卓話


人気者(アイドル)から時代を読む

2015年11月18日(水)

明治大学
文学部教授 市川孝一氏


 私は「社会心理」を研究対象にしてきました。社会心理とは、ある社会の集団に共有された集団意識の一つの形態です。社会心理は、きちんと体系化されていない、未組織の大衆の思想、かみ砕けば、ごく普通の人々の物の考え方・感じ方になります。

 それぞれの時代に特有の社会心理があり、それがどう変わってくるか、特定の流行現象を通して、時代の社会心理を跡づける「社会心理史」という領域があります。時代の社会心理とは、「時代の気分」という言い方が近い気がします。流行、世相風俗を分析することにより、背後にある時代の気分としての社会心理を明らかにします。

 流行の定義には2つあり、1つは、ある社会集団の中で、一定の人々が、一定期間、周囲からの心理的圧力という間接的統制力により同似の集団行動を示すことです。2つ目は、集合現象そのものとしてとらえることです。流行は、社会の許容する範囲内で、社会生活を営む個々人の新しい社会的行為が他者との間において影響しあいながら、新しい行動様式、思考様式として社会や集団のメンバーに普及していく過程であり、その結果一定の社会規模となった一時的な集合現象です。

 流行は、「物」、「行為」、「思想」の流行の3つに大きく分類されます。物はヒット商品という形で流行になるもの。行為は、スポーツ、レジャーなど「何かを行うこと」に関する流行。思想は、学問的な意味のみならず大衆の思想を含み、流行歌、ベストセラーなども含まれます。この思想の流行について書いたのが、『流行の社会心理史』です(『増補新版 流行の社会心理史』編集工房・球、2014年)。

 実は、この3つの分類の他に人の流行があります。つまり、「人気者」です。人気者を手がかりに時代の社会心理を明かにしようという試みで、2002年に『人気者の社会心理史』(学陽書房)を書きました。

 ファンと人気者の関係に注目した場合、人気者には3つの型があります。
 .侫.鵑凌裕ぜ圓紡个垢訛嵯鼻Δ△海れが人気の原動力になるタイプ。人気者は遠く仰ぎ見る存在のスターで、ファンとの間の心理的・物理的距離は大きいです。

 ▲侫.鵑凌裕ぜ圓紡个垢詬ケ朶兇原動力になるタイプ。お笑い、コメディアンがこれにあたり、自らの劣位をアピールして人気を確保することがあります。

 ファンの人気者に対する親近感が原動力になるタイプ。いわゆる「隣の女の子」的なアイドルはこの典型です。ファンとの間の物理的、心理的距離は限りなく小さくなります。その極みがAKB48で「会いにいけるアイドル」、握手までできます。時代の人気者像は、,離好拭爾らのタレントへ変遷しています。

 これにはメディア環境の変化も関わっており、主要な活躍の場とするメディアが変わりました。映画ではスターが、テレビでは日常的なメディアのため受け手が親近感を感じるタレントが支持されます。

 スターからタレントへの流れは、人気者の神話化・神格化が不可能になったことも意味します。芸能ジャーナリズム、ワイドショー、写真週刊誌などの存在があり、こうした状況下ではスターは生まれようがありません。かつては「女優はトイレにも行かない」といった神話がありましたが、そうしたことは成立しなくなりました。また、ネット社会になり、あらゆる情報が誰に対しても明かにされるような環境が作られたことも大きく関わっています。

 こうした問題点を前提に、『人気者の社会心理史』の中では、4人の国民的人気者を対象に「人気者は世につれ、世は人気者につれ」の具体的状況を分析しました。時代のシンボルとして、10年刻みで一人ずつあてはめました。1950年代は美空ひばり、60年代は吉永小百合、70年代は山口百恵、80年代は松田聖子です。それぞれにつけたキャッチフレーズは、美空ひばりが戦後復興期の「がむしゃらなアイドル」、吉永小百合は高度成長期の「明るく前向きなアイドル」、山口百恵は低成長期の「翳りのあるアイドル」、松田聖子はバブル期の「欲張りなアイドル」です。

 人気者はそれぞれの時代の価値観を体現した存在だといえます。美空ひばりは、戦後の混乱・復興期のがむしゃらさ、たくましさという特性が支持されました。有名な歌舞伎座での公演を行ったのが1952年4月28日、サンフランシスコ条約が施行された日で、占領期のアイドルという位置付けもできます。

 吉永小百合は、高度成長期の努力、まじめさ、ひたむきさ等を象徴し、山口百恵は低成長期に入った日本の社会状況を反映しています。暗い目をし、足が太く、アイドルとして成功するとは思われていなかったのに、結果的には最高のアイドルになりました。

 80年代のバブル期を象徴する欲望全開の松田聖子は、仕事、結婚、子供、愛人までも手に入れようとした欲張りなアイドルで、色々なスキャンダルにも関わらず同性からの支持が非常に高かった。これ以降の日本の女性は、例えば仕事のために結婚をあきらめるようなことはなくなりましたから、女性の生き方のモデルとなったというとらえ方もできます。

 美空ひばりについて簡単に触れます。「両義性の人気者」がキーワードです。彼女はヒーローであると同時にスケープゴートで、彼女ほど、好かれた一方で嫌われた人気者はいません。彼女の一生は、世間やマスコミからのバッシングの受難の歴史でした。

 バッシングの代表的なもののうち、「タイハイした大人の猿真似」(『婦人朝日』1949年10月号)、「ゲテモノ」呼ばわり(サトウハチロー「見たり聞いたりためしたり」〈ブギウギこども〉『東京タイムス』1950年1月23日)は、彼女の存在が、当時の「子供は子供らしく」という規範に反したものだったことが理由です。彼女が体現しているものは封建的、前近代的ないわゆる浪花節なものだったので、進歩的文化人から拒否反応を招きました。

 そして、同業者からのバッシングがありました。まず、笠置シズ子からのクレームです。日本劇場のレビューの開演直前に笠置の歌である「ヘイヘイブギー」(藤浦洸作詞・服部良一作曲)を歌ってはならないという申し入れがされました。美空ひばりにすごい才能を見いだし、自分を脅かす存在だと見破ることができた。それはブギの女王といわれた笠置シズ子ならではのエピソードでしょう。

 それから、歌舞伎座公演に対する反発です。「あんなションベン臭い娘を、歌舞伎座の舞台に上げられるか」「公演が終わったら、舞台の板を削って清めてしまおうではないか」などの非難がありました。ルーツを辿れば歌舞伎がそんなに立派なものかという話にもなり、その意味では滑稽な非難と言えるでしょう。

 一般の人々からの反発もありました。1953年に豪邸爐劼个蠍翕臓蹐鮨恵曚靴泙靴拭2I融坩觧匐茲硫篠から高台への空間の移動が、同時に彼女にとっての階層の移動になりました。反発を招いた原因は、狢臀阿陵瀚召料瓩垢る達成″とする説があります。その後、庶民も高度成長期の波に乗って自分の家を手に入れていく訳ですが、それをあまりに早くしかも極端な形で達成したために、人々の激しい嫉妬の対象となったということです。

 こうした激しいバッシングの話を今の学生にわかるよう話すために、AKB48を引き合いに出します。AKB48は総選挙を行い一番人気のあるメンバーを選びます。第3回の総選挙で前田敦子が選ばれました。彼女はそれまでファンから様々なバッシングを受けており、それを踏まえて、「私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないで下さい」という名言を吐きました。その時に彼女は利他性と超越性を帯びた存在になったとされ、濱野智史さんという若手の論客が『前田敦子はキリストを超えた』(筑摩書房、2012年)を書きました。「それでは、美空ひばりのバッシングの歴史を考えたら、美空ひばりは何を超えたのか?」と話すと学生も納得します。

 1990年代以降、アイドルは多様化・細分化し、一人で時代を代表するような存在は姿を消しました。おニャン子クラブは80年代ですが、その後のモーニング娘。というグループアイドルの存在があって今日に至ります。現時点でアイドルを論じる場合、AKB48の話が不可欠です。一方で、ブラック企業、現代版女工哀史、風俗(JKビジネス)のようだといった否定的な評価もありますが、10年も生き延びており、今後も注目すべき存在です。

 最後に、役に立つアイドル研究という点で言えば、アイドルもクールジャパンの一環として国策上も非常に有力な存在であるという、経産省官僚である境真良さんによる『アイドル国富論』(東洋経済新報社、2014年)というとらえ方も出てきています。

 いずれにしても、世の中の変化と人の心がどう変わっていくか。その両者の間にあるダイナミクスを知る手がかりとして人気者であるアイドルはこれからも重要な意味を持つのではないでしょうか。


       ※2015年11月18日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。