みんながグローバル・ジャングルの中を突っ走って行くと,次の展開はまさしく永遠の暗闇への突入になると思います。

 我々が新しい夜明けを迎えるためには,目覚めた市民たちである我々が「あなたさえよければ」と言い合っていかねばなりません。

 そんな得体の知れないことが「まさか,できるわけがない」という感じをお持ちの方々が多いと思いますが,歴史が我々に教えてくれている大きなポイントに,「まさか」は必ず起こっているという事実があります。

 歴史的に見て,良きにつけ悪しきにつけ,世界は「まさか」の連続です。

 「あなたさえよければ」という発想が実現することが起こっても決しておかしくはないと思うところです。