卓話


新しい経営リーダーシップ教育の確立に向けて〜大学院大学至善館の挑戦〜

2018年10月10日(水)

大学院大学至善館 理事長
(特非)アイ・エス・エル 創設者
大学院大学 至善館
理事長 野田 智義


 私は20代後半から15年間、欧米のビジネススクールで組織戦略論を学ぶと同時に教えていたMBAの申し子のような人間ですが、世界のビジネス教育が本当に世界のリーダーを育てうるのかという危機感に近い問題意識を持っています。18年前、40歳で日本に戻り、非営利組織としてISLをゼロから立ち上げ、「MBAを超えて」という教育を15年間やってきました。

   3年前に、グローバルな全人格リーダーシップ大学院として至善館の準備を始めました。企業人であると同時に社会人であり、一人の人間であるという全人格性を重視したリーダー教育を行います。世界の人々を対象とし、そこに日本人が入ることによって、日本は成長するし世界に貢献できる。英語と日本語で文科省の認可を得ました。学校名は四書五経の「大学の道は明徳を明らかにするのにあり」に由来します。日本発、アジア発の大学院です。2018年8月、日本橋の高島屋新館の上にオフィスを構えて開校、船出したばかりで七転八倒しながら毎日過ごしています。

 なぜこういうものを建てるのか。世界が音を立てて変わる100年に一度の大きな転換期にあるということと、未来への展望から必要不可欠だと思っています。2100年、人口で見ると世界のほとんどをアフリカとアジア、インドが占めると予想されています。こうした世界で私達人類が本当に共存でき、持続可能でありうるのか。また、シンギュラリティ等人類がかつて経験したことのない転換期にあって、ハーバードビジネススクールを頂点とする世界のビジネススクール教育、リーダーシップ教育はイノベーターのジレンマに直面していると危惧しています。イノベーターのジレンマは、世界が大きく変わる時にこれまでリーダーシップを持っていた企業・組織がそれを失うというものです。

 アメリカ型のビジネススクール教育、リーダーシップ教育は20世紀の象徴でした。例えば、右肩上がり、大量生産・大量消費。これらは、今、持続可能性、カスタム型の少量生産、少量消費、地産地消に置き換えられつつあります。当時のビジネスは、大量生産・大量消費をヒエラルキー組織で、中核の管理者たちが組織と人をコマンドとコントロールで動かしましたが、シェアリングエコノミー、ICTの発展の中で、個人の水平型ネットワークに置き換わり、人と人との協働関係は共感や信頼によって動くようになっています。

 世界に浸透しているリーダーシップ教育はグローバル教育という名のアメリカ型教育ですが、これも大きく変わってきています。1000年ぶりに中国に世界の中心が移り、かつてのシルクロードが一帯一路として復活する世界に戻ってきているのです。既存の教育でこうした環境変化に対応できるのでしょうか。

 もう一つの懸念は、横行するHow to教育。うまく物事を行う手段としての教育に特化し、何のため、誰のためにというWhyとWhatを問うことが世界のビジネス教育から抜け落ちてしまっている危機感も強く持っています。

 私は、全人格リーダーシップを育むことが何より重要だと考えています。市民社会の中に存在する企業として、企業人として、全人格リーダーに求められるものは、基軸力、構想力、実現力です。

 基軸力は世界、歴史を俯瞰し、人間の営みの本質を理解し、世界観、歴史観、人間観をもって、判断、意思決定し、行動する力です。

 構想力は不確実な中で人間の本性と人間の存在の本質をわかりながら、私達が人間としてありたい姿、ありうる姿を構想し、その道筋を実現できる力です。

 変革と創造の時代はリスクと不確実性にあふれ未来が見えません。実現力は、名刺やコマンドコントロールに頼らず、自分や志やビジョンや価値観を語り、人の琴線に触れ、その人たちの自発的な協働や共感を得る力で、何よりも重要です。

 一番重要なのは、意志の力です。与えられたものをうまくこなし誰かから褒められるというモチベーションで動くのではなく、自ら世界や歴史を俯瞰し未来を展望した上で自分の心の声として自分がやるべきことを聞いて行動と挑戦をし、その結果の責任を自ら引き受けようとする人材です。その原点になるのがウィルパワー、内面から出てくる意志の力だと思います。

 私達のリーダーシップ教育の出発点は人をリードすることではなく、自分をリードすることです。すべてがたった一人から始まり、一見おばかさんのように見えますが行動を続けているうちに人がついてきて、リーダーと言われるようになるのが真のリーダーシップです。その中で直面する不確実性とリスクを抱きかかえながら前に進む。それを支えるのが、自分は一体何者で、何をするために生まれてきて、何をしようとするのかというミッションの確認とウィルパワー。この意志力や構想力は教室で教えることはできないもので、それが一番のジレンマです。

 基軸力については、私達はリベラルアーツを重視しています。これは、単なる教養ではありません。人間とは何か、私達はどこからきてどこにいてどこに行こうとしているのか、私達は一体何者なのかを問う力をつけてもらう独自の教育に焦点を当てています。教授陣には、社会宗教学者、西洋哲学者、東洋思想家、生物進化学者などがいます。 構想力については、西洋のビジネススクールが今まで持ってきた強みである検証力を大切にし、同時に未来をスケッチアウト、デザインする力を育むデザイン・スクールのアプローチを融合するような独自の教育を行っています。

 実現力に一番大切なのは、人間が自立している自由と他者と共生・共存する両立をどのように図るかです。人間は自由であるという本性を持ち自身の生き方を決めたいと同時に、一人では生きていけず人に支えられて生きているという両方があり、これからの時代を支える重要なものであり、西洋の個の自由という考え方と東洋のコミュニティが育んできた他者との共存共栄・共生を一緒に教育します。

 最後の意志力は教えられませんから、自分を振り返ってもらい、一体何のために生きてきて、これからどこに行こうとするのかを振り返る「内省」を中心にしています。

 至善館はビジネススクールですが、全く新しい方向性を目指しています。例えば、グローバルとローカルの両方を尊重します。グローバルとは幻想であり、人間はあくまでもコミュニティや人のネットワークの中で支えられて生きています。その意味で、私達は日本橋に縁を得て、日本橋地域と共生しながら、日本が育んできた「三方よし」や、日本の長寿企業の考え方と世界が育んできたグローバルなプロフェッショナル教育を融合させようと挑戦しています。

 もう一つがビジネスと社会の関係です。ビジネスは社会の一部であり、社会の一部としての企業があり、企業の一部としてのシェアホルダーがあります。企業の利益と社会のベネフィットが共存する事業や組織モデル、未来を描くことを中心にしています。

 また、個人と共生――西洋近代が始まってから200年間慣れ親しんだ二元論パラダイムと、私達がアジア、特にインド、チベットなどを筆頭に残る一元論が育んできた自然との共生、他者との共生を橋渡しし、22世紀に向けてどのような社会づくりを目指せるのかを考える触媒になることが大望です。

 至善館の最大のミッションは、現行の世界のビジネス教育パラダイムを、人類の未来をつくれるような本当のリーダーシップ教育に変えていくことです。

 至善館は、スペインのIESEというビジネススクール、インドのスクール・オブ・インスパイアード・リーダーシップとパートナーシップを組んでいます。今年5月にはバルセロナで国際会議を開き、リーダー像や全人格なリーダーシップ教育の確立について議論しました。

 アメリカではビジネススクール、ロースクール、メディカルスクールはプロフェッショナルスクールと呼ばれ、メディアカルスクールとロースクールには試験、免許があり、行動がおかしい時に免許が剥奪される仕組みです。しかし、ビジネススクールにはこのプロフェッションの仕組みがなく、試験も免許もなく、間違ったことをしても資格剥奪はされません。私達が目指すのはビジネスリーダーシップ版「ヒポクラテスの誓い」をするコンソーシアムです。それは持続可能性とインクルーシブネスとヒューマニティのためです。そうしたことをきっかけに世界のビジネススクール教育を進化させんと挑んでいます。 来年の9月には2回目の世界会議を日本で開き、西洋とアジアの融合、22世紀に向けたインクルーシブで持続可能な社会の実現に挑戦していきます。

 最後に、世界中でイノベーションは避けて通れません。イノベーションはあくまでも手段で人間のためにあることが基礎ですが、ともすればイノベーションを目的化してしまう可能性があります。その意味で、教育は社会のため、未来のためにある。この原点が何よりも重要です。ヒューマニティ(人間性の尊重)に中心を置く教育が、世界の指導層、プロフェッションとしての経営者リーダーの教育であってほしいということです。日本が触媒になり、日本が育んできた他者との共生、人間性の尊重と、西洋の合理性・プロフェッショナリズムとの橋渡しができれば、世界への貢献を通じて、日本人もまた再び世界のリーダーとして成長できると信じて活動を続けています。