卓話


ベーシックインカム

2019年3月13日(水)

(株)エクシード
代表取締役 波頭 亮氏


 1980年頃からレーガン、サッチャーなどのネオリベラリズムの時代になり、世界はどんどんその方向で進んできました。特に1990年以降は、東西冷戦が終わって、グローバルマーケットが成立し、インターネットの浸透もあって、まさにグローバル化とネオリベラリズムの時代でした。その後、2008年にリーマンショックが起き、最近はヨーロッパ各国で左派と右派の対立で社会が軋み、アメリカでもトランプ政権に対するアンチは極めて根強い。このように安定した国が見当たらなくなってきた中で、どうすれば成熟期を迎えつつある先進国の経済や政治の仕組みを変えられるのか。その一つに、私が極めて有力な政策だと思っているのがベーシックインカム(BI)という制度です。

 BIとは、全ての国民に生活を営むに足るだけの現金を無条件・無期限で給付する制度です。
 BIが取り沙汰されることになったのには3つの背景があります。
 考え方自体は新しいものではなく、端緒は1796年、政治学者トマス・ペインの書物で提起され、19世紀に入ってからは社会保障と同時に労働者の再生産の維持を目的に、イギリスを中心に経済学者や社会学者によって議論されるようになりました。その後1970年代になってカナダで比較的大きな社会実験が行われ、アメリカではニクソン政権の時に2,000人を超える社会学者、経済学者が署名をして議会への上程寸前まで行きました。

 そのように社会保障制度として見なされていたBIが、この10年程、再び先進国で盛んに議論されるようになりました。行政の効率化の観点からです。2年前にはフィンランドが国民投票を経てBIの社会実験に入りました。フィンランドは国民の幸福度で世界一になっている国なので、BIがなければ貧困層の生活が守れないほど社会保障が薄い訳ではなく、極めて複雑化した社会保障制度を効率化したいという動機です。これが近年BIが議論されている2番目の背景です。

 さらに、ビル・ゲイツやピーター・ティエールらIT産業のリーダー達がBIを口にするようになっています。今後AI化が進む予測の下に、AIが経済活動を人間から奪う、あるいは大きな分野で肩代わりをし、世の中に生み出される富が圧倒的に増える時代になる。上手な富の再分配を行なわなければ極端な格差社会になり、社会が不安定化し、ビジネスや経済どころではなくなる。そのリスクに備えてBIを語るという流れがあります。これが3番目の背景です。

 具体的にBIのメリットについて補足します。ポイントは4つあります。
 \度的長所として、シンプルで運用コストが極めて小さいことです。社会保障の観点からBIで置き換えられるものの一つに生活保護があります。生活保護は申請するのが大変です。申請書を書くまでに、半分以上は窓口で追い返されてしまいます。やっと申請書のフォームを得て埋めようとしても、大量で詳細な内容があります。収入や資産を詳しく書き入れ、扶養してもらえる親族・係累が身辺にいないことや就労が困難なことを証明する必要があります。さらにそれをずっと定期的に、本人は書類で証明し、管理する行政も家庭訪問をして確認しなければいけない等、大変コストがかかります。他の現物給付型の社会保障・社会福祉のサポート制度も同様に極めて複雑です。

 ちなみに生活保護を担当している行政官は約14,000人います。さらに、家庭訪問や詳細なデータの裏付け調査の外注や、特別契約のワーカーもいるため、数万人単位が生活保護の運用のために働いています。これがBIであれば、アイデンティティと生存の証明があれば自動的に支払われます。

 働くインセンティブが失われない。これもBIの大きなメリットです。現在の生活保護は基準を超える所得があれば打ち切られます。つまり、働くことによって受益がなくなる。医療費や教育費の補助等付帯するメリットも同時に失われたりするために、頑張って働いて基準を超えるとかえって貧しくなってしまうという現実がある。その点でも、BIは働こうが働くまいが一律支給のため、よりよい生活のために頑張って働こうとするインセンティブが失われません。

 W鶲媽・裁量が入らない。「水際作戦」と呼ばれる、窓口で大半の申請を却下してしまう現実があるため、何らかの恣意的判断が入らざるを得ません。今、日本で生活保護を受給できる要件を満たしている人は1,000万人といわれ、実際に受給している人は約200万人です。この差の800万人は、何らかの理由で落とされているわけです。中には極端な落とし方をするために、生活保護を打ち切られる、あるいは窓口で申請すらさせてもらえずに餓死や凍死するという悲惨な事態が毎年のように起きています。

 恣意性とまでは言わなくても、申請者にお引き取りいただいた行政官も、これでは一生心に残る傷を負ってしまいます。BIであれば、そうした問題もなくなります。

 じ朕佑梁左靴鮟つけない。「生活保護を受けている」と偏見の目で見られる、あるいは申請の際に立ち入ったことまで厳しい質問が入ることにより心が折れて申請を取り下げて死に至る話もあります。それらをスティグマと言います。BIであればこうした心の傷や社会的烙印の問題もなくなります。

 こうした制度的長所の他にも、社会に対して大きなメリットが2つ挙げられます。
 ”郎ぁΤ丙耕簑蠅僕効で社会が安定します。最近、先進国の多くが政治的に極めて不安定になっています。主な原因は貧困と格差、それと一体になった移民の問題があり、それに対して特効薬的な効果が期待できます。

 2000年代に入り先進国の実質的経済成長率は一気に成熟化しており、その中でネオリベラリズム型の経済活動を進めると必然的に格差が開きます。ネオリベラリズムの元祖といわれるフリードマンもこの副作用を補填するためには再分配が極めて重要であるというメッセージを提している程で、現在の先進資本主義にとって大変大きなイシューです。

 景気対策として有効で、経済成長の原動力になります。日本は、ヨーロッパ、アメリカという先進国だけでなく、中国を含むアジア各国と比べて、唯一成長していない国です。この20年間、年平均で0.1%いくかいかないかです。

 人口の伸びが止まったことが成長できないことの原因の一つですが、日本と同様に人口が増えていない成熟した国々、例えば、ドイツは日本の合計特殊出生率1.45位にほぼ等しい1.50位ですが力強い成長をしてきましたし、1.35位のイタリアも成長しています。

 この間、日本は、GDPは増えていませんが企業だけは大変好調でした。この20年間で企業の経常利益は28兆円から84兆円と3倍になっています。内部留保も140兆円位だったのが、450兆円位と3倍以上になっています。企業だけが高いパフォーマンスを出す一方で、中産階級以下の庶民の生活は実質的にマイナスです。

 逆進性の高い消費税だけが上がって法人税と所得税を減税してきたために、トータルで庶民の所得を削って企業が利益にするということが20年続いてきたわけです。そのため、需要不足で経済が伸びていないと考えられます。

 今、中産階級以下の単身世帯は金融資産ゼロが50%、2人以上の世帯でも40%です。そうしたところに再分配が起きれば、ほぼ全額が消費に回る。景気対策として有効だろうと考えられます。

 一方でBIに対する疑義や反対論も根強くあります。BIに対する反対論は大きく3つに集約できます。

 .侫蝓璽薀ぅ澄爾鯀やす。働かない人に生活できるだけの金を配ると本当に働かなくなるだろうという疑義です。しかし実際は、かつてカナダで行われたミンカムと呼ばれているBIの大規模な社会実験ではそうした結果は起きていませんし、最近行われたフィンランドでもそうした傾向は見られません。それ以外の社会実験でも働かない人が増えるという結果はほとんど出ていません。

 ∈盡嗣簑蠅任后F本の場合BIには約100〜120兆円かかります。ただし、年金や生活保護と相殺すると追加的財源は日本の場合60兆円位です。今、日本の国民負担率は40%ですが、これを60%まで上げれば、まかなうことは十分可能になります。再分配のため、富裕層の負担は増えますが、社会と経済の安定化のためには必要なコストでしょうし、幸福度が高い国はほぼ全部、60%〜70%の国民負担率になっています。

 一番やっかいなのは、4盈修猟餽海世隼廚い泙垢、これから訪れるであろう社会の不安定化と経済的危機の前兆は、そうしたことにかまっていられない状況になると思います。

 この後、人工知能(AI)が発達して圧倒的な富を創出するようになると同時に、AIに仕事を奪われる人が多数出て、貧富の格差が極端に大きくなることも予想されます。そうなると、経済活動、資本主義、民主主義自体を維持することができなくなる、それを解消するためにもBIが極めて有効であろうという話をさせていただきたかったのですが、本日のスピーチのタイムマネージメントを失敗して、時間が来てしまいました。

 AIとBIが密接につながってこそ、次の時代の豊かな社会が実現するという結論に至る説明を、『AIとBIはいかに人間を変えるのか』という本にしました。ご興味のある方はお時間のある折りにでも読んでいただければ幸いです。


    ※2019年3月13日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです