卓話


イニシエーションスピーチ

2006年4月26日(水)の例会の卓話です。

中川陽一郎君
トーマス ハイル君 

第4098回例会

特殊鋼の話し

中川特殊鋼
代表取締役社長
中川 陽一郎 君
       
 特殊鋼という言葉を聞いて恐らく鉄の仲間という事は想像できてもあまり馴染みのない方が多いと思いますのでまず「鉄」「ハガネ」「特殊鋼」の違いをご説明させて頂きます。

 元素記号Fe、原子番号26番の「鉄」は自然界ではその純粋な鉄の形ではほとんど存在しておりません。地表では大部分が鉄と酸素の化合物である酸化鉄から成る「鉄鉱石」として存在しているのです。この鉄鉱石から鉄だけを取り出すその作業は「高炉」と呼ばれる炉によって行います。炉の中で高温で鉄鉱石を溶かして炭素を加え、酸素を除く事によって皆様が思い浮かべる金属の鉄を得る事ができるのです。この段階で出来た鉄は「銑鉄」と呼ばれ、炭素を3〜5%含んでおりまだまだ脆く用途が限定されます。この銑鉄を溶けた状態でさらに転炉という別の炉で精錬させ炭素の量を1%以下に少なくしたり、不純物を少なくしたものが鋼または鉄鋼と呼ばれとても強靭になります。

 こうして作られた鋼にニッケル、クロム、モリブデン、炭素などの添加元素を使用目的に応じて必要な量加えて出来上がるものが「特殊鋼」で強度、粘り強さ、耐熱性、耐磨耗性、錆び難さ、電磁性などそれぞれに色々な特徴を持っています。特殊鋼に対して何も特殊な添加元素が加えられていない通常建築などに使われる普通の鋼を「普通鋼」といいます。ちなみに、世間を騒がせた姉歯元建築士のマンションでも、仮に鉄筋の素材に普通鋼ではなく強靭な特殊鋼を使用すれば鉄筋の本数が半分や1/3でも地震に耐える十分な強度が得られます。
 
 特殊鋼の最大需要先は自動車で約50%を消費します。自動車ではエンジン、トランスミッション、ブレーキ等多くの部品が特殊鋼で出来ています。今や生活に欠かすことの出来ない自動車ですが、品質の良い特殊鋼無くして品質の良い自動車を作る事はできないといわれています。

 自動車以外でも包丁、注射針、ボールペンの玉、ゴルフのスチールシャフト等々、幅広い分野で特殊鋼が使われています。特殊鋼製品は身の回りに想像以上に有り言うならば“縁の下の力持ち”として我々の生活に必要不可欠な物となっております。

 日本の普通鋼を含めた鉄鋼全体の生産は、1973年から2005年まで生産量がほぼ横ばいですが、その中に占める特殊鋼の割合は11〜22%迄2倍に増えております。

 世界の国別鉄鋼生産の推移ですが1997年に生産量では中国に抜かれたものの日本の鉄鋼、特に特殊鋼は品質と信頼性では常にNo.1を誇っております。海外で作られる日本メーカーの自動車も特殊鋼部品は元を辿ると大部分日本製という現状を見ても、日本の特殊鋼の質のレベルがお分かり頂けると思います。

 鉄の美術品の一つに日本刀があります。

 米国MIT大学の先生が日本刀の内部を調査し、日本刀は現代の最新技術レベルから見ても金属の内部性質から発する最高の冶金的芸術品であると褒め称えています。

 日本刀は性質の異なる3種類の特殊鋼を重ね合わせて出来ています。刃先は刃金と呼ばれる切れ味の鋭く硬い特殊鋼、中心部は心金という軟らかく粘りのある特殊鋼、そして外側部分は皮金という前二者の中間の性質を持つ特殊鋼から構成されています。これは日本刀に鋭い切れ味と強靭さの二つの機能を発揮させるための工夫であり、刀鍛冶が経験により作り上げたものです。古代から素晴らしい技術を持ち合わせていた事に驚くと同時に日本人として誇らしく思っております。

 日本刀鍛錬技術など古来から素晴しい特殊鋼を作る匠の心意気を持っていた我が国で、近代高品質な特殊鋼を大量に製造できるようになり、自動車を始め日本産業の発展に寄与して参りました。その幸せを噛み締めると共に、紀元前4000年前に地球に飛来した隕石の中の鉄の塊を利用した事が人類の鉄利用の起源とも言われていることにロマンを感じて特殊鋼に関わっております。

COPD(慢性閉塞性肺疾患)
40歳以上の8.5%が罹患していながら知られざる肺疾患

日本ベーリンガーインゲルハイム
代表取締役会長 
トーマス・ハイル君
  
 本日は、私にとって非常に大切で身近なテーマをお話します。というのも第一に外科医として働いた経験があり、第二にドイツの製薬会社ベーリンガーインゲルハイムの会長としての役割があるからです。一般的には、知名度がまだ低い、COPD(chronic obstructive pulmonary disease、慢性閉塞性肺疾患)という病気について、主な症状と社会への負担についてお話したいと思います。

COPDの定義
 COPDには過去にChronic Obstructive Airways Disease(COAD)、Chronic Obstructive Lung Disease(COLD)、Chronic Airflow Limitation(CALまたはCAFL)、Chronic Airflow Obstructionのような名称がありました。COPDは実際に二つの関連する疾患、慢性気管支炎と肺気腫からなっており、どちらかに罹ると、もう一つの症状も出ることが殆どです。米国胸部学会及び欧州呼吸器学会が認めるCOPDの定義は、最大呼気流の低下と肺の強制排気が特徴の疾患で、数ヶ月間で顕著な変化は見られません。この気流の制限を気管支拡張剤で改善することも可能ですが、効果は最低限に限られます。

COPDの負担
 慢性閉塞性肺疾患(COPD)は慢性気管支炎と肺気腫両方の症状を含み、先進国の成人に見られる最も一般的な呼吸器疾患の一つです。COPDは、保険診療への直接的なコスト、そしてまた生産性の低下という間接的なコストの面で、社会に多大な負担を与えています。定義やコーディングの関係で、COPDの正確な有病率を特定することは困難です。またCOPDと重度の慢性喘息を区別することは困難な場合もあり、低から中程度の症状の患者は、COPDを患っていると診断されないことがあります。

 西洋では、COPDは虚血性心疾患、肺癌、脳血管疾患に次いで、中高年男性の第四の死因と言われイギリスでは、40-68歳の男性の18%、女性の14%、アメリカでは、65-74歳の男性の13.6%、女性の11.8%がCOPD患者だと推定され、米国肺協会の統計によると、1500万人のアメリカ人がCOPDを患っており、1992年には87,000人の命を奪っています。日本でも、2000年に福地教授が行った疫学的調査では、40歳以上の日本人の8.5%(約530万人)がCOPDに罹っていることが確認されました。残念ながら日本におけるCOPDの認知度及び適切な診断・治療は他の先進国に比べて遅れており、厚生労働省の統計によると、COPDの治療を受けている患者は年間500,000人に過ぎず、患者のわずか10%以下が適切な診断・治療を受けていることになります。

将来を見ても、改善は期待できず、2020年までには、COPDが虚血性心疾患、脳血管疾患に次いで第3の死因になると予測されています。

高い有病率と保険、社会に対する莫大な負担にもかかわらず、COPDは喘息や肺癌など他の呼吸器系疾患と比べて関心が薄いのが現状です。これはCOPDが患者自身の責任によって発生する疾患と考えられ、また効果的な治療法も乏しく、主に年齢が高く考えを強く主張しない層に見られる疾患だからでしょう。この事態を改善すべく、米国胸部学会、欧州呼吸器学会、日本呼吸器学会が近年、COPD患者の管理と治療に関するガイドラインを導入しました。

COPDの原因とリスク層
慢性気管支炎が一連の症状ではなく、一つの疾患として認識されたのが、1950年代のイギリスのスモッグが、多くの呼吸不全による死亡例を引き起こした1950年代後半です。COPD発症の最も重要なリスク要因はほぼ間違いなく喫煙でしょう。しかし喫煙者全員がCOPDを発症するわけではありませんし、COPD患者全員が喫煙者または喫煙歴を持っているわけではありません。喫煙者の一部のみ(約10-15%)に、COPDによる息切れという典型的な重度機能障害につながる程の、急速な経年肺機能低下が認められます。COPD患者が禁煙した場合、疾患の進行が遅れ、FEV1低下の通常レベルに戻ることも可能です。しかし残念ながら、禁煙後に改善は見られません。呼吸困難の症状が出た時点で、既に肺機能が著しく低下しており、この段階での禁煙は寿命の延長につながることはありますが、症状の改善は特に期待できません。

COPD発症のリスクは、男女の差はそれほどありません。女性の喫煙率の上昇に伴い、今後女性が数値的に男性に追いつく可能性があります。禁煙の肺機能低下防止効果は、男性より女性の方が大きいかもしれません。

時間の制約もあり、今日は、少なくとも皆様の間でCOPDのリスク、症状などに対する理解が深まったことを願いつつ、終わりたいと思います。