卓話


100周年担当理事より200周年担当理事へ

2021年3月17日(水)

百周年担当理事 吉澤審一君


 2020年10月21日水曜日、帝国ホテルにおいて、東京ロータリークラブ100周年記念例会兼祝賀会をコロナ禍の中、無事とり行うことが出来ました。2014年から6年間の準備期間を経て、内部外部の多くの方々のご協力を得て遂行する事が出来ました。詳細は6月に完成する「100年史」に譲るとして、この6年間の裏話を差しさわりの無い範囲でご紹介したいと思います。

 先ず、スタートしてからの3年間は準備委員会とし、内容の企画・準備を主体的に進め、後半の3年間を実行委員会とする大枠を組みました。

 企画・準備段階では委員会メンバーは会長、幹事の経験者で構成し、歴史と伝統を踏まえロータリー活動とは何かという知識と経験を集めようと考えました。

 そこで最初の難関は100周年を行うにあたり、100周年における当クラブの「スローガン」を決め、方向付をすると言う事でした。会員からの公募も行いましたが3か月経っても出てきませんでした。そこで当時の委員長であった私が誘い水として何か出せば、それはダメだとか、こっちの方が良いとか喧々諤々始まるのではないかと期待し、「原点に立つと未来が見える」と委員会に出しました。当時はRIの方向性が怪しくなり、RI会長が会員増強にはなりふり構わず誰でも入会可能にしようというコメントを発表した時でした。

 このコメントは東京RC内では顰蹙をかい、もしそうなら東京RCはRIから脱退し独立しようと言う意見まで出る雰囲気でした。その様な事情を背景として、浮かんだスローガンがこれだったのです。しかし、そのスローガンを議題に掛けても、それよりコレだ、という案や、このように修正したらという意見もなく、かと言ってコレは良いという強い賛成もなく、時間だけが過ぎてゆきました。

 これとほぼ同時進行的に進められていたのが、祝典の内容についてでした。
 過去の50周年記念大会や東京RC主催の国際大会の記録などを読み漁りその規模の大きさに驚くばかりでした。委員会の内部では、2020年は東京オリンピック・パラリンピック大会が7月から8月に開催され、東京RC100周年は10月でオリンピックの興奮冷めやらぬ時に行われる、タイミングとしては盛り上がる事間違いなし、メダリストを招待しようなど。

 また、2011年に起きた東日本大震災被災地支援「チャレンジ100」の10年目の区切りのセレモニーも合体せねばと。(これは現在も進行中です。)

 祝典会場は新しい国立競技場で全国のロータリアンが集合する話、過去の例からも、天皇皇后両陛下のご臨席を賜ろうという話もでておりました。この様なお話が単なる空想ではなく、何時しか本当になって具体的になってしまう所が東京RCの恐ろしさである事は承知しておりました。

 一方において、東京RCの100周年は同時に日本のRCの100周年だという話でオールジャパンという観点からはどうするか、という問題解決に迫られました。RIの概念にはオールジャパンという地区割概念はありません。ところが「100周年」というキーワードでこれを祝う組織として「ALL JAPAN」という組織をRIに認めてもらいオースライズしたという連絡が入りました。

 東京RCとしては自分達の100周年を行うに手いっぱいであり、全国という観点で進める事は人的負荷・負担が大きすぎて不可能と考えました。しかし、なんとか全国との連帯意識も大事にしたいと言う思いから、水野元ガバナーの発案で100周年記念の「鐘」を34地区分作り東京RCが製作費の半分を負担し全国で鐘を鳴らしてもらい、最後には東京RC100周年記念式典に各ガバナーに鐘を持って集まって頂こうという案が具体的になりました。こうして全国のロータリアンとの連携を図ろうと決定しました。

 そうしている内にスローガンを決めなければと時間が迫ってきました。この進め方について我々の良きアドバイザーであった故植田新太郎先輩に相談しました所、これで良いのではとご示唆を頂いたのですが、最初に申し上げた通り私が出したたたき台ですからこのままではまずいなと考え、苦肉の策で思いついたのが、故東ヶ崎潔先輩が日本人初のRI会長になられた時の国際大会で使われた「PARTICIPATE」でした。これをスローガンの最後に、呼びかけの言葉として使わせて頂こうと。理事会で「東ヶ崎氏の使われた言葉です」と、東ヶ崎先輩の力をお借りして承認を得て決まりました。

 これ以外にも沢山のドタバタがありました。世界から国内から500人のゲストをお招きし、総勢850名で祝典を開く、食事のお皿の模様は揃うのか、等々・・・紙面が尽きましたので裏話はこの辺で終わりとします。

 最後に、100年後の東京RC200周年担当理事の貴方へ。
 『200周年大変ですね、さぞかし100周年はどうだったかと資料を探している事でしょう。100周年のスローガンの事の顛末はこの様な事でした。きっと200周年の時のスローガンも「原点に立つと未来が見える、PARTICIPATE」になっている事でしょう。』

 最後に私がドタバタしながら、実感した事は、「原点」とは「奉仕の道」であると言う事です。26年間ロータリアンとして活動し遅ればせながら気づいた次第です。