卓話


サルコジ政権の誕生ー再出発するフランス

2007年6月6日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本国際フォーラム参与
前駐仏大使
平林 博氏 

 いまフランスが直面している現状,その「光と影」,今回,誕生したサルコジ政権の性格や意義,今後の方向などについてお話しして,最後に,日本との関係はどうなるのかということを申しあげたいと思います。

 今日からドイツでG8首脳会議が開かれていますが,明日,サルコジ大統領と安倍総理は会談をもたれると伺っております。

既に安倍総理は、本年1月のヨーロッパ訪問の際,副首相格の内務大臣としてのサルコジ氏と会っています。お二人の年齢はほぼ同じで非常に波長が合ったと,官邸から聞いております。私はフランス大使として,シラク大統領には格別のご厚誼をいただきました。シラク大統領は,外国大使に対して,普通には「ムッシュ・ランバッサドゥール(大使閣下)」と言うのですが,私には最初からいつも「モン・シェール・アミ(マイ ディア フレンド)」とよんで友人扱いにしていただきました。

 サルコジ大統領は,私がいた頃は、内務大臣や、日本でいうと財務大臣と経済産業大臣と金融庁長官を合わせたようなスーパー・ミニスターを歴任していましたが,シラクさんやシラク派の人たちとは、過去の政治的経緯があり、対立関係にあったともいわれています。

日本の現職大使は,やはり,時の政権特に大統領と親しくお付き合いするのが最大の任務ですから,サルコジさんとお付き合いする時には,そのことを多少意識して注意はいたしました。しかし,サルコジさんと接するにつれ,その抜群の行動力,人間味はたいへん印象的で,私も,サルコジさんと本当に友人関係になった次第です。

さて,「神様はフランス人に,ヨーロッパでもいちばんいい場所を与えた」といわれています。ヨーロッパの真ん中で平地も多く,風光明媚で人間が住むにはいちばんいい場所です。ちなみに、周りのヨーロッパ人は羨望とフランス人への批判を込めて、「しかし、神様は、バランスをとるためにその地にフランス人を住まわせた。」と、憂さを晴らしています。そういう環境のなかで,フランスは一貫してヨーロッパの歴史の中心にありました。戦後は,ドイツとの和解をとげ、欧州統合の中心となり、欧州でも世界でも一目も二目も置かれる存在になりました。
フランスの経済はそこそこですが,フランス人の生活は、概して言えば、非常に豊かで満足すべきものです。

しかし,最近の数年,冷戦が終わって世界がグローバライゼーションの世の中になり,欧州共同体が拡大・深化するのみならず,欧州全体が世界の経済に組み込まれるに至って,
フランスの相対的地位は低下してきました。

欧州共同体は,15カ国が27カ国になりました。新しく加盟した東ヨーロッパ諸国は,どちらかというと親米です。またドイツとも関係が深い。シラク政権はイラク戦争でアメリカに反対して冷たい関係になりましたし,ヨーロッパのなかでも,新しい加盟国との関係がしっくりしなかったということもあって,欧州内でも国際的にもフランスの地位が低下してきました。

しかし、フランス人の大半は,現状にかなり満足しているようでした。フランス人の血の中には革命精神が流れており,いつでも政府を引っくり返そうという衝動があるのですが,ここ数年来は,フランス人は,現状に満足してきたといわれております。むしろ、現状を変えようとする政府の改革努力に反対する動きが目立ちました。

 今までのフランスは福祉社会型だといわれます。私に言わせると「神の手を持った国(エタ プロビダンス)」です。神様が守ってくれる国,何か困ったことがあったら,国は神様のように国民に手を差し伸べなければならないというわけです。フランス人の大半は,国ができるだけのことをする「大きな政府」を望み,歴代政府も,そういう方向で動いてきました。

世界は市場経済指向です。欧州でも,国家が経済を主導・運営するのではなく市場に任せることが主流になりつつあります。横文字で言えば,リベラル・オリエンテッド・エコノミーです。イギリスのブレア政権は労働党ですが,経済政策では明らかに右旋回しています。スペインのザパテロ首相もそうです。ドイツのシュレーダー首相ですら週の労働時間を延長しました。そういうなかで,フランスの動きが非常に鈍いということが,私の滞在中も,よく目に付きました。

心あるフランス人は,政治家も役人も,経済界のリーダーも,このエタ プロビダンス(神の手国家・福祉社会型国家)を変えようとします。しかし,抵抗にあいます。抵抗勢力のNo1は労働組合(4つ5つの全国組織があります)。No2は国家公務員(その人数は、人口割では日本の4倍です)です。フランスでは,家族か親族に公務員が必ず一人か二人いるという勘定です。これらの人々が現状維持勢力あるいは抵抗勢力として力をもっています。社会党ほか左派系の政党も,福祉国家型のエタ プロビダンス指向です。

経済政策以外では、移民問題が深刻です。フランスでも,他のヨーロッパでも移民が増大しています。特に不法移民が極めて多い。この移民が徐々に同化を拒むようになってきました。アルカイダなど過激派の温床にもなっています。不法移民をどうやって除くか。頭の痛いところです。これが今,ヨーロッパ中を覆っている病根といってよいでしょう。

今度の大統領選挙では,有権者は、経済政策,社会政策の在り方、対外政策,とくにヨーロッパ政策,対米政策の在り方、さらには国内の移民問題を含めた社会・治安政策の在り方に対する回答を,新大統領に求めたということです。

サルコジ氏の,改革指向のキャッチフレーズは「決別と変革」でした。一時は有力候補であったロワイヤル氏は、社会党左派など左派勢力から足を引っ張られて,やっぱり,どうしても現状指向に傾き,それが最大の敗因になったと思います。

サルコジ氏は自他共に認める行動型の人です。有言実行,即断即決の人です。アイデアは豊富でトップダウン。出したアイディアは必ず実行しようとします。

私は,いまのフランスが必要としているのは,過去と決別し,過去をある程度破壊して
再出発するリーダーだと考えておりますので,サルコジ氏の大統領当選はフランスのために本当によかったと思っております。

ある時,ルモンド紙が「変なちょんまげを頭にのせて太った力士が戦う相撲はインテリのスポーツではない。日本の庭も京都を含めてたいしたことはないと,サルコジ氏が言った」と報じたことがあります。翌日すぐにサルコジ内務大臣から電話が入りまして,「自分はそんなことは言っていない」との弁明です。さらにその後,内務大臣公邸に私たち夫婦が招かれて昼食をいただきながら,サルコジ氏夫妻から,縷々釈明を聞かされました。

私は「火のないところに煙は立たぬ」と「出る杭は打たれる」という諺のメモをポケットに忍ばせて参上しました。しかし,夫婦そろって親日を強調し、終始言ってないの弁明ばかりですので、「火のない〜」には触れずに、「出る杭は打たれる」ということわざだけを披露し、大統領になる人は発言には注意されるほうがよい、などと友好的に話して帰りました。それ以来,サルコジ氏とは仲の良い関係です。

サルコジ氏は弁護士として,トヨタのフランス工場進出をアドバイスした人です。その縁で,一度だけ来日されているのですが,大統領になられたのを機会に早く訪日してほしいと願っています。

別の話ですが,日本のある企業が,ピレネー山脈の谷間に150人を雇用している自動車用ペイント工場をもっています。この企業は、欧州内での需要が増大しつつあるため、便利のよい平地に工場を増築したいという計画を提示しました。しかし、地元の村では、これを許すと、最終的には谷間の工場も移転してしまうのではないかと危惧し、反対しました。そのうち、変人で通っている地元の谷間の羊飼い出身の議員が,あろうことか,国会の正面ホールでハンガーストライキを始めました。

37日間に及んだハンストという理不尽な行動は人々の眉をひそめさせましたが,最後には、この頑固な議員は本当に倒れてしまうかもしれないと、皆が危惧し始めました。首相府から私に対し、日本企業を説得して計画を変更させてほしいと説得役を頼まれました。

 最終的にはサルコジ氏が内務大臣として乗り出してくれました。地域の開発は、内務大臣の担当なのです。サルコジ大臣から、私に対し当該日本企業の役員とともに内務省に来てほしいとの要請が来ました。内務省に参りますと、大臣ほか補佐官たちが、覚書案を用意して待っていました。しかし、内務省が関係省庁と協議して用意した解決案文は,私が一目見たところ,会社の将来の拡張案を阻害するものでした。私は、日本語で役員に対し、この案は受けてはいけないとささやき、役員はサルコジ大臣にその旨を伝えました。サルコジ氏は、部下が反対するのをさえぎって、見ている前で、覚書の案文を自分でさらさらと訂正し、これでどうだと会社側に示しました。私もこれなら大丈夫だと判断して,これで手を打ったら如何ですかと薦めました。

サルコジ氏は即断即決です。サルコジ大臣は、にやりと笑い、将来の大統領の約束だから安心してほしい、と言いました。会社側がOKを出すと、大臣はその場でハンスト議員に電話をしてストライキを止めさせ,次いで大統領にもその場から経過説明しました。シラク大統領は、大変喜んで、サルコジ大臣に謝意を表しましたが、会社の役員や私にも電話口で感謝してくれました。サルコジ大臣は、ハンスト議員への同情、日本の会社への批判が強まっていたプレスのことも考慮し、その場でプレスへの記者会見まで設定しました。とにかく、行動が早いのです。

もうひとつ、逸話を紹介します。日本大使公邸のとなりに社交クラブがあり、私も会員でした。あるとき、そこにサルコジ内務大臣を招待し、昼食講演会が開かれました。サルコジ大臣は、フランスの抱える多くの改革課題につき、断固戦ってフランスを立て直したいと力説しました。質疑応答の時間になりましたので、私は早速手を上げました。私は、「サルコジ大臣の話を聞いていると、まるで小泉総理を彷彿とさせる。改革の必要性はフランスでとても高いので、貴大臣はフランスの小泉になってほしい」と申し上げた次第です。

 サルコジ政権はすでに始まっていますが,かなり早いテンポで改革を行うことになりそうです。この6月10日と17日に下院議員の選挙があります。大統領は、国民運動連合という伝統的な保守系政党のリーダーです。いまの下院は圧倒的多数で国民運動連合が抑えています。今度の下院選挙では,すでに多数である現状よりさらに上回ってサルコジ与党を強化するのではないかといわれています。サルコジ大統領は30人の閣僚を15人に減らし,さらに、閣僚として社会党から1人,中道政党のフランス民主連合から1人とり,女性閣僚は7人も登用しました。また、非政治家の女性を文化・通信大臣兼スポークス・パーソンに任命しました。要するに国民大連合でやる,フランスの「陰」の部分を皆で克服しようという姿勢です。

 最後に、日仏関係ですが、親日・知日のシラク前大統領とは差がありますが、サルコジ大統領は、安倍総理とも波長が合いますし,安保理改革指向,環境重視指向,核兵器不拡散など,多くの点で、日本との関係も強化されると考えております。
 ご清聴有難うございました。