卓話


2050年カーボンニュートラルに向けた成長戦略

2021年6月23日(水)

早稲田大学
法学部教授 森本英香氏


 「2050年カーボンニュートラル」は日本だけではなく、アメリカ、ヨーロッパをはじめ120ヶ国以上が目指しています。前半では、「今どのように動き、日本でどのような政策を動かそうとしているのか」を、後半では「それで十分なのか」私見を交えながらご説明することとしたいと思います。

 菅首相が2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を宣言しました。その中の「もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではありません。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です。」との表明は発想の転換、政策の方向を示した意味で非常に重要です。

外国の動き
 2050年カーボンニュートラル、先行しているのは欧州です。1990年代からいわゆる環境税を導入しており、環境を軸とする取組みを2015年のパリ協定の採択以降加速させており、特にコロナ以降、デジタルとともに「グリーン」を成長エンジンにしています。欧州気候法を制定し、国境炭素税の導入という形で製品の差別化を進めるとともに、特に「タクソノミー」(持続的経済活動に対するEU独自基準)を重要なツールにしてくると思います。

 タクソノミーは、「何が脱炭素なのか」という基準です。例えば、電気自動車は○ですが、ハイブリッド車は×。すでに輸入規制に反映されて自動車会社が罰金を払っているケースもあります。欧州は種々のデファクトスタンダード(事実上の標準)を作りそれを世界的に広げていくことで先行利益を得るという戦略をとることが多く、同じパターンです。

 意外なところでは中国。温暖化対策に前向きで、太陽光発電、EVともに大きな市場を作り、また生産拠点になっています。中国国内で競争させ、成長した企業が世界に打ってでるという構造があり、環境分野も同様です。

 アメリカもバイデン大統領が就任後、大規模な予算措置を講じ脱炭素化を進めています。州政府や企業が先行したところに連邦政府が追いついた形です。

日本の戦略
 昨年10月の菅首相の宣言を受けて、日本は二つの戦略を策定しました。
 1つは、グリーン成長戦略による「技術イノベーションの促進」です。

 例えば、2050年に発電量の約50〜60%を再生可能エネルギーにする、あるいは、水素・アンモニア発電を広げる、また、14の重点分野について高い目標を立て、技術開発を促進するといった内容です。

 そのための支援策として、2021年度にグリーン投資企業に対する税制優遇を投入。温室効果ガス削減に寄与する製品の生産設備の導入、生産プロセスの省エネ化等を対象に投資額の5〜10%を法人税から差し引きます。新型リチウムイオン電池、パワー半導体等、一定の脱炭素に役立つ製品の生産設備や生産工程で再エネを進めるものを支援します。また、NEDOに2兆円の基金を作り、水素のサプライチェーン構築等重点的に支援をします。具体的な目標年限とターゲットをコミットした企業に対して10年間継続支援していく仕組みです。

 戦略のもう一つが「地域の脱炭素化ロードマップ」です。
 2030年までに全国100カ所の脱炭素地域を作っていく。森林地域、農村、漁村もあれば、川崎・横浜市のような大都市、あるいは大学等のフィールドをモデル地域として集中支援をします。モデルができたら、横展開して2050年までに全国に広げていく。市町村の民間企業と協働する取組を国が資金支援をする仕組みです。数年度にわたって継続的に使える交付金のような形で行うことが検討されています。

 自治体主導の先行例を2つ挙げます。一つは、横浜市の「再エネ電気を通じた広域連携」。市が事業を100%再生エネルギーで賄う目標の企業(RE100)を誘致するには風力、太陽光で作った再生エネルギーを確保する必要がありますが、市内で作るのは難しいので、東北の12市町村から再生エネルギー電力をブロックチェーン技術で購入し、RE100企業が集積しうる地域を作るというものです。二つ目は、千葉県陸沢町の「自立分散型エネを活用した防災拠点」。レジリエンスと脱炭素化を重ねた成功例です。千葉県で発生した大規模停電の際に地域住民にお風呂や携帯電話の充電を提供することができました。 こうした取組に対する支援は、来年度予算、あるいは今年度の補正予算に盛り込まれると思います。

政策の評価と今後
 以上日本の取組をスケッチいたしましたが、ではそれで足りるかというと、私はまだ足りないと思います。たとえば、EU、アメリカでは脱炭素に向けて100兆円以上の投資が行われています。制度的な改革も十分ではありません。日本はそれができないのでしょうか。そうは思いません。「過去に学び」「他国に学ぶ」必要があると思います。

過去に学ぶ
 1970年に公害国会がありました。四日市ぜんそく、水俣病などの産業公害に対し1970年に至るまで有効な対策は講じられませんでした。しかし、危機感を抱いた自民党の佐藤栄作首相が臨時国会(公害国会)を開き、水質汚濁防止法、廃棄物処理法をはじめとする14本の法律を一挙に制定し、「公害先進国」から「公害対策先進国」へと鮮やかに方針転換を実現しました。73年に制定された公害健康被害補償法は、大気汚染によって健康被害を受けた方に対する補償費用を汚染原因排出者から集める法律で、これにより大いに公害対策投資が進みました。こうした日本の成功体験を学んで、思い切った施策を打ち出す必要があります。

他国に学ぶ
 欧州の動きは参考になります。すでに欧州では、再生可能エネルギーへの転換が進んでいます。ドイツの発電量に対する再生エネルギーの割合は2019年42%、2020年46%です。フランスもエネルギー転換法に基づき、原子力を抑制し、風力・太陽光発電にシフトしています。また、再生エネルギーの変動リスクを緩和するために、水素に転換し、電気に代替できない熱エネルギー源にするという一貫したストーリーができています。

 カーボンニュートラルに向けたゲームのルールをだれが作るか。一般にEUはゲームメイキングに長けており、今回もそのしたたかさが垣間見えます。

 一つは、脱炭素とともにサーキュラーエコノミー(循環経済)を進めていること。デジタル技術も活用してシェア経済、循環経済を進め、経済の非物質化を進めています。脱炭素を進めていくとリチウム等の稀少金属が足りなくなり、結局、中国やコンゴ等の産出国に頼るリスクを負うことになることから、循環経済を並行して動かす。地域の安全保障上も念頭に置いた戦略です。

 もう一つが、タクソノミーと非財務情報開示義務化とESG基準の統合化です。民間資金は政府の予算規模の10倍以上あり、民間資金をどう誘導するかがダイナミックな脱炭素化にとって重要です。タクソノミーをベースに企業や金融機関の投資方針を変えていこうとしています。

今後の課題
 今年11月、イギリスでCOP26が開催されます。各国の脱炭素化PRの場になるでしょう。日本も「グリーン成長戦略」や「地域脱炭素ロードマップ」を受けて、規制改革、エネルギー基本計画の改定、地球温暖化対策計画の改定を進めていくことになります。今後取り組むべき課題として3つ挙げておきたいと思います。

 まず第1に、高い目標を掲げるだけではなく、「強い施策」が必要です。「強い施策」が産業の成長を実現した例として、自動車排ガス規制がよく挙げられます。70年代、アメリカは自動車の排ガスを厳しく規制するマスキー法が導入されようとしました。これに対し、アメリカ自動車産業は規制延期のロビーイングに精力を注いだのに対し、日本企業は規制水準を技術開発で乗り越えました。その結果が今日の日本の自動車産業の成長につながりました。「強い施策」で市場を作り、技術力を発揮する機会を作る必要があります。

 第2に、「炭素が物差しになる仕組み」が必要です。例えば、日本はイスラエル等はるか遠くの国から果物を輸入しています。でも、値段とともに輸送で排出されたCO2量が明記されていたり、CO2排出量に応じて価格が上乗せされたら、わざわざ買うでしょうか。環境税であれ排出量取引であれ、炭素を市場経済のものさしにする仕組みが必要です。

 3番目は、グローバルでトランジショナル(移行的)なタクソノミーの導入です。EUは厳密で二元的なタクソノミーを作りました。EU域内の産業が育ち、一方で国境環境税によって他国の製品が入ってこなければいい。デファクトスタンダードで世界を席巻することもできる。しかし、日本はその選択肢を取るべきではないと思います。日本は相互依存的な貿易立国ですから、途上国と連携してやっていく必要がある。また、国内にはCO2を沢山排出する産業があり、そういった産業が円滑に移行できるような取組が必要です。2030年、さらには2050年カーボンニュートラルという目標をしっかり守りつつ、それに至る道筋を着実に進めていく。目標と段階が明確に見えていれば途上国と連携することもできます。日本国内のCO2多量排出産業も円滑に転換するといった形も可能です。

 グローバルでトランジショナルなタクソノミーが貿易立国である日本にとって最もいい方法だろうと思います。2050年カーボンニュートラルに向けた戦略は今後の日本の成長に大きく関わってくるでしょう。


   ※2021年6月23日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです