卓話


地球環境保全に向けてのシミュレーションの役割 

2007年5月9日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

地球シミュレーターセンターセンター長
佐藤哲也氏  

 2002年4月20日のニューヨークタイムス紙はその第1面で「コンピュートニク現る」という見出しで,日本の地球シミュレータの運転開始を報じました。

この地球シミュレータのプロジェクトが認められたのは1997年でした。IPCCの会議が開かれ,京都プロトコルが出された年です。地球温暖化の問題を解くためのスーパーコンピュータを作るための予算が付き,5年間の開発を経て2002年3月1日から運転を始めました。欧米では,このニュースが飛び交ったのですが,日本では「世界で一番」ということにのみ気をよくするという状況でした。科学技術の先進国であるアメリカでは,1957年のスプートニクで旧ソ連に追い越された時のショックになぞらえて,スーパーコンピュータで,日本に先を越されたことを「コンピュートニク現る」と報じたわけです。

単に,スピートーと性能において先を越されただけではなく,学術・学問はもちろんのこと,産業界その他,経済・社会などにおいても,おいてけぼりをくらうと,非常に深刻に受け止めました。

アメリカは直ちに,日本の地球シミュレータを追い越せとの大統領令が出て,多くの予算が出ました。その結果,現在は残念ながら日本は追い越された現状です。

日本の地球シミュレータは,640個のコンピュターが円形に配置され,その中央に情報交換器が置かれ,640個のコンピュターを連結して大きなシミュレーションプロジェクトにしています。それぞれが分担して得たデータを,直ちに相互に交換して,次のプロジェクトのステップにかかっていくという仕組みです。640個のコンピュターが個々に計算したデータは速やかに交換することが必要です。

 コンピュターは,情報交換に要する時間で性能が決まります。幸い地球シミュレータのコンピュターはうまく設計されており,個々のコンピュターの演算の速さも,情報交換の速さも非常に優れています。

地球シミュレータの計算速度は40テラフロップス(TFlops)ですが,実際のシミュレーションをやる場合には,20テラフロップス程度の実行速度をだします。それがアメリカを驚かせたということです。

地球シミュレータは,現在は世界で20位ぐらいになっていますが,実際の実行速度は依然として世界最高という評価を得ています。

この地球シミュレータはどう使われているかといいますと,国の指示に基づくシミュレーションに全体の25%を使っています。55%はいろいろな分野から公募しています。実は,そのうち30%は気象関係・環境関係のプロジェクトに使われています。

国際共同研究にも解放し,現在は12の国際機関と協定を結んで無償で提供しています。 IPCCの第4次報告書が出されたばかりですが,その中の一つに,現在の温暖化が本当に人工的・人為的なエネルギーによるものかどうかを調べるシミュレーションがあります。それによって,地球の温暖化は,ほぼ確かに人間の活動によって行われていることを科学的に断定してよいのではないかという結論になりました。

異常気象はどこまで予測できるかという研究についてお話しします。

40度近い猛暑が,2〜3年に一度,やってきます。そういう異常熱波を予測できるかというテーマで,2004年7月15日の人工衛星のデータを初期条件として,全地球的にどのような気候変動が起こるかを調べた温度分布の地図と,実際の同年7月20日の気象庁観測データの温度地図は,ほぼ一致していました。ですから,5日前には熱波を予測できるということになります。

2003年8月7日の台風10号の進度や雨量についても,8月7日から9日までの5日間をシミュレーションしてみました。所要時間は3時間ほどです。

全地球を5キロ単位ぐらいで,日本付近は1キロぐらいの細かいメッシュでシミュレーションすれば観測よりはるかに詳しいかたちでの状況が予測できるまでになっています。

 地震被害は予測できるかということでは,東京の新宿で,マグニチュード7の直下型地震が起こった場合の地震波の被害について調べた結果もあります。地震波の伝わり方は,岩石層,堆積層によって違います。その状態を刻々の変化で見ることができます。

地球シミュレータの運転開始早々の時期に,10Kmの分解度で全地球を覆って,大気の運動をシミュレーションしました。海流の動き,深層海流の動きなども,すべて分かるようになりました。

地球シミュレータのもたらしたものは何かというと、これまではシミュレータの持つメモリーの限界とか,スピードが遅いために,どうしても,日本近海だけを地球のなかから取り出すとか,ある現象を理想化した形でシミュレーションせざるを得ませんでした。そういうものからの予測は,システム全体がどう動くか,例えば温暖化がどうなるかというような全体的なことは見ることができません。

それに対して地球シミュレータは、全体を見ることを可能にしました。システム全体がどう発展するかを科学的に予測できます。

地球シミュレータは,現実のジオメトリーでシミュレーションできますから,本当に現実の社会に役に立つ情報を与えてくれます。

これまでの科学は,例えば望遠鏡は過去しか見ることができませんでした。光はすべて過去の情報です。望遠鏡は過去のものをじっくり見るという実験装置を使って,宇宙の成り立ちを観測し,それを支配している法則を発見してきました。しかし,これからの将来,物事がどう発展するかを観測する道具を,我々はもっていませんでした。未来はいわゆるSFの世界でした。
 地球シミュレータが,丸ごとシミュレーションを可能にした結果,始めて人類は未来を科学的に見ていく望遠鏡を手にしたのです。

未来をSFからSR(Science Reality)にした地球シミュレータの意義は非常に大きいものがあります。

では,コンピュータさえ優秀ならいいのかというと,そうではありません。「はさみは使いよう」です。道具は使いようです。

料理をする場合を例にとってみると,包丁はシミュレータという道具です。食料はアルゴリズムです。シミュレーションをやるアルゴリズムを如何に見いだすかが重要です。

 もっと重要なのは,料理人の腕,つまり科学者の知恵です。これがあって初めて,我々が想像できないようなものをシミュレータから取り出すことができます。

例えばシミュレータを10倍にしようとすると莫大な経費がかかります。しかし,アルゴリズムを考えれば生み出すことができます。

地球シミュレータで,地球を丸ごとシミュレーションすると言いましたが,実はここには落とし穴があります。丸ごとといっても,例えば大気のシミュレーションをしますが雲の情報は入っていません。例えば100kmのメッシュでシミュレーションすると,100kmのメッシュ以内のミクロな現象まではシミュレーションできません。雲の情報は別のデータから仮定(パラメーター化)して与えないといけないわけです。

本当に丸ごとシミュレーションするには,1ミクロンから4万キロまで,10の10乗以上のスケール差をカバーするコンピュータが必要ですが,そんなコンピュータは未来永劫できないでしょう。

ではお手あげなのかというと,そうではありません。自然の空間はのっぺりしてはいない。これは非常に重要な事実です。自然は,階層構造になっています。その階層のところにだけ情報(エネルギー)が詰まっていて,階層と階層の間には情報(エネルギー)がないのです。ですから,情報のないところをシミュレーションする必要はありません。

 そこで,地球シミュレータを,例えば半分に割って,ミクロの情報とマクロの情報を別々に解くことができます。別々に解いた情報を,人間の知恵で取り出して,情報交換するようにすればよいのです。例えば全地球を5kmか3kmぐらいの分解能で,台風がどのように発達するかをシミュレートしておいて,日本に近づいた時の「台風の目」のあたりをピックアップして,その情報を取り出して,それを基にして雲を形成する過程を解いてやると,ミクロぐらいのオーダーで雲と雨の粒子の動きが解けます。雨量も予測できます。

このように,シミュレータは使い方によって,今まで解けないと思っていた,ミクロな世界やマクロな世界についても、同時に解くことができるようなところまで進んできていることをご理解いただければ幸いです。