卓話


世界ローターアクトの日例会
多様化する生徒の実態とその指導 

2006年3月15日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本大学商学部
助教授 天井 勝海氏 

第4093回例会

 現在は、完全学校週5日制の実施と改訂された新しい学習指導要領に基づき、新たな教育活動が展開されています。そのめざすところは,各学校が「特色ある教育」を展開し、基礎的・基本的な内容を確実に定着させ、子どもが自ら学び、自ら考え,自ら判断して正しく行動できるような力などの「生きる力」を育てることにあります。世界のフロントランナーとしての日本を支えていく,これからの子ども達は,自らを律しつつ他人とも協調し、他人を思いやることのできる温かな心をもち、身につけた知識を生かし「生きる力」となるような知恵を拡大再生産できるような人間に育てていくことが重要です。

 しかしその一方で,青少年の非行,不登校,いじめ,高校中途退学、学力低下,規範意識やモラールの低下など,挙げれば数多くの教育の課題が山積しております。特に、最近の子どもたちの問題行動には,心痛むものがたくさんございます。非行の低年齢化,凶暴化,粗暴化も目立ちます。従来は、そういう問題を起こす子どもは,「また,あの子か」といったように予測ができましたが,最近では「まさかあの子が…」「とても考えられない」という場面が多くなりました。青少年の非行は、一般化、普遍化しており、これからの子どもへの指導の在り方などについても,よくよく考える必要があるのです。

 最近の子どもたちは,人とかかわる,地域とかかわる、社会とかかわるといった、「かかわる」場面が少なく,人間関係が希薄化しているといわれています。家庭においても、「ホテル家族」というそうですが,同じ屋根の下で寝起きしているにもかかわらず、各人がそれぞれ別々に思い思いの時間を過ごしているのです。そこには、親子の会話をはじめ共に楽しんだり、共に悲しんだりといった場面など、互いのかかわりが乏しくなっているのです。また、現在の子どもは、「機械」と遊んでいます。かつての子ども達は,野球をしたり相撲をとったりして外で「群れて」遊んでいました。最近は,公園などでも「群れて」遊んでいる光景をあまり目にしません。現在の子ども達の現象として、例えば三人集まって遊んでいるような場合でも、よくよく見るとやっていることは一人一人が違うというのです。一人はテレビを見、一人はゲームをし、一人はマンガを読んでいるというように、そこには三人共通の「一緒に何かを」といったことは見られないのです。「群れて」遊んでいるその集団は、年上の人や年下の人もいる異年齢集団でもありました。また一つのことに集中し、そのことを通して、立場の異なった人との交流もあり,思いやりとか優しさとか,相手の立場に立つとか,いろんなことを自然に身につけることのできる教育の機会でもあったのです。10年程前になりますが,経済同友会が学校から「合校」へというレポートの中で、これからの教育は、「学校も家庭も地域も,それぞれ自らの役目と責任を自覚して,新たな学びの場をつくらねばならない」と提言されました。まさに,学校と家庭と地域が三位一体になって,人とかかわる、地域とかかわる、社会とかかわるといった機会を多く設け、今日の教育が抱える様々な問題に対応していくことが重要です。

 私は,前職で,都立桐ケ丘高等学校という学校をつくる仕事に携わりました。私はその学校でたくさんの不登校生徒,中途退学生徒を見てきましたが,この子ども達の多くも、人々とかかわることや社会とかかわることなどの経験に乏しく、みんなで一緒に何かを行うといったことを苦手とする生徒も少なくありませんでした。

 不登校生とは,年間30日以上の欠席をした児童生徒のことです。今,全国に13万人ぐらいです。その1割が東京にいます。中途退学生は全国に8万人弱ですが,やはりその1割が東京です。そうなった理由で最も多いのが「学校生活・学業不適応」です。次いで「進路変更・学業不振」となっていますが、その背景は様々な要因が複合し複雑であります。しかし、はっきりしていることは、不登校生も中途退学生も学校に適応できなかったという点です。これまではややもすると、学校に適応できないその責任を、不登校生や中途退学生に求められがちでした。しかし、今日の子どもの興味・関心,能力・適性等は非常に多様化しています。そのような現状に学校は果して適応してきたのかどうか、といった視点に立って学校を見直すことはあまり見られませんでした。これからの学校では、不適応を起こしていたのは、生徒ではなくて学校であるといったとらえ方も必要なのです。

 東京都教育委員会は新しいタイプの学校を設置して多様なニーズに応えていくことを進めております。その中の一つが,チャレンジスクールです。東京都は,不登校生・中途退学生を積極的に受け入れる学校としてのチャレンジスクールを既に4校開校しましたが,その第1号が平成12年にオープンした都立桐ケ丘高校です。この学校の基本は、「画一的ではなく多様な、硬直的ではなく柔軟な、閉鎖的ではなく開放的な学校」です。この学校では、最初に学校ありきではなく,まず多様な生徒がいるという前提に立ち、学校に生徒を合わせさせるのではなく、生徒に学校を合わせるという発想の学校なのです。

 生徒の6割から7割は小・中学校で不登校を経験しています。実際に中学に1日も行っていないという生徒も入学しています。残りの3割が過年度の卒業生でその多くは高校を中途退学した生徒です。入学試験に学力試験はありません。中学校から成績もいただきません。「これまでより,これから」を大切にする学校なのです。時間割や学習時間帯(午前部・午後部・夜間部),卒業年限なども生徒自らが決めるのです。桐ケ丘高校は単位制高校であり、大学と似たシステムを導入し、時間割も一人一人が作成します。ですから一人一人の時間割が違います。学習時間帯は三部制で,授業は朝から夜の9時まで12時間開講されています。「好きな科目を」「好きな時に」「好きなだけ」学べる学校です。このように、学校が生徒に合わせるという観点にたって,生徒がマイペースで学習ができるシステムになっているのです。

 この学校では生徒の学力が大きな問題になります。中学校に行っていなければ学力低下どころか学習が欠落しています。そういう子ども達に基礎的基本的な力をつけるために,授業は「分かるまで指導する」こととしています。私は,授業が分からないのはプロである先生の責任ですと言ってきました。指導の方法が悪いか、教材が不適切か、評価の方法が悪いか、それは教える教師の責任で最終的には校長の責任だと公言してきました。

 「分かるまで指導する」ことを達成するために、授業は15人ぐらいの少人数で実施しています。16人を超えると二つに分けますので、実際は10人程度の授業になります。教材も本校独自の教材を作っています。学習の評価では良い点を見いだす加点主義評価を導入し、「褒める・認める」を徹底しています。桐ケ丘高校は「学習」から「楽習」へ、「学校」から「楽校」へを目指しているのです。

 桐ケ丘高校では、生徒の弱点でもある,人とかかわる力を育てる必要があります。自然と,社会と,地域と,組織とかかわる力を育むには、レクチャーの授業では育ちません。ボランティア活動や福祉活動などの体験学習を中心とする科目を設定しているほか、学校行事として体験学習を用意し、地域に出かけての学習が展開されています。老人ホームや福祉施設に行ったり,インターンシップで企業にお世話になったりもします。また、7月の第1週には、生徒は毎日校外で体験学習をします。体験学習の場をご提供いただき生徒をご指導くださる企業等もあれば,お断りになる企業等もありますが、多くは先生方が何度も足を運びお願いして,引き受けていただきました。先生もこれまでこのように頭を下げるといった経験は余りありませんが、このことを通して、様々な人と出会いお話をする機会を得て教員には欠けているとの指摘のある社会性を身につけました。桐ケ丘高校は、生徒が育つ学校ですが,先生も育つ学校なのです。

 桐ケ丘高校で力を注いでいるもう一つのことがあります。それは、メンタルな面での手厚いケアです。ホームルームは15人の少人数で構成し、きめ細かい指導をします。4校の心理学科のある大学院と連携し、院生をフレンドシップアドバイザーとして学校に来ていただいております。生徒からすればフレンドシップアドバイザーはお兄さんお姉さんであり、様々な相談等にのってもらいます。ホームルーム担任とは別に,生徒自らが担任を選んで相談相手になってもらう、パーソナルチューター制も導入されています。教育相談を業務とする教育相談部も設置され教育相談室は4室配置されています。そしてそこには、教育相談部の先生や専門の教育カウンセラー(臨床心理士)もおられます。

 様々なな課題をかかえている子ども達がいます。何らかの背景があってそうなっているのです。十人十色という譬えがありますが,教育の世界には合いません。十人十色では一人一色です。子どもは一色ではないのです。私は,先生方に「一人十色の教育」をやりなさいといってきました。一人のもっている能力は十色あります。たまたま一色が不登校・中退、あと九色残っています。その九つの色を開花させるのが桐ケ丘高校の教育なのです。