卓話


我が国による法整備支援

2023年2月15日(水)

(公財)国際民商事法センター
理事長 大野恒太郎氏


 私達は、確立した法制度や司法制度の下で生活することを当然だと思っています。しかし、かりにそうした制度がなければどうなるでしょうか。

 企業活動を例にとれば、取引の相手方と紛争を生じても、どちらの言い分が正しいのか、それを客観的に決める基準がないことになります。また、話合いがつかない場合に、裁判所に訴え出ることによってこちらの権利を実現することもできなければ、被った損害の賠償を得ることもできません。そして、そのように予見可能性が乏しく、安定性のない状況の下では、円滑な経済活動を展開することは不可能です。

 したがって、どこの国においても、市場経済の下で経済発展を実現するためには、その基盤となる法制度や司法制度を整備することが大前提となります。

 法整備支援というのは、そのような目的の下に、諸外国における法制度や司法制度の整備を支援するものです。

 その内容は、まず、民法や商法、あるいは訴訟法のような経済活動に関わる基本的な法律の起草を支援することです。

 しかし、法制度を作っても実際にそれがうまく運用されなければ絵に描いた餅にとどまってしまうため、運用のためのマニュアルや参考になる事例集の作成などの準備が必要になります。さらに、実際にその運用を担う裁判官、検察官、弁護士をはじめとする実務家の養成も支援内容に含まれています。

 法整備支援は、ベトナムから始まりました。ベトナムは1986年、ドイモイ政策により社会主義経済から市場経済へと舵を切りました。これに伴い91年、日本の法学者(森嶌昭夫・名古屋大学名誉教授)に市場経済のベースとなる民法起草支援を要請してきました。それがきっかけとなり、94年にベトナムへの法整備支援が開始されました。

 その後、法整備支援の重要性に鑑み、外務省、国際協力機構(JICA)が予算を付けてこれに取り組むようになりました。96年には、現在私が関わる財団が、官と民、学者を橋渡しするものとして設立され、2001年、法務省にも法整備支援を担当する部署が設けられるなどの体制整備に伴い、支援対象国や内容も拡大されてきました。

 支援対象国は通算13ヶ国にのぼります。支援先国には、裁判官、検察官、弁護士等の法律専門家が派遣され、現地の専門家と協力し、法律の立案作業、運用の支援作業、現地実務家の養成等に取り組んでいます。

 法整備支援は、欧米の先進国も熱心です。そこには、支援先国の法制度が自国の法制度と近いものになれば、その後の経済活動等に有利に働くという思惑も働いているように思われます。

 そうした中、我が国の法整備支援には、「寄り添い型」という特徴があります。
 欧米による、特に法律の起草支援は自国の法制度をそのまま現地語に翻訳して直輸出するようなやり方が多いと聞きます。スピーディという利点がありますが、それが現地の実情に適合し、将来的に相手国に根付いて適切に運用されるかというと必ずしもそうとは言えません。

 日本の法整備支援は、相手国の実務家による立案を尊重し、日本側はそれに寄り添い、必要な情報を提供し、手助けするという方法をとります。日本側の専門家は各人が現地に2、3年ずつ滞在するなど長期間かけて立案を見守ります。それぞれの国の実情を踏まえ、しかも現地の実務家が主体となって作成された法案ですから、その後の運用や定着は、直輸出式の欧米型に比べれば、相当の利点があります。実際にこうした手法が相手国側に高く評価されています。

 こうした支援方法は、実は日本における近代法導入の経験に基づくものです。日本は、明治期に西洋から近代法制度を受け入れ、これを短期間のうちに定着させました。当初はフランスのボアソナード等いわゆるお雇い外国人の指導を得ました。しかし、作成された法案は、「民法出でて忠孝亡ぶ」などの批判を受けました。その結果、最終的に、西洋の法制度を日本の文化や実情に合わせて手直しした独自の法制度を作り上げ、見事に運用してきたのです。アジア諸国も日本の経験を知っているからこそ、日本に支援を求めてきているわけです。

 法整備支援の効果は、それが相手国の経済発展の法的な基盤作りに貢献することです。ベトナムは、市場経済への移行で外資も導入できるようにするための法整備を必要としていました。

 また、アジア諸国が国際的に通用する法制度を持ち、これを基盤として安定的に発展することは、「法の支配」を行き渡らせ、地域や世界の平和と安定に役立ちます。

 さらに、国際的に展開する日本の企業にとって、相手国における法制度やその運用の確立は、ビジネスを進める上で予測可能性を高めるなど大きな意義を有します。その法制度が我が国の法整備支援によるもので、我が国の制度にも通じるところがあれば、ビジネス上の利点は一層大きなものになります。

 加えて、法整備支援による相手国との友好親善関係の増進も重要です。我が国はODAによって各国との友好関係を深めてきました。法整備支援は、ODAの中ではソフト援助に属し、橋や道路等のハード援助に比べ、はるかに低いコストで相手国のソフトインフラの整備に寄与することができる、圧倒的な費用対効果を持っています。近年、政府においては、国際社会における我が国のプレゼンス拡大を強化する観点から、「司法外交」の展開が唱えられ、法整備支援が重要な柱として位置付けられています。

 法整備支援の具体的なエピソードを紹介します。
 ベトナムの民法と民事訴訟法は日本の支援で制定されました。多数の日本人長期専門家がベトナムに派遣され、ベトナムからは政府機関職員をはじめ多くの実務家が日本に留学しています。2010年、私がベトナムに出張すると、日本から長期専門家として派遣されていた裁判官は、法運用等について指導するだけではなく、現地の人にも歌い回しの難しい民謡を現地語で完全にマスターしたことにより職員達に大いに慕われていました。とても微笑ましくかつ誇らしく思いました。また、ベトナム司法省の高官には、名古屋大学留学経験者が大変多いことにもびっくりしました。

 カンボジアではポルポト政権の恐怖政治の下でほとんどの法律家が殺害されたため、ゼロからの再出発を余儀なくされていました。民法や民事訴訟法は日本の支援の下で制定されたものです。私は、日本から派遣された裁判官が現地の裁判官たちに法律の運用について講義している場面を見学しました。日本の裁判官が英語で説明をすると、現地の通訳がこれをクメール語に通訳する。逆に、受講者からの質問はクメール語を英語に通訳するという迂遠なやり方でしたが、これからカンボジアの司法を担うという受講者たちの熱気に圧倒される思いがしました。

 ラオスでは、2018年に6年がかりの日本の支援で民法が成立しました。たまたま当日、私の関わる財団ではラオス駐日大使もお招きしてラオスから日本に派遣されてきた実務家達の歓迎会を開催していたところでした。携帯電話で民法成立の一報が伝わると、歓声が上がり、中には感激して涙ぐむ者もいて、法整備支援の成果を実感する一瞬でした。

 一方、現地で支援に当たる専門家からは、ラオスの実務家は、法律が国の命令という理解に偏り、まだまだ市民や企業が法律によって自らの権利や利益を守るという側面についての理解が十分ではないという話を聞きました。

 各国に長期専門家として派遣される日本の若い実務家の多くが、有能で熱意に溢れています。自分達よりも年長の相手国実務家等と人間関係を築きながら、日本法の知識や実務経験に基づき、法整備支援活動に従事しており、それは、我が国に対する信頼を高める貴重な働きです。そして、近年、法整備支援は、アジア諸国の経済発展とも呼応して、大学生等さらに若い人達にも注目されており、心強く感じています。

 最後に、法整備支援の課題です。
 近年のアジア諸国の経済発展やITを中心とした技術の著しい進展に伴い、法整備支援も、我が国から外国へという一方的なものから、それぞれの工夫や経験を学び合う双方向的なものへと比重を徐々に移していくように思います。現に、中国や韓国においては、法制度も急速に整備され進化しており、さまざまな交流の機会を通じて相互に学んでいくべきでしょう。

 もっとも、寄り添い型の支援のあり方からすれば、現地で相手国実務家と直接顔を合わせて作業することの重要性は明らかです。今、長期専門家は派遣先国に戻っていますし、我が国に各国実務家を招いて行う来日セッションも近く再開される見通しです。

 ただ、法整備支援を語るとき、より根源的で深刻な問題があります。法の支配を否定するような動きに対していかに対応していくか、です。

 例えば、支援対象国の一つ、ミャンマーにおいては主に知的財産法制や不動産法制についてのプロジェクトが進められていました。しかし、2021年の軍事クーデター発生により、現地から長期専門家を引き揚げ、支援活動を停止せざるを得ない状況にあります。また、ロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会における法の支配の脆弱性を白日の下に晒すこととなりました。

 こうした動きを受け、法整備支援に従事する実務家の中には、法整備支援の非力さ、あるいは結局は武力が決定的なのではないか、との声を漏らす者もいます。

 しかし、こうした事態に陥っている国は世界のごく一部にとどまり、他ではそれぞれの法制度を基盤としながら経済活動が活発に行われています。また、現在、法の支配が揺らいでいる国々においても、中長期的に見れば、いずれ再び法が機能する日が来るはずです。そのように考えるならば、法整備支援は、一部の、しかも一時的な動きに萎縮させられることなく、息長く、着実に進めていくべきだと思います。


     ※2023年2月15日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。