卓話


私とロータリーの絆

2012年10月3日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

財団法人商業発展研究院 会長
統一超商股有限公司 前社長
(台北東海RC,台湾)
徐 重仁 氏 

 幼い頃から両親の営む書店を手伝い,経営に興味を持ち始めた私に,父は「日本に留学して商売の勉強をしなさい」と言いました。

 私が日本に来ていた1973年に,父が病死しました。留学資金が底をつき,受験勉強の合間にする,慣れないアルバイトではつらい思いをしました。

 私は1975年に,早稲田大学の大学院修士課程に合格して,「流通経済学」を専攻しました。1970年代の日本の流通業は,非常に発展している時期でした。私は,台湾も将来は日本と同じようになると思いました。

 1976年,私が2年生になった時に米山奨学金を頂くことができました。私が奨学金を頂くことができたのは,ロータリアンだった父に,同じロータリアンである日本の友人がいてくれたお陰です。特に,世話クラブの平塚ロータリークラブとカウンセラーの松本昇二氏には,本当にお世話になりました。

 日本の大学院に入っても「流通」という単語の意味すら曖昧にしか分からなかった私は,図書館に通い,流通の専門紙から政府出版物まで幅広く読んで一生懸命勉強しました。

 私は1977年に台湾に帰国して統一企業という会社に入社しました。その会社で私が担当した仕事はチェーンストアーのプロジェクトリーダーでした。私は,日本で見てきたことやいろいろな情報を収集しました。翌年の1978年3月に統一企業が「統一超商」を設立して,コンビニ出店を開始しました。

 1980年にはアメリカ本社と契約してセブン−イレブンを開店しましたが,赤字が続き,統一超商も一時は統一企業の事業部に吸収されました。しかし,その後に経営を立て直し,現在は総店舗4750を数え,49社の合弁会社を持つ大企業に成長しました。
 日本留学時代の感謝を胸に刻み,会社を挙げての社会貢献活動にも力を入れています。

 1999年9月21日未明,台湾で起こった巨大地震は,道路を寸断し,停電・断水を起こしました。私たちのセブン−イレブンは,コストを顧みず,被災地に飲料水やおにぎり,テントなどの救援物資を届け,復興を支援しました。

 台湾の美化運動にも積極的に貢献し,「台湾美化協会」を組織して,自らもTシャツ姿で,毎年7万人が参加する清掃事業を開催しています。

 思えば,私がセブン−イレブンと初めて出会ったのは,アメリカではなく東京でした。ちょうどセブン−イレブンが東京に上陸して,私が住んでいる下宿の近くにも店がありました。私もよく利用しました。「これは便利だ。このような店は将来,台湾でも必ず普及するに違いない」と思いました。

 1995年に台北東海ロータリークラブを設立しました。このクラブは,日本語が公用語のクラブです。なぜこういうクラブを作ったかというと,米山奨学生の時に面倒を見てくださったロータリアンの方々に恩返しをして,私が日本と台湾の懸け橋になれるようになりたいと思ったからです。

 1997年に,私は「中華民国扶輪米山会」という台湾の米山学友会も作りました。
 1980年代から不定期ながら活動を続け,日本留学の良さを伝えるシンポジウムを開催したり,台湾に留学する日本人に奨学金を支援してきました。1997年に正式な社団法人になりました。

 今年の6月に,私は統一超商の仕事を終えて社長を退任しましたが,台湾の政府から要請があり「これからの商業の推進やレベルアップと,台湾の商業の国際化を如何に進めるか」のミッションを引き受けることになりました。そういうわけで,これからも頑張りたいと思います。

 台湾と日本のライフスタイルは非常に似ています。日台はもっと親密な関係を作って,ビジネスや民間交流でもよい関係を保ちたいと思います。

 私は1975年に,早稲田大学大学院修士課程商学研究科物流経済専攻科に入学しました。当時の流通業界は,ダイエー,西友,イトーヨーカ堂などのグループが活発でした。何も知らない私は,一生懸命に「流通経済」について勉強しました。

 1976〜77年に米山奨学金を頂いていた時には,毎月一回,必ず例会に参加させていただいておりました。当時は,平塚ロータリークラブの松田昇二氏に大変お世話になりました。松田さんは,台湾で生まれて,戦後に日本に帰国された方でした。私は,度々ご自宅に招かれて,夫人の手料理を御馳走になり,生活必需品を頂くなど,親身に面倒を見て頂きました。

 台北東海ロータリークラブと扶輪米山会は,台湾に留学する日本の学生に奨学金を支援しています。「日本人若手研究者奨学金」の支給人数はまだ少ないのですが,段々と多くしていき,これからも日本人の若い研究者の支援をしたいと思います。

 私は35年の間に46の会社を設立しました。その中の20社は,日本の企業と提携しています。その他,日本の物流関係や製造関係の企業と密接に交流しています。

 先程申し上げたように,台湾と日本のライフスタイルは非常に似ています。最近は,日本から企業の経営者の方々が台湾においでになって,我々と交流する機会が増えました。ビジネスだけでなく,文化や技術の交流ができるのは非常にいいことだと喜んでいます。

 先週,「蓬莱会」という日台友好団体の会合がありました。「日本技術促進会」という会合もありました。今の時代は,台湾と日本の関係を,もっと親密にするべきだと思います。台湾と日本は非常に近い国です。台湾の人達は日本に非常に好意をもっています。台湾と日本は思想や心情がとても似ています。

 私が記憶しているところでは,私の小さい頃,よく両親は日本語で話していました。父は本屋と文房具の小売業を営んでいました。日本との交流も頻繁でした。

 物心ついた頃の私は「お前は日本に留学するのがよいと思う」と,いつも父に言われていました。私もその気になって,大学でも日本語を勉強していました。

 その後4年間,日本で生活することができました。この4年間は,私の人生に大きな成果をもたらしました。流通関係の方々とも繋がりができました。本当に良かったと思っています。

 台北東海ロータリークラブは1995年に設立しました。会員は40名ほどですが,ほとんどが米山奨学金を頂いた0Bたちです。また,台湾に駐在している日本の会社の社長さんが多いクラブです。

 台北東海ロータリークラブの公用語は日本語ですから,お互いの交流は緊密です。日本の皆様も,いつでもメークアップができます。台北に来られる時は是非ご参加ください。私たちの会合は毎週木曜日,会場はロイヤルホテル,時間は12時30分開会です。
 私たちは,日本のクラブと友好提携して,交流の礎を築いて,日本に恩返しをしたいと思います。

 また私たちは,1997年に扶輪米山会を作りました。会員はすべて米山奨学生の0Bたちです。会合はいつも100人程度が出席します。

 台湾と日本の環境の優位性についてご紹介します。ロータリーには,2008年に成立した国際ロータリー親善会議があります。日本のロータリアンと台湾のロータリアンが定期的に交流しています。今年の6月は京都で行われました。盛大な会合でした。こういう機会は,これからもどんどん広がると思います。

 私が言いたいのは,民間の交流だけではなく,事業の提携も促進させることが大事だということです。日本は成熟した技術とビジネスのノウハウを持っていますから,中国やアジアなど,海外に対して成功率が高いと思います。その技術とノウハウは台湾においても高い成功率を収めると思います。

 台湾は戦前の50年間は日本の植民地でした。台湾ではサービス業と流通業のGDPは既に70%を越えています。如何に台湾の商業がレベルアップしているかが分かります。台湾のマーケットは大きくありませんが,企業と組んで事業をやるチャンスがあると言えます。まず台湾でビジネスモデルを設定して,成功したらアジアに進出するというプランは成功率が高いと思います。

 私たちは日本の企業と共にアジアの発展を支えたいと思います。またロータリアンとして,社会のため,世界平和のために尽力したいと思います。日本の企業も台湾の企業も,力を合わせて,両国の親善と経済の発展に努力してほしいと思っています。