卓話


この頃思うこと

2009年9月16日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

女優 有馬稲子氏

 今度の選挙で世襲議員のことが問題になりましたが,歌舞伎や能などの芸の世界では,いろいろな世襲が続いています。自分の家の「芸」を代々に伝えることはとても大事なことですが,政治家というのは世襲でない方がいいような気がいたします。
とは言っても,私も「世襲女優」の一人です。私の母は「有馬稲子」という芸名で宝塚におりました。創成期の宝塚です。当時の演し物「カチカチ山」とか「どんぶらこ」など、可愛い劇をやっている頃に,母は在籍していたわけです。
私の年代に,二代目が四〜五人入りました。藤野高子,尾上さくら,春日花子,そして有馬稲子の娘が入ったのです。宝塚としては,どうしても歌舞伎のように襲名しろと言うのです。実は,私はこの「有馬稲子」という名前が好きではありませんでしたが,命令でしたからやむなく襲名しました。
 この名前の由来は『有馬山 猪名(いな)の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする』(大弐三位)という,小倉百人一首の中の一首です。
この歌の作者は紫式部の娘です。夫,高階成章(たかしな なりあきら)が正三位太宰大弐だったことから,その妻として「大弐三位(だいにのさんみ)」と呼ばれていました。
この歌の意味は,要するに冷たくなった女の心が不安だから,それを理由に別れようとした男に対して『何を言うのです。貴男の方が余程冷たいではありませんか』と言い返して贈った歌です。流石に洒落た大人の歌だと思います。
私は,この歌の作者や歌の心を知ってからは「有馬稲子」という名前が嫌いではなくなりました。
世襲の話に戻りますが,佐藤浩市さんという俳優さんがいます。若い方ですが,しっかりした味のある演技をなさる方です。その方のお父様が,三国連太郎さんです。
この三国連太郎さんと,近松の『堀川波の鼓』を映画化した,今井正監督『夜の鼓』という作品でご一緒しました。
 鳥取藩の下級武士(三国連太郎)が参勤交代で一年間江戸に詰めている間に,妻女たね(有馬稲子)は留守を守って,家事や針仕事をして穏やかに日を送っています。
 二人の間には養子が一人います。養子の役は,今をときめく吉右衛門さんです。当時はまだ十四歳,痩せた男の子でした。
 時代は,戦乱の世も終わって,武芸以外の何かで出世しなくてはならないというので,その息子に鼓を習わせます。鼓の師匠は京都から鳥取まで出稽古にやって来ます。稽古の間は,その家の離れに泊まります。
そんなある日,妻女たねは,日ごろ世話になっている師匠に何かお礼をと、桃の節句に宴を開きます。
花が咲いている庭に毛氈を敷いて,お酒やお重のご馳走を用意して,師匠(森雅之)をもてなしておりますと,そこへ,かねてから,たねに横恋慕していた同輩の武士(金子信雄)が無遠慮に入って来て,ぐいぐいとお酒を飲み始めます。
そうこうしているうちに,お師匠さんが、酔いをさますかなにかで,ちょっと席を立って,二人きりになった隙に,いきなり,その武士が,おたねさんに襲いかかってくるのです。
 それも凄いのです。脇差を抜いて,顔に突き付け,「今すぐここで,俺のいうことをきけ」と言うのです。「いうことをきかなければ,お前を殺して,俺も死ぬ。上方では,今,心中というものが流行っているから,お前を殺して俺も死ぬんだ」と迫ります。
たねは,彦九郎という夫を愛していましたから,承知するわけがありません。でも,相手が必死なので困ってしまいます。困って、困って、「待って…。」と叫びます。
撮影では,この「待って…。」の,私の演技が今井監督の気に入りません。朝から晩まで「待って…。」のカットの繰り返しです。
一日目は二百回ぐらい繰り返して,…お疲れさま。二日目も,同じように繰り返し。三日目も繰り返し。そうすると,ライトの人が,聞こえよがしに大きな声で「あーあ」と欠伸をするのです。
結局,一週間たって,繰り返したシーンに,やっとOKが出ました。一週間カメラを止めた,有馬稲子の「待って」事件といわれる程有名になりました。
三国連太郎さん,森雅之さん,金子信雄さんたちの男優さんには,そうでもなかったのですが,私が一週間カメラを止めて,日高澄子という女優さんが三日間カメラを止めて,とにかく,女優ばかりダメ出しをされました。
 「あの監督は女嫌いなんだわ」と陰口をたたいたものでしたが,とにかく撮影は続けられました。
さて,夫の彦九郎が江戸詰めから帰ってきます。帰ってくる道中で噂を聞きます。「どうも,おたねさんが不義密通をしたらしい」という噂です。
彦九郎が帰ってくるなり親類縁者が集まって「噂が広まれば,お家取り潰しになりかねない。どうするのだ」と詰め寄る始末です。
彦九郎は妻に問いただします。朝から晩まで,絶え間なく責められて,ついに,おたねさんは,「いい」と言ってしまいます。
シーンを前に戻しますが…。
 彼女が,「待って…。」と言った後に,お師匠さんが謡を口ずさみながら席に戻ってくると,同輩の武士は「今のは戯れ言,戯れ言」と逃げて帰ってしまいました。
おたねさんは悩みます。そして,お師匠さんが泊まっている離れに口封じに行きます。
男と争った時に苦し紛れに「待って,ここでは駄目だから,またの機会をつくるから,今は堪忍してください。それまで…待って」と言ったのを聞かれたと思ったからです。
離れの部屋で,お師匠さんにお酒を注ぎながら,「さっきのこと…お聞きになりましたでしょうか」と尋ねます。お師匠さんは「うーん。聞いたようでもあり聞いたようでもなし…」と答えます。彼女は「これは聞かれた」と思い込んで,なんとか口封じをしようと,がんがんお酒を飲ませます。
困ったことに,おたねさんも酒が好きです。自分もぐいぐい飲んでいるうちに,酔ってしまいます。そして「これだけ,差しつ差されつ酌み交わしたのだから,もはや,不義も同然。絶対口外してくださるな」と頼んでいるうちに…,二人は男女の仲になってしまいます。そんなことがあったので,夫に責められた時に認めてしまうのです。
さて,撮影の場面です。夫の三国連太郎さんが,かあっとなって,私をぶん殴ります。このシーンでは,テストから殴るのです。私は三国さんにテストでは本気で殴らないよう頼みました。彼は「ごめん。ごめん。悪かった」と言うのですが,やはり駄目でした。本番までに十回程殴られました。
とうとう2センチも顔が腫れて撮影ができなくなりました。2時間余り冷やして,撮影再開。本番でまた殴られました。
折檻された妻女は自害を迫られますが死ねなくて,結局,夫に斬られて死にます。そして,彦九郎は女敵討ち(めがたきうち)に向かいます。「女敵」とは自分の妻と通じた憎い男です。  
京都に住む鼓の師匠を見つけだして迫る場面では,三国連太郎さんと日高澄子さんが,仇討ちの襷姿で森雅之さんに迫ります。
 刀を振りかざして追って行く場面で,連太郎さんが,監督に「どうしても真剣を使わないといやだ」と言ったらしいのです。
普通は竹光ですよ。でも,三国さんは本物の刀を持って,わあーっと追いかけて行ったのです。森さんは,「怖かったのなんの,何とかに刃物だろ。僕は殺されるのではないかと思うほど怖かった」と思ったそうです。
彦九郎は鼓の師匠を斬り殺してしまいます。殺した後,彼は,余りにも強く握り締めた為に動かなくなった右手の指を,一本一本,小指から順に,左手で離して,最後に刀を放り出します。その場面はアップです。
そこまでオーバーにしなくてもと思いますが,そこが三国連太郎さんらしいところでしょう。三国連太郎さんは上手い人ですが,本当に厳しい役者さんでした。
後で,森雅之さんが「なにも真剣を使う必要はないんだ。竹光でいいんだよ。役者なんだから」と言って笑っておられました。
私たちの映画時代は,こういった面白い話がいろいろとあります。
さっき話した佐藤浩市さんは,三国さんを越えるのではないかと思う程,上手い役者さんです。三国さんは鷹ですが,佐藤さんも鷹になりつつあると思います。
今の時代は「有馬稲子の『待って』事件」のように一週間カメラを止めるなどは,監督にも役者にも出来ません。私はそれ程にすばらしい時代を生きてきたと思っております。