卓話


イニシエイションスピーチ

2011年9月21日(水)の例会の卓話です。

中川勝弘君
関 伸彦君

くるまの話
                   
蟾餾欸从儻Φ羹蝓‖緝充萃役・理事長
中川 勝弘 君

 日本の自動車産業関連の就業人口は500万人を超え、全就業人口の8%を占めており、部品、資材、販売、整備、運送等々きわめて裾野が広い産業であります。

 経済産業省の調査によれば、2000年から2007年までの我が国のGDPの伸び13兆円の約半分が,自動車産業の貢献によると報告されています。このように,自動車産業の経済に与える波及効果、乗数効果はきわめて高いものがあります。

 しかし、自動車の国内需要の減少傾向は著しいものがあり、現在の国内自動車新車販売台数は減少を続け、実に35年前の台数にまで落ち込んでいます。このような中で、自動車がGDPの伸びに貢献してきたのは、実はくるまの輸出があったからだということであります。

 日本経済を支えてきた「くるまの輸出」にとって、現在きわめて大きな打撃となっているのが、行きすぎた「円高」であります。このままでは早晩競争力の観点から、国内生産をやめて海外移転もやむを得ずということにもなりかねません。新政権のデフレからの脱却、円高是正という経済政策への前向きな取り組みを期待したいと思います。

 先進国の中では、ヨーロッパと日本の自動車市場は成熟市場で、需要は増えていません。米国は、移民の国で未だ人口が増えていますので、趨勢としては「くるま」の需要は伸びています。一方、中国やインド、ブラジルなどのいわゆる新興経済国の自動車需要の伸びはまことに目覚ましいものがあります。途上国の多くが先進国の後を追って年を追うごとにモータリゼーションの段階に達しつつあるわけです。

 さて、途上国市場とは対照的に、先進国市場で若者の「くるま離れ」の現象が起きていることについて触れたいと思います。特に日本において若者の「くるま離れ」現象が顕著にみられますが、くるまが主要な交通手段である米国でも同じような現象があらわれていることに驚いています。日本における若者の「くるま離れ」の背景には、消費が全体的に低迷しているとか、若者の数が減ってきているという状況がありますが、そもそも若者の関心がパソコンや携帯、ゲーム、アニメなどに重点が移り、くるまへの関心が低くなっていることがあります。

 米国でも郊外に一軒家を持って、広い駐車場に2〜3台もつといういわばアメリカンドリームに変化の兆しがでている様で、「くるま」なしで歩いて通える都市に住む若者が増えており、日本と同じようにエレクトロニクス製品やSNSに関心があり、ITの発達で買物も仕事もオンラインでやるので、物理的距離が問題にならないとしている人も多い様です。

 「くるま」の将来を考える時に、「くるま」が単なる運搬・交通の手段としての道具になるのかどうかという問題意識があります。他方、排ガスやCO2による環境問題の深刻化に伴い、従来型のガソリン車ではなく、燃費のよいエコカーの実現が不可欠になるという課題もあります。前者の道具になるかどうかに関しては、すべての「くるま」が道具となるとは考えにくいのですが、色々な性能・オプションをはぎとった実用車としての小さな「くるま」、場合によっては1人乗りの「くるま」が高齢化社会にはあらわれてくる可能性も考えられます。

 後者については、現在EV(電気自動車)の開発普及が勢力的に進められています。今のEVでもエアコンをつけると走行距離が半分になる程電気を使うわけですから、現在のリチウム・イオン電池では性能的にもコスト的にもまだまだの状態にあり、EVは国の補助がない限り既存のガソリン車とは競争できないのが現状であります。しかしEVの開発普及はきわめて重要ですから、バッテリー開発は世界中の企業が懸命の取り組みをしております。時間はかかると思いますが、技術のブレークスルーが起こることを強く期待しています。

資本市場と通信・IT業界

シティグループ証券蝓‥蟷餠箙塰槁
マネジング・ディレクター
関 伸彦 君

 私は,1996年以来,投資銀行業界で,主に通信IT業界で企業財務,市場における資金調達の仕事をしてまいりましたので,その中で感じた動きの激しいIT業界と企業財務,資本市場の関わりについてお話しいたします。
 
 企業の成長力の高さと,リーダーが高い頻度で入れ替わることが,同業界の一つの特徴です。著名投資家のウォレン・バフェット氏は,数ある投資先の中で,IT業界に投資しないことで有名です。同社の投資基準の一つに,30年以上保有し続けても株価の上昇が見込めるもの,というものがありますので,この点で通信・IT業界ははじかれています。確かに,例えば5年後にどの企業が当業界で,リーダーシップを取っているか,予想できる人は少ないでしょう。
 
 一つの例が,先般,時価総額が世界一となったアップル社です。現在,時価総額は27兆円となっています。よく比較されるマイクロソフト社は17兆円です。2002年頃,アップル社の時価総額は7000億円,うち現預金が4500億円,正味企業価値は2500億円でした。当時,マイクロソフト社の時価総額が30兆円でしたので,まさか時価総額が逆転する日が来るとは考えられませんでした。
 
 アップル社ですが,企業財務的に言いますと,特色が2つあります。一つは全く借り入れをしない,ということです。ビジネススクールで学生がどこまで借り入れたらいいか,ということを一生懸命学んでいる米国企業のなかでは,きわめて異色です。コンシューマー向け商品の浮き沈みに今でも備えている姿勢が見て取れます。もう一つは現金回収速度の高さです。徹底した調達改革を行い,現金回収速度がマイナスになっています。同社の高い成長力を支える要因となっていると考えます。
 
 逆に,現金をどんどん投資家へ還元している企業としてマイクロソフト社やIBM社があげられます。特にIBM社の財務方針は私にとって企業財務の一つの教科書です。同社は2002年以降,自社株買いで7兆円以上,実に発行済み株式の40%以上を吸収し,株主に還元しています。このほかに,毎年3000億円近く配当しています。株式市場からの信任は高く,リーマンショック前と比較しても株価は35%上昇しています。一方で戦略的に借り入れを行い,自己資本で20兆円,借り入れで30兆円弱の水準を維持しています。今後も獲得したキャッシュフローの相当程度を株主に還元していくものとみています。
 
 こういった財務戦略が可能であることの理由の一つに,同社の顧客のほとんどが企業であり,契約内容が長期間にわたり,キャッシュフローが予見できるものであることがあげられます。同じIT業界で,コンシューマー向け商品中心のアップル社の財務方針と大きなコントラストをなしています。
 
 配当についてですが,マイクロソフト社が2004年に初めて配当し始めたときは,ちょっとしたニュースとなりました。成長企業が成熟段階にいたった,一つの節目ととらえられたからです。同社はソフトウェア企業として1987年に初めて上場した企業です。ソフトウェアに代表されるIT企業は通常資産を持たない形でスタートします。借り入れなど,負債性の資金調達をすることは難しく,初期はベンチャーキャピタルから,ある程度成長したら新興市場に上場,市場から資本を調達して業容を拡大するという道筋をたどります。そしてやがて市場で,まず転換社債が発行できるようになり,さらに普通社債で調達できるようになり,配当,自社株買いといった株主還元に至ります。
 
 一つの極端な例は,ファンドによるLBO,借り入れを活用した買収です。IT業界においても2004年頃から,ファンドのLBOの対象となり始めました。IT企業全体のキャッシュフローがある程度読めるようになり,また業界全体が成熟期に入りつつあることの証でもあります。
 
 このように,IT業界は,比較的短期間に,企業の成長段階から成熟段階にいたる課程の,資本政策,財務政策の変遷をみてとれる,企業財務にとって貴重なケースの宝庫と言えます。