卓話


超高齢社会におけるヘルスケアイノベーション

2016年6月8日(水)

医療法人社団鉄祐会
理事長 武藤真祐氏


 私は、循環器内科医として、病院で心臓のカテーテル治療をしていました。治療の後、患者さんやご家族とお話しし、生きながらえた命を共に喜ぶことに幸せを感じ、そこに医師になった意味があるのだなと感じていました。

 その後、ご縁があり、天皇皇后両陛下にお仕えする侍医を約3年務めました。これは私にとって大きな名誉であり、今までにない経験でした。そこでは通常、医師としては見ることのできない世界を垣間見させていただきました。そのような中で、医師として今後の人生を大きな社会課題に使いたいと思うようになり、超高齢社会に対してできることとして通院困難な高齢者を支える在宅医療をやろうと思い始めました。問題を本質的に解決する方法を学ぶため、経営コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社したのち2010年に在宅医療を専門とする祐ホームクリニックを立ち上げ、在宅医療のシステムをゼロから作りました。

 日本は超高齢化が進んでおり、それは多死社会を意味します。今、年間130万人の方が亡くなられていますが、それが160万人近くに増えると予想され、それが単身生活や老々介護など、家族や社会が支えにくい環境の中で高齢化が起きることが課題になっています。

 場所別の死亡割合の推移では、戦後まもなくは8割以上が自宅でしたが、現在は8割の方が病院です。病院のベッドがこれから増えることはないため、病院外で人生の最後をどう過ごしていくかが大きな課題になりますし、亡くなる場所が病院であり続けるのかという課題もあります。その理由の一つは国の財政がもたないことです。日本の医療・介護給付費は2025年までに74兆円に達する見込みで、今のままでは賄うことが難しく、これに対する一つの解決策が在宅医療です。1か月間入院した時にかかる平均的な費用は医療費約50万円プラス薬剤・検査代で、在宅医療になるとこれが3分の1位の16万円程になります。

 それは、そもそも病院と在宅医療の目的が違うためです。病院の医療は基本的に治療するためにありますが、在宅医療はそれを過ぎ、自宅、老人ホームといった環境で人生の最後を安心して満足して過ごしてもらうことになるため、高い検査や治療にお金を使わないからです。もちろん、ご家族が看るため人件費が含まれないこともあります。

 日本は高齢者が高い金融資産を所有していますが、7割は将来に不安、主に自身や配偶者の健康を非常に不安に思っています。そうしたこともあり、終末期においては自宅で療養を希望する人が6割を超えますが、現実的には病院で亡くなる方が8割であり、そこには大きなギャップが存在しています。

 そのような背景から、今国が在宅医療を一生懸命推進しようとしています。 在宅医療とは新しい概念で、約10年前に制度化されました。これは患者さんの自宅に医師が定期的に訪問(月2回以上)し、そして緊急時には24時間365日、医師が対応するという計画的・継続的な医学管理・経過診療を中心に、療養生活全般を支える医療です。

 私どもは今、東京都文京区、練馬区、墨田区、石巻と4つのクリニックがあり、全体で約900人の患者さんを医師が30名で訪問しています。年間の看取りは約160人で、2日に1人ぐらい亡くなられます。半分は癌で、半分は癌以外のいろいろな原因です。

 患者さんの家の訪問は今でも多くの先生方がしていますし、むしろ昔のかかりつけの先生はこうしたことを24時間やっていました。素晴らしいモデルですが、医師個人に負担を強いるモデルで、1人の医師がそれを続けるのは難しく、医師も高齢化していきます。私が在宅医療を始めようとした時、それをどのように仕組みとして広げるかを考えました。

 そこで出てきたのは、ITの活用で、それによるオペレーションの最適化を考えました。 まず4つのシステムを活用・開発しました。一つは電子カルテです。カルテがVPNを通してクラウド化されているので、どこでも見ることができます。二つめがメディカル・クラーク・センターで、管理業務を一カ所に集中して効率化を図ります。三つめがコンタクトセンターです。医師に直接連絡が行くのではなく、まず看護師が受けることによって本当に必要な話だけを医師に伝えます。最後に、在宅医療クラウドです。医師のスケジュール管理や訪問ルートを作成します。これをカーナビと連動させることもできます。一日100軒以上を訪問するため、マニュアルで管理を行うのは大変です。在宅医療の特徴は医師が動いて回ることですから、訪問時にきちんと診療できないと大きな無駄が発生します。

 在宅医療のもう一つの特徴は患者さんが主人公であることです。病院では、基本的に検査や治療のスケジュールは医師が決め、それを患者さんが聞く形です。一方、在宅医療では患者さんの都合に合わせて私どもが伺い一緒に治療を考えるスタイルになるため、さまざまな因子が関わってきます。それを考慮したオペレーションを組んできました。

 さらに、在宅医療と介護の情報連携の確立を図ってきました。在宅医療に関わるのは医師のみならず、訪問看護師、ケアマネジャー、デイサービスや施設、薬剤師などで、一つのチームになってケアを提供します。大きな問題は、その人達が別々の組織に所属していることです。病院であれば一つのITシステムで情報共有できますが、このように別の組織に所属している人達が情報共有するのはかなり難しいのです。医師や看護師だけではなく、介護分野の方との情報共有になるため、使用言語や観点が違ったりします。どのように連携するかは悩ましい問題でした。

 石巻のクリニックでは、クラウドを使いながら、訪問記録や互いのメッセージやスケジュールを共有しています。それは普通じゃないかと思われるでしょうが、実は地域医療の中ではなかなか実現できなかったことです。そして、言うのは簡単ですが、実際に使ってもらうことがはるかに難しい。私は「システムをつくるのは2割、その後のオペレーションをつくるのが8割」とよく言います。

 お陰様で今、内閣官房、厚労省、総務省などと連携し、私どもが石巻で作ってきたシステムが日本の在宅医療・介護の情報共有のデファクトになるように進んでおり、システム開発やガイドラインの策定などをさせていただいています。

 東日本大震災の際、私も被災地に行き、何かできないかと考えました。その時も在宅医療がキーワードになりました。被災による医療機関の不足もありますが、医療機関に通う手段がなくなった高齢者が多くいました。そこでクリニックを作った訳ですが、同時に見えてきたのが、在宅被災者と呼ばれる方が多数いることでした。それは、仮設住宅などに住んでおらず、浸水被害エリアで自宅の一階が被災し、二階で生活を続ける世帯です。どこに住んでいるか、はっきりとわからない方達に支援を届けるのが難しく、行政の支援が入りにくい現状がありました。

 そこで、私は在宅被災世帯の支援団体、「石巻医療圏健康・生活復興協議会」を立ち上げました。一軒一軒を訪問し、医療と生活とメンタルのアセスメントを一軒あたり約1時間かけて行い、約2万軒の網羅的なアセスメントをしました。そのデータをデータベースに入れ、どの人にどのような支援が必要かをグループ化しました。その後、グループに応じてチームを派遣しフォローしログに残しました。これは私どもだけでは不可能で、多くの人が調査やフォローに関わったことで、皆がクラウドで情報共有することの重要性を改めて痛感することにもなりました。そして、このように見える化することで、行政も動きやすくなりました。

 こうした活動をするなかで、海外でも事業をやりたいと思うようになりました。特に高齢化対策では「日本をモデルに」と言われていますが、本当に役立つのだろうか、こうしたソフト的システムの輸出は本当に可能かという課題を感じていました。

 そこで、INSEADのExecutive MBA(シンガポール)に学びに行きました。シンガポールも急激に高齢化が進んでおり、国を挙げての大きなテーマであることが改めてわかりました。去年8月、INSEADの同級生のシンガポール人と一緒に、現地で在宅医療・訪問介護を行う企業を立ち上げました。ここでは、在宅ケアをサポートするICTシステム事業も行っています。

 このシステムは、セールスフォース・ドットコム(顧客関係管理ソリューションを中心としたクラウドコンピューティング・サービス)をプラットフォームにしているため、海外展開しやすいものになっています。日本での地域医療のノウハウを投入し、電子カルテや、診療報酬明細書を作成する機能も入っています。また、例えば「2時間後に着きます」「お薬がないのでは?」というアラートを患者さんに出したり、患者さんが医師にチャット上で相談することも可能です。人は忘れることが多いため、それをシステムで補完し行動に移させるようなシステムを作りました。これはシンガポール保健省からも高く評価され、在宅医療を提供している方々に使ってもらっています。

 こうした展開に加えて、センサーやロボットを医師・看護師とどのように連携させるか。そのモデルをシンガポールで実現し、それをアジア周辺国に展開し、そして何よりも日本国内で利用できよう、この足跡を日本に持ち帰るという野心は持っています。