卓話


私と米山奨学会

2013年10月2日(水)

お茶の水女子大学大学院
米山奨学生 陳 羿秀氏

 皆様、こんにちは。お茶の水女子大学の博士後期課程に在籍しております、陳羿秀と申します。台湾の高雄からまいりました。

 現在お茶の水女子大学で、日本の江戸時代前期の文学について論文を書いております。少し簡単に説明いたしますと、今取り組んでいる作家は、井原西鶴と同時代に活躍した江戸前期の作家で、坂内直頼といいます。彼の書いた風俗関係の作品は作者のわからないとされているものが殆どでした。また、これらの著作は、今まで井原西鶴の好色一代女などの作品と類似した趣向を持っており、互いに影響関係にあるのではないかとされています。これからはこれら作者未詳の作品を、坂内直頼による著作であることを証明し、彼の著作の実態を明らかにし、より彼と井原西鶴の影響関係を明らかにしたく存じます。

 米山奨学会の奨学生になって、早くも一年半近くになりました。その間、カウンセラーの山本さん、林さんをはじめ、米山委員の方々、また東京ロータリークラブの皆様に常にご親切に声をかけていただき、いつも温かい気持ちでいっぱいです。

 私が一年半前に初めて東京ロータリークラブの例会に参加したときのことを思い出すと、参加者は二百人を超えているような印象でした。実を申し上げますと、ロータリー奨学会に来るまで、あまり年配の方と接する機会がなくて、最初はどきどきしました。自分はうまくコミュニケーションを取れるかなと心配していました。でも、皆様はとても親切で、台湾に行ったときの印象や、台湾との思い出、繋がりなども語っていただいたおかげで、すぐ緊張感が取れました。私の同級生は台湾とはあまり繋がりのない人が多いので、普段中々日本の方から台湾についての印象を伺えませんし、少し寂しかったのですが、ロータリーの皆様は台湾に行かれた経験のある方が多くて、中でも十何回も行かれた台湾通の方もいらして、さすが国際色豊かなロータリークラブだなと思いました。

 その後、米山奨学会が開いてくださった数々のイベントを通して、徐々にロータリークラブに馴染んでいきました。たとえば、家族会や米山梅吉氏の記念館見学、三者面談など、これらのイベントのお陰様で、米山やロータリーという組織に対する認識が深まっただけでなく、ここで活動している方のことや、私と同じように海外で留学している他国の方と交流ができて、私の留学生活は一層充実しました。

 私の初めてのカウンセラーは山本和昭さんといいますが、山本さんとは去年の四月のオリエンテーションの日に初めてお会いしました。山本さん自身大学で教えたこともあり、私の研究や論文のことなど非常に気にかけていただきました。毎月の例会で山本さんとお会いして、研究は大丈夫ですか、うまくいきましたかと親身になって話を聞いていただきました。また、山本さんからもお体の健康のこととか、最近の旅行話などを聞かせていただき、楽しかったです。

 今年の台湾のお正月のとき、山本さんは台湾のお正月のことを覚えてくださって、例会の日に、わざわざお年玉をいただきました。私がお礼を言おうとした瞬間に、なんと先に山本さんに謝られました。陳さん、ごめんなさい。「紅包」という中国式のぽち袋が見つからなくて、代わりに日本の封筒に紅包と書きました。すみませんねと言っていただきました。それを聞いた瞬間、本当に涙が出てきそうな思いになって、その場でいやいや、本当にそれでいいですと申し上げました。私の日本人の友人でさえ台湾のお正月を知らない人が多くて、山本さんがそれを覚えてくださったこと、また山本さんから身に余る優しさをいただいたことに、感激の一言でしか言い表せません。

 今年の七月から、私のカウンセラーは林克昌さんに変わりました。最初は新しいカウンセラーに変わったということもあり、正直少し不安でしたが、その心配は初対面のときから殆ど嘘のように消えました。なぜなら、林さんは山本さんと同じようにとても優しく接してくださったからです。毎回お会いする度に、陳さん最近元気ですか。何か困ったことないですかなど、気にかけていただきました。まだ何回かしかお会いしたことがないのに、人見知りの激しい私でさえ、まるで家族と話しているように非常にリラックスできました。

これはいわゆる米山マジックと言いましょうか。ロータリーの例会に毎回来ていつも思うのは、周りはそれほど親しい友人に囲まれているというわけでもないのに、なぜか自然に笑顔になれます。きっと皆様はとても優しいので、いつのまにか自分も同じように心が開いて、その場でほっとできたのだと思います。

 また、最近身の回りにちょっとした嬉しいことがありました。父も母も定年退職した身ですが、父の場合は去年退職したばかりであり、なんと今月から日本語の勉強を始めました。それに影響されたためか、母も日本語に関心を持つようになって、今回私が帰国したときに、一週間漬けで母に日本語の五十音を教えました。両親が一生懸命に日本語勉強に励んでいる姿を見て、なぜか感動しました。

 私が日本語を勉強して、かれこれ十二年ぐらい経ちましたが、両親がこれほど日本、そして日本語に興味を持ってくれたのは今回が初めてでした。これは将来日本と台湾の架け橋になりたい自分にとって、非常に有意義な出来事です。これからはもっと両親に日本について関心を持ってくれるように努力し、彼らに日本文化の素晴らしさや面白さを伝えられることを文化の架け橋を担うための第一歩として頑張りたく存じます。

 米山奨学会の奨学生として例会やイベントに出席できるのはあと半年間しかありませんが、振り返ってみれば、これまでの一年半の月日は私にとって本当に特別な経験でした。ここに来て、これまでにお会いしたことのない国の方々と接することができ、また人の優しくて暖かい心に触れることができ、とても幸せです。また、米山奨学会のサポートのお陰で、生活面の問題はとても楽になり、論文に集中することができました。自分もロータリークラブの方々のように、いつか自分のような留学生を支援できるようになれたらと思っています。最後に、この場をお借りして、山本さん、林さん、そしてロータリークラブの方々に御礼申し上げます。皆様、どうもありがとうございました。残りの半年間、何卒宜しくお願い申し上げます。

        ※2013年10月2日(水)の卓話をクラブ会報委員会が纏めたものです。