卓話


ロータリーの精神と日本の経営哲学

2010年10月13日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

シリウス・インスティチュート
代表取締役 舩橋晴雄氏

 ロータリーでは「Service Above Self」という言葉や「They Profit Most Who Serve Best」という合い言葉がお互いの間で交わされます。「四つのテスト」の第2番目「Is it FAIR to all concerned?」もすばらしい考え方だと思います。

 ところが,時には,これらとかけ離れたロジックがまかり通って,大きく世の中を動かしていくことがあります。

 以前によく議論された「株主主権主義」の主張である「企業は株主のものである。従って所有者である株主から委託を受けた経営者は,企業価値を最大化して株主に報いることが使命である」というのも,それでした。そこでの経営とは「企業の時価総額を高めること」つまり,株価を上げることだというものでした。

 アメリカあたりの機関投資家は,十分に経営資源を活用していない日本の経営者を企業価値を高めるというマインドが低いと批判しました。その指摘は一部正鵠を射ている点もありましたが,ロジックとして本当にそういうものなのかと疑問に思うこともありました。

 アメリカの機関投資家やファンド・マネージャーの中には,ロータリアンもいるわけですから,彼らに,「Service Above Self」や「They Profit Most Who Serve Best」という言葉,四つのテストの「Is it FAIR to all concerned?」をどう考えているのかを尋ねてみたい気がします。

 そんな甘いことを言っていたら商売にならないという考えかもしれません。
 「Businesse's Business is Business」という慣用句があって,「ビジネスの目的は金儲けだ」と訳されています。それはそれで一つの考え方です。

 ビジネスは競争であり戦いです。徹底的に戦い,勝ち抜きます。そうして得た利益は奉仕活動や慈善事業に使うという考え方もあり得ます。しかし,その考え方が高じると,「ジキル博士とハイド氏」みたいなことになりかねないとも考えられます。

 ビジネスでの利益をどう考えるかについては,誰もが同じではありません。何故アメリカの経営者に飽くなき利益を追求する傾向が強いのか。それを説明する考え方にも,いろいろあります。

 その一つとして「カルヴィニズムの予定説」があります。この説を端的に説明すると「それぞれの人が,天国に行くか地獄に行くかは,予めすべて決定されている」というものです。

 その前提になっているのは,キリスト教の神,全知全能,唯一絶対,万物創造の神の存在です。この神の観念を徹底すると,自分の運命は自分では変えられないことになります。

 その対極にあるのは「御利益宗教」です。「これだけ寄進したら,こういう善いことがあるよ」という考えです。つまり「自分の運命は自分で変えられる」という理屈です。

 「予定説」の下りでは、誰もが「自分がどちらに決められているか」を知りたくて,不安になります。その不安を解消するため「現世での成功の大きさが,死後での救済の証明になる」と考えます。

 そうなると,まさに徹底的に毎日の行動を合理化して生きようとします。その結果,現世的な利益が増えます。そこで,これだけ成功したのだから,死後も大丈夫だとの安心が得られるということになります。

 カルヴィニストは,アメリカ建国の時に,国を造り上げた人たちに多くいたといわれていますが,必ずしもアメリカ人すべてがそういう考え方をしている訳ではないと思います。

 ロータリーの創立者ポール・ハリス氏は,ウィスコンシン州の出身です。ドイツや北欧系の移民の多い所です。奥さんのジーン・トンプソンさんはスコットランドの出身です。ロータリー創立の地はシカゴです。

 こう見ますと,彼らの周辺にはカルヴィニストの人たちとは違った雰囲気が漂っていたような気がします。私も,ロータリーの精神を創りあげた人たちの思想風土をあらためて勉強しようと思っているところです。

 ビジネスと奉仕を分ける考え方について話してきましたが,ビジネス=奉仕とする考え方もあります。

 ここでいう奉仕は,広い意味で消費者のさまざまなニーズに応えて低廉な価格の商品を提供していく奉仕です。

 「商売は菩薩の業」という言葉は,初代伊藤忠兵衛の座右の銘として知られています。

 菩薩とは,お釈迦様が生きとし生けるものを救済するために遣わしてくださった存在です。忠兵衛は,事業というのは世の中を救い,人を助けるものと言いたいのでしょう。この考え方は,特に江戸時代を中心として多くの商人たちが持っていた考え方でした。

 同じ時代の近江商人中井源左衛門は「商家は財を通じ,有無を達するの職分。その余沢を得て相続を立てるべし」と言っています。

 これらは商人の商いの心得ですが,江戸初期の禅僧の鈴木正三も『万民徳用』のなかで「此身を世界に抛(なげうち)て,一筋に国土のため万民のためとおもひ入て,自国の物を他国に移し,他国の物を我国に持来て,遠国遠里に入渡し,諸人の心に叶べしと誓願をなして,国々をめぐる事は,業障を尽すべき修行なり」と述べています。

 私は,このような考え方は,ハリス夫妻の考え方と,どこか通底していると感じています。実際問題として,企業はマネー・メイキング・マシンである,利益を最大にして株価を引き上げるというモデルは,本当に利益がマキシマイズされるのかという疑問があります。

 短期的には通用するかもしれませんが,長期的に見た時,持続可能かどうか疑わしいのではないでしょうか。

 自己の利益を最大化することばかりを考えて行動する人と一緒に何かをしようとする人は誰もいません。企業でも,株主の利益しか考えない企業というのは,恐らく存在し得ないと思います。

 お客様,社員,取引先あるいは地域社会のそれぞれの喜びとともに「Is it FAIR to all concerned?」の精神があって,事業が成り立ちます。

 私は,7年前に日本の長寿企業に関するエッセー『新日本永代蔵−企業永続の法則』を出版しました。そして,その英語版が昨年出ました。それが“Timeless Ventures - 32 Japanese Companies that Imbibed 8 Principles of Longevity”(『永久のベンチャー−長寿の8原則を体現した32の日本企業』)です。

 本書は,インドのタタ・グループの協力を得て出版されました。では何故,タタ・グループは日本の長寿企業に関心を持ったのか。

 今から150年程前の創業者,ジャムシェトジー・タタ氏は,「コミュニティというものは,われわれのビジネスにおいては,一つのステイクホルダーというものではない。われわれの会社の存在目的そのものだ」といっていました。

 現在のタタ・グループもこの考え方を徹底して,インド最古かつ最大の財閥であり続けています。まさに彼らは利益を最大化しています。それは,ある一年の利益を最大化するのではなく,これから永遠に続くであろう企業の利益を最大化するにはどうしたらいいかを考えているのです。

 その一つの帰着点が,コミュニティに対する捉え方です。「企業はコミュニティそのものである」という捉え方です。
 実は『永久のベンチャー』で長寿の8原則として述べた観点は次のようなものでした。

1.明確な価値観やビジョン・使命感
2.長期的視野
3.人間経営,人材重視
4.顧客指向
5.社会性の意識
6.継続的な革新・自己改革
7.質素・節約
8.以上7つの考え方を体得するための努力
の8つです。これが,タタ・グループの最も共感を得たところです。

 もう一つの長期的に利益を最大化している面白い例ですが,この20年間で,黒字経営を続けている金融機関はどこだろうということです。

 信金中央金庫資料によりますと,都市銀行は,97年にはゼロになっています。北拓・三洋証券・日債銀・長銀などが破綻した年です。97年には,日本の都市銀行は全て赤字になりました。一方,信用金庫は全国に280近くありますが,そのうちの3割が,この20年間一貫して黒字です。地域の中で相手の顔が見える商いをすることで共存共栄を保ってきた証しだと言えそうです。言い換えれば,長期的な利益をマキシマイズする例が,この信用金庫の運営の在り方ではないかと思います。

 先般,研究会活動の一環として『荻生徂徠の経営学−祀と戒』という本をまとめました。徂徠は「諸過(もろすぎ)」という言葉で人間関係を表しています。お互いに助け合うという意味ですが,人間というものはそのような共同体の中にあってこそはじめて人間らしく生きることができるということです。そのような人間観を前提にした経済・経営の仕組みについて考えをまとめたものです。機会を得てご一覧いただければ幸いです。