卓話


東京の町を歩く楽しみ

7/14(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

評論家 川本 三郎氏

第4016回例会
 
 昨日,私は,世界的に有名な台湾の映画監督,ホウ・シャオシェン氏にお目にかかりました。ホウ氏の作品は,日本でも公開されていまして,日本のファンも多く,この秋には『珈琲時光(カフェ・ド・リュミエール)』という作品が公開されます。

 この映画が非常におもしろいのは,東京が舞台ということです。東京に住む日本人の若い女性の日常生活を淡々と描いている映画です。台湾の監督が,東京のどういう所を撮るのだろうと,興味津々で見ました。

 監督は,東京の中の古い所を好んで選んでいます。主人公の女性は,雑司ケ谷に住んでいるという設定です。この町の近くには墓地があり鬼子母神という古いお寺があります。雑司ケ谷の町はサンシャインのある池袋のすぐ隣にあるのに,いまだに古い町並みが残っています。なおかつ都電が走っていて,昭和20年代から30年代の東京を思わせる懐かしい町並みが残っている所です。そこに主人公の住む所を設定したということが,非常におもしろく思いました。

 山の手線が何度も出てきます。台湾の人には,ぐるぐる回っている循環の電車が非常にめずらしいらしくて,主人公を何度も山の手線に乗せます。そして,彼女が降りる場所は新宿ではなく,大塚であったり有楽町であったりします。

 有楽町の駅は,明治の末に造られた駅ですけれども,山の手線の駅の中では,ここだけが開業当時の面影を残している駅です。明治のまんまの駅舎です。ホウ監督が,そのことを知っていて,敢えて主人公を有楽町の駅に降ろしたことがすごいと思いました。

 監督は「この東京の真ん中に,明治の建物が残っているということに感動した」と言っておられました。

 駅のガードに積まれたレンガ壁は明治の末に造られたまんまです。ガード下の風景は40年以上変わっていません。

 東京の真ん中に明治の末に造られた駅があり,レンガ造りのガードがあり,その下に焼き鳥横町があるというのは,ほとんど奇跡に近いことではないかと思うのですが,私は台湾の監督が,そこに着目したということに非常な驚きを覚えました。

 ホウ・シャオシェン監督に「外国人に分かるように,東京の魅力や特色を教えてください」と言われて,私なりに考えたことをいくつか話しました。

 まず第1は,東京は近代になってから2つの大きな災禍を体験しました。関東大震災と東京大空襲です。20世紀になってから,二度の大きな災害を経験している都市は,世界でもほとんどないといってよいと思います。しかも,そこから立ち上がった都市であるということは非常に大きな意味をもっています。

 災害に遭ったためのマイナス面はたくさんあります。一つは古いものがあまり残っていないこと。百年前に建てられた住宅がほとんど残っていないということ。これは世界の都市の中でもめずらしいことです。しかしプラス面では,潰されても潰されても立ち上がってくるという活力が,東京をいつも活気づけているのではないかと思います。

 森鴎外が,「西洋に追いつこう,新しくなろうとして,いつも工事中の町ばかりだ」といい「普請中」という言葉で東京を現しました。まさに東京というのは,しょっちゅう工事中の町だと言えると思います。

 次に,東京には盛り場が多いということです。「盛り場」にあたる英語はありません。つまり,西洋の都市にはそういうものがないということです。例えば,新宿の町を思い浮かべれば,飲食店があり映画館があり,風俗があり,いろんな遊びの要素が集まっている町です。東京には,銀座を始めとして新宿,渋谷,池袋,六本木,上野,浅草と,至る所に盛り場が点在しています。それが住宅街と共存しているという都市は,世界の大都市のなかでもめずらしいのではないかという気がいたします。

 東京の特色の三つめは,商店街が非常に多く健在であるということです。私は現在,井の頭線の浜田山という所に住んでいます。この街の商店街の賑わいは感動的です。個人商店である,お豆腐屋さん,八百屋さん,魚屋さんががんばっています。町を挙げて祭りをする,子ども大会をする,大道芸人を呼んでフェスティバルもするといった,いろんな努力をしている,活気のある町です。

 これは東京の町の,ひとつの特色です。中央線沿線を例にとってみると,各駅ごとに商店街が作られています。これも,世界的にみるとかなりめずらしい特色だと思います。

 日本は,地方に行けば行くほど,車社会です。地方に住んでいる人は,煙草ひとつ買うにしても車に乗っていくという町の作り方になっています。郊外型のショッピングセンターが賑わっても,もともとあった駅周辺の商店街が寂れて,いわゆるシャッター街があちこちに現出しています。ところが東京に限ってはそういうことはありません。中央線の荻窪界隈,阿佐ケ谷界隈,高円寺界隈といった所が,いつも賑わっています。

 私は,東京はバザール都市だというふうに呼んでいます。商店街を歩いて行くと,途切れることがなく次の商店街に続きます。

 地方の人が東京に来て,びっくりすることは,歩いている人が多いということだそうです。町なかが活気づくためには,歩いている人が多いことが,都市の活力を作り出すプラスの面であると思います。

 銀座の魅力は,あそこは,歩ける町なのです。銀座には歩道橋が一つもありません。メインストリートの歩道は,非常に広くとってあります。昔,都電を撤去した時,レールの間の敷石を歩道に使いました。今でも非常にきれいな歩道になっています。

 銀座は老舗の個人商店が力をもっている町です。町の景観を保とうと,いろいろな努力をされています。大人が歩いていても安心ができます。銀座には路地と横町が多いです。これも,東京のおもしろいところです。

 ホウ監督に言われて気がついたことですけれども,東京の町は,山の手線をはじめとして,電車網が発達しているのは,たいへんよいことだと言われました。

 台北は電車が発達していないので,町の中は,車とバイクで,すざましい混雑です。アジアの国々は,電車の時代がなくて,いきなり車の時代になりました。近代日本の場合は,幸いなことに,車の時代の前に電車の時代がありました。そのために.東京の町は山の手線があり、中央線があり,それに付随する形で私鉄が伸びていき,さらに地下鉄が加わるというふうに,電車の時代が確実に存在して,それが現在でも継続しています。駅ごとに商店街が作られていくという,プラスの面が出てきました。東京では,車がなくても生活できるということです。これはかなりすごいことです。

 先程,東京は二度の災禍に遭っているので古いものが残っていないと申しました。
それと矛盾しますが,東京の町には意外な所に古いものが残っています。これが東京の懐の深さになっているのではないかと思います。

 例えば,有楽町の駅は典型的なものです。建築家は長寿建築とよんでいるそうですが,レンガ時代の大正時代に造られた東京駅。京橋の先の明治屋の建物。お濠端には昭和の始めに建てられた明治生命のビル。日本橋の方に歩いて行きますと,日本橋のたもとに野村証券のビルがあります。あれも昭和の始めに建てられたビルで,よくぞ,よい建物が残っていると感動いたします。

 戻ってきて,四丁目の交差点のところに立ちますと,和光のビルがあります。昭和7年に建てられたビルですが,いまだに健在で美しい姿を見せてくれます。70年前に建てられたビルが燦然と輝いているのはすばらしいことだと思います。

 残っているのは立派な建物だけではあまりません。昭和28年に作られた「東京物語(小津安二郎監督)」の冒頭の場面に,東武伊勢崎線の堀切という駅が出てきます。
小さな駅舎です。10年ほど前,その駅がどうなっているかが気になってその駅に降りてみました。映画の場面と同じ駅舎が残っていました。大正時代に建てられた建物だそうですが,それが残っているのはすばらしいと思いました。

 再開発された東京だけを見ていると,金ピカで深みのない町に見えますが,歩いてみますと,意外に,古い,いい建物が残っているものがあって,ほっとさせてくれます。

 以上,私が考える,東京の町の特色をお話しいたしました。機会があれば,有楽町の駅のレンガをご覧になって,東京の特色の一端を感じとっていただければ幸いです。