卓話


がんのひみつ

2010年11月17日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

東京大学医学部付属病院放射線科 准教授
緩和ケア診療部長 中川恵一氏 

 今,日本人の2人に1人は「がん」にかかります。そして,3人に1人は,がんで亡くなっています。年間に約35万人ががんで死んでいます。これは全死亡数の3分の1です。

 ある時,私は「世界一受けたい授業」というテレビ番組にゲストとして出演しました。

 「がんは不治の病というイメージが拭えないが…」という司会者の発言を受けて,私は「今は6割方が治っています。もはや不治の病ではありません。がんは生活習慣病です。予防すれば,がんになるリスクは半減します。ですから,まず,がんにならないような生活習慣を送ること。大事なのは,早期に発見して完治させることです。その切り札ががん検診ですが,その受診率は先進国の中では最低の水準です」と話しました。

 司会者が「がん検診を受けた人,定期的に受けている人は…」と出演者に問いかけました。ある若手のタレントが「私の家系にがんで亡くなった人がいるので,私も何年かに一回は受けるようにしています」と応じていました。

 がんに関する迷信に「がんは遺伝する」があります。がんは遺伝子の病気ですが,遺伝することは基本的にありません。特に「家系」によるとみられるのは5%です。

 去年,内閣府が「本人ががんにならないために,どんなことに気をつけているか」を調査しました。実は,たばこを吸わないというのが一番大事なことなのですが,調査では「焦げを食べない」が一番でした。これは普通の生活では,ほとんど影響のない事柄です。

 日本人の死因の代表の移り変わりをみると,戦前〜戦中は結核でした。戦後〜1980年代までは脳卒中でした。それが次第に減って心臓病が増えてきました。要は,ほとんどの病気は医療の進歩によって峠を越えたわけです。ところが,がんだけは,戦前から戦後にかけて一貫して増え続けています。これは先進国共通ではなく日本だけの問題です。

 3年ほど前に「ウォールストリート・ジャーナル」紙の記事で,日米人口10万人当たりのがん死亡数を比較していました。それによると,15年前の95年の段階では,アメリカと日本はほぼ同数でした。それがアメリカでは減少し,日本では増えています。先進7カ国の中で上がっているのは日本だけです。

 そこで,「がんとはどういう病気か」を知る必要があります。簡単に言うと,がん細胞とは「自分自身の細胞のコピーミスで出来た,死なない細胞」です。

 我々の体は60兆の細胞からできています。そのうちの1%,6千億の細胞が毎日死んでいきます。そして新しい細胞を細胞分裂によって補います。つまり6千億回のコピーです。当然ミスが起こります。

 ミスの結果,「死なない」性質を持った細胞が生まれます。これががん細胞です。

 私たちの体の中に発生したがん細胞は,リンパ球が異物と認識して殺してくれます。リンパ球が毎日,1,000勝0敗の戦いをしているから,がんになっていないのです。

 ところで,がん細胞は自分が生まれた体の中でしか生きていけません。しかも,免疫細胞にとって,がん細胞は殺しにくい細胞です。免疫細胞は有害な細胞を殺しているわけではなく,異物を殺しているのです。がん細胞は,もともとはその人の細胞です。免疫細胞から見ると自分に近い細胞です。どうしても,取りこぼす危険があります。30〜40歳くらいからがん細胞の数は増えていきます。年齢とともに増えます。残念ながら免疫力は年と共に弱ってきます。その結果どうしても年齢とともにがんが見逃されやすくなります。

 たった1個から始まるがん細胞が1センチになるのに,約15年から20年という期間を要します。

 日本人は長生きになりました。平均寿命は83歳,女性は86歳です。明治元年の平均寿命は35歳でした。大正元年で40歳でした。ですから昔はがんで死ぬ人が少なかったわけです。がんになるまで長生きできない。今のアフリカが同じ現象です。

 がんは老化ですから,長寿国である我が国でがんが世界一多いのは仕方ありません。そこで「がんで死なないためにはどうしたらいいか」を考えましょう。

 高額の費用を出して最先端の治療を受ければ何とかなるという考えは妥当ではありません。何故ならば,がんの治療はそれほど進歩していないのです。現に死亡率は年々増えています。

 理想的にがんを避ける生活をしても,3割ぐらいの危険は残ります。がんにならない完全な生活習慣はないわけです。しかし,仮に運悪くがんになっても早期発見で治す。早期がんの9割は治ります。

 日本人の食生活が豊かになったといいますが,実は肉だけが増えていて,野菜は減っています。こうしたことによって,がんの種類が変わってきました。
 1960年には,男性のがん死亡の半分以上は胃がんでした。それが減ってきています。その理由は,冷蔵庫の普及によるピロリ菌の減少と考えられます。

 増えているのは,男性では前立腺がん,女性では乳がんです。

 アメリカの例で見ますと,男性の胃がんでの死亡率は,1930年頃はダントツでした。最近はかなり下がって,白血病よりも珍しくなりました。冷蔵庫の普及が日本より早いことの結果が歴然と出ています。

 がんの原因が10あるとすれば,男性の場合,3がたばこです。残りの3が野菜・果物不足,塩分とり過ぎ,お肉食べ過ぎなど,たばこ以外の生活習慣です。

 残る4は何か。4は,運です。運に頼るだけでは駄目ですから,早期発見が必要です。そこでがん検診です。

 がんの症状で,痛みが出ると,骨への転移が8割です。転移が出れば治りません。早期がんはどの臓器のがんであっても症状を出しません。ですから,症状が出てからでは遅いのです。「元気だ,私はがんじゃない」と思っているうちに定期的に検査をすることが大事です。乳がんの場合,たった一つ見逃された細胞が1センチになるのに15年の時間を要します。しかし,1センチのがんが5センチになるには,たったの5年です。

 我々専門医でも,細胞が1センチにならないと診断できません。早期乳がんの定義は2センチ以下です。1センチのがんが2センチになるのに1年半かかります。ですから,理屈のうえでは,1年半の間に一回検査をすれば必ず発見できます。このように定期的に検査をすることだけが早期がんを診断する方法なのです。

 特に,子宮頸がん,大腸がん,乳がんの三つに関しては定期検診が最善です。アメリカ人の84%,イギリス人の79%が子宮頸がん検診をやっています。日本は21%です。

 日本では,がんと診断された場合,症状が出てから発見される進行がん,末期がんが多いという結果になります。

 検診には住民検診と職域検診があります。住民検診には無料クーポン券が配られています。職域検診では,厚生労働省の予算でがん検診企業アクションという仕事があります。この仕事は,企業での検診を安価で効率よくそして正しくやることを目的にしています。

 がんの治療法で,科学的に有効性が証明されている治療法は,手術,放射線治療,抗がん剤治療の三つです。

 白血病以外の普通のがんの治療には手術か放射線治療が必要です。

 がんの治療では外科の先生のところにいって切ってもらうということになりますが,これは日本だけです。なぜ,こうなったかといいますと,終戦直後の時期,「がんは胃がんだ」という時代がありました。ですから,がんは必ず手術でした。今は,この前提が違ってきていますから,がんの治療は手術だけではなく,放射線治療も大いに行うべきです。

 今の日本では,がんの治療は外科がやる。抗がん剤まで外科が扱います。韓国や台湾では内科の先生が担当するのが普通です。

 かくして先進7カ国の中で,日本の抗がん剤治療のレベルは最低です。手術が多いということは放射線治療が少ないことを意味します。日本では,がん患者の4人に一人が放射線治療を受けています。アメリカでは3人に2人,先進国は大体6割です。日本は半分以下です。

 欧米では,多くのがんは,手術より放射線治療の方が多いのです。

 がんの激痛を抑さえる「痛み止め」薬についても同じことが言えます。日本での「痛み止め」の使用量はアメリカの20分の1です。日本では「麻薬は命を縮める」が常識ですが,外国では,激痛を止める薬を多用した結果,延命したデータも報告されています。

 日本は世界一のがん大国なのですが,がん対策では後進国です。早期診断の普及と治療法の改善が望まれるところです。