卓話


3年後の東京オリンピック パラリンピックに向けて

2017年9月6日(水)

前東京オリンピック・パラリンピック担当大臣
参議院議員 丸川珠代氏


 2020年のオリンピック・パラリンピックまで3年を切りました。7月24日の開会式に出席する国家元首は、おそらく100人を上回るものと思われます。もし、米大統領が来ることになれば、羽田線は上下線とも通行止めにしなければなりません。東京の経済活動は半分くらいに縮小するかもしれず、われわれも開会式当日を休日にすべきか、議論を始めたところです。スポンサーの経済協議会では、半分冗談で「7月24日はみんなを休ませることが、われわれのできる貢献の一つ」という話も出ています。

 2012年のロンドン大会では、世界の人口74億人のうち48億人が開会式を見たと言われています。今は、テレビ以外にも放送を見る方が増えていますので、東京大会の開会式はもっと多くの人が見るだろうと言われています。それはすなわち、それだけの多くの人が開会式や競技を通じて日本を見るということです。その経済効果は言わずもがなですが、私が感じているのは、これは、グローバルな市場や世界の人々に向けて、まだ生かし切れていない日本の価値をブラッシュアップする貴重な機会だということです。

 「オリンピズム」は、近代国家の基礎を築いたクーベルタン男爵が提唱したオリンピックの精神です。これは、スポーツ・文化を通じて、青少年を健全に育成するとともに、国籍などの差異を乗り越えお互いを理解し、同じルールの下で競技を行うことにより、世界平和につながる価値観を磨くというものです。この精神を、日本は教育の現場にスポーツを生かすことで実践してきた国です。実は、公立の小・中学校に体育館やプールが完備され、子どもたちが体育教育を受けている国は、世界にはそれほどありません。たとえば、ロンドンでは、2012年のオリンピックをきっかけに、ようやく貧しい家庭の子どもたちがスポーツを楽しむ機会を得られるようになったといいます。

 日本は、1964年の大会以降、教育現場、そして長寿を支える地域社会で、この精神を実践してきました。超高齢化という課題を抱えていますが、それを解決する意志と仕組みと力も持っています。これを世界に見せることは、2020年の大会の意義ではないかと思っています。特に日本の食文化は、世界から高い評価を受けています。日本の文化を見せるには食文化は欠かせないと、日本政府は、ブラジル、イギリス、アメリカに「ジャパン・ハウス」をつくる計画を進めています。いずれも現地の方が安心して利用できる和食の拠点となるレストランを設置することになっています。

 これまでのオリンピックでは、選手村というとマクドナルドでした。マクドナルドの看板と味は世界共通で、選手村ではマクドナルドに長蛇の列ができたといいます。そのマクドナルドが今年6月にワールドワイドオリンピックパートナーをやめ、2020年の大会ではスポンサーではなくなることになりました。実は、マクドナルドがスポンサーだったときには、提供するメニューの表示は全てマクドナルドのチェックが必要でした。IOC(国際オリンピック委員会)と都市が民事の契約を結んでいるからです。2020年の大会でマクドナルドの持っていた食品小売業のカテゴリーを持つスポンサーがいなければ、2020年以降の東京と日本の発展のために、いろいろな仕掛けができるのではないかと考えているところです。

 前向きに取り組んでいることの一つは、パラリンピックとオリンピックの組織委員会を一緒にしたことだと思います。2012年のパラリンピックのロンドン大会は、チケットが完売になるほどの盛り上がりを見せました。2020年の東京大会も、パラリンピックが満場のお客様で埋め尽くされているところを映像を通して世界に見せ、1964年の大会から時を経て、私たちの社会がいかに成熟したかを世界に伝えたいという思いが私にはあります。

 日本政府は今年2月、パラリンピックを契機に共生社会を実現していくため、「ユニバーサルデザイン2020行動計画」を決定しました。それに基づいて、車椅子の人でも使いやすいよう、ホテルの廊下の幅、客室のユニットバスの入口の幅などの設計標準を定めました。さらに、同行動計画には物理的なバリアフリーだけでなく、心のバリアフリーも大切であることも謳っています。

 障害のある人を助けようと思っていても、実際にその場面に出くわすと、その方の障害にどうサポートすればいいのかわからないものです。先日、バニラ・エアを利用した車椅子の方が奄美空港で搭乗する際、タラップの階段を腕を使って這い上がったことが問題となりました。マニュアルが禁止していたため、スタッフが車椅子を担ぐことを断ったために起きた出来事です。その後、奄美空港は車椅子に座ったままで搭乗できる機械を導入しましたが、このような場合に、お客様が搭乗することを前提に知恵を出すか、マニュアルに書いてあるからと断らなければと考えるか、心のバリアフリーの問題だと思います。

 2020年を契機に日本の社会全体に心のバリアフリーの考え方を広げていこうと考えています。このため、政府は、まだ完全ではありませんが、汎用性のある研修プログラムを企業向けにつくりました。できれば自治会や消防団、あるいは、このような場でやっていただけるようなプログラムをつくりましたので、「同じ目線に立つ」とはどういうことなのか、「手を差し伸べてあげる」のではなく「一緒にやる」とはどういうことなのか。そういうことを考えて、遭遇したことのない場面に出くわしたときにこうすればいいんだというヒントを得られるような機会が持てたら素晴らしいと思います。

 2020年からは、新しい教育指導要領の下、学校で「手を差し伸べてあげる」「助けてあげる」ではなく、「一緒につくる」「一緒に変える」共生社会のために自分たちにどういう働きができるか、知恵を出せるかを学び、体験し、実践します。また、IPC(国際パラリンピック委員会)は、子ども向けに紙芝居を使ったパラリンピック教育の教材をつくっています。大人にもとても勉強になるので、学びの機会を持っていただけたらうれしく思います。

 2020年の東京大会は日本の進化を発揮できる素晴らしい機会になると思います。その成功を通じて世界に発信できるメッセージがもう一つあるとすれば、復興です。私は環境大臣として福島と向き合ってきましたが、福島の産品はいまだにアジアの国でも輸入を禁止しているところがあります。今、市場に出回っている福島のものはモニタリングしているにもかかわらず、福島という名前だけで、価格の上ではかつてのような評価はしていただけない。私はそれを払拭したいと思っています。2020年には、福島で野球競技が行われます。選手が被災地に行ってプレイすることが、福島でつくっているものが食べられるという世界への大きなメッセージになると思います。

 残りの時間で、文化について話をしたいと思います。オリンピック憲章には選手村の開村期間に、文化に焦点をあてた文化プログラムをやることが書かれています。これは、先ほども言ったように、オリンピックの精神が、青少年を健全に育てることを通じて世界の平和を実現しようというものだからです。人格の形成には、スポーツだけでなく文化も必要です。最初の頃のオリンピックは、陶芸品や絵画を会場に並べてコンテストをする文化オリンピックもやっていたそうです。

 文化プログラムを最大に活用したのが2012年のロンドン大会です。トーチリレーが始まる頃から、イギリス全土で文化プログラムを実施し、延べ4000万人を超える国民・観光客が参加したと言われています。文化プログラムにより地方に足を運ぶきっかけをつくったことで、イギリスのインバウンドは今も安定的に伸び続けている状況です。

 2020年には、オリンピック・パラリンピックの関係者や観光客約1000万人が東京を訪れると言われています。オリンピック・パラリンピックが開催されるのは7月24日から9月6日までの期間ですが、お祭りムードはトーチリレーが始まる4月から始まります。そのときに日本の文化や、日本が引き継いできた価値をどのように見せていくか。そのチャンスをわれわれがどうつくるかが大事です。

 私自身は、東京オリンピック・パラリンピック競技担当大臣の時代に海外とのつながりを得た中で、スポンサーのゲストの方々に伊勢に足を運んでいただく機会を持っていただけないかと考えています。1300年にわたって、20年ごとに新しい社をつくり、朝夕に恵みに感謝してお供えするという営み、100年後、200年後の遷宮を信じて森を育てる神宮の在り様をぜひ見ていただきたいと思っております。

 大臣をやったことでもう一つ感じたのは、日本の若い才能が、日本ではなく海外で見出されているということです。なぜわれわれが見出せないのだろうかと切実に感じました。毎年3月に行われているデザインの祭典ミラノサローネでは、日本のクリエイターが海外から発注を受けてインスタレーションをつくったり会場をつくったりしています。日本のデザインの力、工芸の力、ものづくりの力は、新しいグローバルなマーケットと結びつくことで大変な高い評価を受ける潜在能力を持っています。しかし、残念ながらわれわれはこの場で見ることができません。なぜなら世界の優秀な才能が集まってくる場をわれわれが持てずにいるからです。2020年には、東京をあらゆる文化が集まってくる舞台にできないだろうかと考えています。

 最後に、文化が花開く場としての2020年を皆さんに生かしていただきたいという心からのお願いを申し上げて私のお話とさせていただきます。


      ※2017年9月6日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。