卓話


これからの日本・これからの教育

2012年9月12日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

学校法人渋谷教育学園
理事長 田村哲夫氏 

 最近のニュースで,「青少年を考える」という観点から,是非知って欲しいと思うことを最初に申し上げてみたいと思います。

 その一つは,EUが経済的な理由で成り立たなくなっているという騒ぎの最中に,フランスで大統領選挙がありました。オランドという人がサルコジを破って当選したのですが,自分が尊敬する人を挙げて賛辞を述べるオマージュでは,「ジュル・フェリー」という地味な人を挙げました。

 ジュル・フェリーはフランスで,教育と宗教を分離して,義務教育を確立したといわれている人です。なおかつ,フェリーは,フランスの女子教育を非常に整備して,その後の教育に貢献したという歴史的人物です。

 ジュル・フェリーという人物は,日本ではあまり取り上げられていませんが,経済危機を乗り切る為に選ばれたフランスの大統領がオマージュで教育を取り上げたというのは,大変な事件だと私は思いました。

 欧米には,ずいぶん学ぶことが,まだ沢山あるなという感じです。
 もう一つは,6月30日にエコノミストに出た「The Real Wealth of Nations」という記事です。

 Wealth of Nationsというのは,ご存じのように,1776年にアダム・スミスが書いた国富論ですね。市場経済,自由経済の理論的提言をして,それ以降,社会はそれが一番いい経済の仕組みだと考えて,活動を展開してきた経緯があるわけです。

 ところが,Realという言葉が付けられて書かれた記事は,ケンブリッジのサー・パルサ・ダスグプタ教授の論文を紹介して,「富の計算をGDPで計算するのは間違いではないか。つまりFlowだけを考えて計算しているが,実はStockを富の中に入れなくてよいのか」という提言です。

 提案では,次の要素を示しています。
1.Manufacture or Physical capital
2.Human capital
3.Natural capital
 1は,GDPに該当する物質的なもの,製造物的なものです。
 2は,人口とか,教育とか技術力です。
 3は,森林や土地。石油や鉱石などです。
 富は,この三つを足して計算すべきだという提言です。筆者は細かく計算して,主な国のランキングを発表しています。

 1位はアメリカですが,パー・ヘッドでみると,日本がダントツの1位です。日本のナチュラル・リソーシスはほんの僅かですが,ヒューマン・リソーシスとマニファクチャラル・リソーシスはものすごく大きいのです。

 私たちは,人的な資源を高める教育について,もう一回,明治の時に立ち返って考えないといけないと思った,参考になる論文でした。

 実は面白くなって「人口」について調べてみました。

 過去の人口を推計する手法が発明されて,コンピュータを使って,食料の消費量から推測計算できます。今や,過去に溯って,各国の人口がかなり正確に計算されています。

 万延元年はペリーが来た1860年です。開国しろと言ってきたアメリカと,言われた日本の人口比をみました。

 日本は3250万人です。アメリカは3,140万人でした。参考までに,今,ロシア語を話しているロシア人は1億2,200万人です。日本語を話す日本人も1億2,000万人なのです。

 日本という国のプレゼンスが世界の中で大きいのだということに,日本人は気づくべきだと思います。自信を持つべきです。

 そうなると,何が必要かというと「教育」が必要だと思います。教育で,ヒューマン・リソーシスの大きさを大きくすること以外に未来はないと考えています。

 明治時代初期は,国家予算の3分の1を教育に費やしました。その真剣さの結果がその後の日本の力になったわけです。いまの私たちは,少し,物に頼ることに片寄り過ぎているのではないかという気がします。

 そこで,これからの教育・これからの日本を考えるテーマとして,福沢諭吉先生の教えを紐解いてみたいと思います。

 明治7年に寄せられた文章は「人の説を咎むべからざるの論」という論集です。

 「学者は国の奴雁たるべし」という言葉から展開されています。教える人は奴雁になれというのです。雁は季節によって移動する鳥ですから,知識を伝えるという事に託して使います。群れの鳥たちが懸命に餌を啄んでいる時も,雁の集団のリーダーである奴雁は周りを見渡していて,注意を怠りません。

 福沢先生は,この奴雁に託して,あえて取り上げているということです。

 今の時代は,福沢先生が活躍された時代とは全く違っています。たいへん豊かで,知識の量もすごく増えています。多くの人は高等教育まで受けています。言葉を変えて言えば民主主義社会のお陰です。
 
 民主主義社会は,誰でもが,何にでもなれることを認めている社会です。その思想の基本は,人間は「幸福になる」ということを目標にすることです。
 
 しかし「幸福」は多様です。いろんな幸福感があります。これからも一層多様になるでしょう。

 その中で「幸福」という言葉でまとめられる考え方は「自分で決める」ということでしょう。
 
 「自分で決める」がすべての幸福の基本的条件だと考えています。
 
 自分で決めるとなると,その為の力を身につけることが必要です。ですから教育を受けるのです。それは,どんどん高度化します。

 最終的には,すべての人間が高等教育の機関の門を叩く,あるいは高等教育を経験するという社会になっていくと予想されます。
 
 日本の現状を見ると,いまひとつそれが徹底していない感があります。
 
 何か形があって,それに従って訓練していけば,日本の社会は何とか立ち直ると,簡単に考えるわけにはいかないことをお伝えして,いろいろな機会に「奴雁」を実行していただきたいと思います。
 
 「アンガス・マデイソンのGDP推計」によると,1820年頃,世界の富の3分の1は中国に集まっていました。それが西欧の産業革命の影響で,1950年までに中国とインドのGDPは一挙に減りました。
 
 その後,それが段々と戻って,2030年には昔のように25%近い値になると推計されます。今は,元に戻る,その過程だと考えられます。我々は,中国とインドが世界経済を動かす大きな力を持つようになることは当然と認識しておくことが必要です。
 
 昨年発表されたピュー研究所の研究レポートに,世界中の経済人の意識調査が報告されています。それによると「昨年の時点で世界一の経済大国は中国」です。調査の地域をアジアだけに限ると,世界一はアメリカです。アジア地域はアメリカに支配された経験がありますから,「アメリカが世界一だ」というところから,なかなか抜け出ることができないようです。

 以上のようなことを前提にして,私たちはどう生きるかを考えてみたいと思います。
 日本の国の現状は,世界の大きな変化とは関係がないような形で,毎日の生活を送っています。具体的な問題として説明しますと,青少年の意識が「内向き」になっていることです。これは明らかに,世界の変動している状態を反映していない意識です。この状態に対して大人は危機感を持つべきなのです。ところが具体的に何もなさっていません。これが日本の社会です。
 
 米国に留学する学生の数は減る一方です。2000年には約47,000人が留学していましたが,2008年には29,000人に減り,年を追って減っています。
 
 一方,高等教育への進学率は,日本は44%で,決して高くありません。主な国の進学率を見ると,オーストラリア85%,ラトビア97%,ノルウェー79%,アメリカ62%です。
 
 1918年,アメリカは高等学校の教育の目的を「善良なるアメリカの民主主義の市民をつくるために行う」と明示しました。大学は国立を創らず,私立が中心になります。各大学が努力した結果,世界中の大学人が羨望するベスト10の8位までがアメリカの大学になっています。
 
 アメリカの大学は,13ほどの機能に分かれています。アメリカの大学が発展した理由は,流通性を極度に高めたことです。コミュニティカレッジに入っても勉強したければ,トップのユニバーシティに転校できます。
 
 日本では,教育関係の場で,大学の流通性を議論することはあまりありません。国が,文科省が中心になって制度を考え,提案し,それに従うという形です。これでは根本的な解決にはなりません。
 
 文科省と関係のない有力者が,いろいろな形で青少年の育成に関わることを,少しずつ普及していくこと以外にないと思います。

 学習指導要領という非常に優れた教育課程は,基本的に国が決めています。そのこと自体が欠陥を生むと考えています。

 これからの教育では,人間の成長過程を大事にして,その発達段階に応じて,一人ひとりをどう育てるかを,社会の中の場で考えることが大切だと思います。

 「いじめ」の問題も緊急の課題です。14歳〜15歳の児童たちの事件はグラフでは減っていますが,実際は増えています。児童数が減っていますから比率にすると増えているのです。
 
 問題を解決するには,子供たちを閉鎖的な社会に閉じ込めないことです。いろいろな会合の集まりをする機会を増やすことです。学校以外の場所に,子供たちが集まる場所を作ってやることです。
 
 「個を育てる」という教育は今の学校ではできません。ですから学校外でやることです。

 ユネスコは国連の下部組織ですが,パリに本部があります。世界中の二百ほどの国に国内委員会があって,情報交換して,いろいろな提言を行っています。その組織の中に,日本で,アジア地区の活動を普及させるために組織を作りました。ACCU(アジア文化のユネスコ活動)がそれです。
 
 ACCUで,高校生の「模擬国連」をやっています。高校生の年代は,自立を経験して,自分の特徴を自覚し,それが自分の人生にどう繋がるかを真剣に考え出す時期です。参加した高校生に感想を聞くと,「自分の話し方に全く説得力がないことに愕然とした」と反省していました。

 日本の学校では,人を説得する「人間力の養成」などを指導していません。今後は,このような発表のチャンスを与えることも必要でしょう。

 このままでは日本はどうなるか心配です。現在が保たれているのは,明治時代に先人がやってくれたお陰です。今度はその役割を皆さんが果たす時代だと思います。