卓話


イニシエーションスピーチ

7月28日(水)の例会卓話です。

伊藤 勝 君  
濱野 堅眞 君

第4018回例会

印刷と電子との係わり 
                        図書印刷蝓‖緝充萃役社長
                                  伊藤 勝君
 印刷の基本は多くの人達に伝達したい文字や画像の情報を色材を使って精度よく早く紙の上に目で見る情報として刷ることです。文字はかたちですが画像にはかたちと明暗と色があり、光が我々に認知させます。

 1900年頃写真製版技術が取入れられてからの50年間程は、光を感光材やフォトレジストの上にどう写しとらすかが印刷製版技術のポイントでした。1960年のカラーテレビ放映開始と時を同じくして光を電子の流れの強弱に変えて色々な処理をして再び光の量に置き換えて感光材に画像を作り出すようになりました。

 色分解しながら画像を作るカラースキャナーが登場したのもこの頃ですし,それから10年ばかりして活字が電子的描画で作られるようになりました。このあたりが印刷産業の本格的な電子との係わり合いの始まりと云えるかも知れません。更に80年頃アナログ電子信号がデジタル化される時点から製版工程が飛躍的に変革されました。それは高精度のICやLSIが搭載されたフォトセンサ、マイコンの演算力、メモリー能力など電子の力は印刷製版の実務上の大きな力になっているからです。

 この製版工程をナノテクノロジー(千分の1ミクロン)まで精度を上げた微細印刷製版技術が
ICやLSI、フォトマスクの製造を支えています。

 ではどのように印刷されるかを身近の新聞印刷に例をとってみますと、最近はカラー化が進んでおりまして、ページ編成40ページの内16ページがカラーページというケースは多くなってきています。カラーの絵柄は1cm2当たり6千個の黄紅藍墨の細かい印刷の点で構成されています。印刷スピードは私共が現在使っている最新機では1時間で18万部、毎秒50部のスピードで印刷できますから、この会場にいらっしゃる方々の分は4〜5秒で印刷ができます。実はこの辺りが電子印刷との分れ目です。

 印刷版を作る原版は従来は写真フィルム上に写しだされた文字画像でしたが、現在はデジタルデータにまとめ上げられていて、そのデータから印刷版を作ることが多くなりました。少部数なら印刷版を作ることもせず通常の印刷機を使うことなく、デジタルデータから直接紙へ印刷できないかという発想で生れたシステムが電子印刷です。

 データによる電子の命令によって文字や画像を作る方法で、ひとつは絵柄情報をあずけられた電子の働きでインキの噴出を調整して画像を作るインキジェット印刷で、デジタルカメラのプリントアウトでおなじみです。

 もう一つは電子ビームやレーザー光で静帯電の絵を作り色トナーを選別的に引きつける方法、即ち静電印刷法で事務用コピー機です。印刷会社が使用する機械はデータ処理機能が高度でデータベース化されたコンテンツをインプットすれば数百ページの本でも1時間足らずで数冊の本が出来ます。これがプリント・オン・デマンドで次第にビジネス化しつつあります。

 又、ブロードバンドネットワークの時代の到来ですから、紙に表現する情報をネットワークに設え、これにアクセスすれば手持ちのPDAや携帯で情報コンテンツが得られるシステムが電子出版や電子カタログで、ソフトのディスクが組み込まれたパッケージ系で注目されているのが電子辞書です。印刷会社としてコンテンツのデータ作りやメインテナンスのビジネスが紙媒体の情報産業と併行補完しながら進んでいます。

 あらゆる電子機器に搭載されてICやLSIの高性能化と微細化への貢献は印刷製版技術の極限への挑戦にあります。1ミリの中に何万本の電子の通り路が作れるかのナノテクノロジー分野への印刷製版技術の更なる開発が期待されています。

お盆とお彼岸                       
                        西新井大師 總持寺                                  後任住職           濱野 堅眞君

 仏教行事としてのお盆は、正確には「盂蘭盆会」といいます。盂蘭盆とは、サンスクリット語の"ウラバンナ"を音訳したもので、このウラバンナとは、倒懸(さかさまに吊り下げる苦しみ)のことで、亡き先祖をそのような苦しみから救うための供養が盂蘭盆会なのです。また、それ以外にも、古代日本語のボニつまり先祖への供物をのせる器を語源とするもので、盆の原型は種々の霊魂を招き鎮めたところで供え物をしてまつる、そのことにあるとする説等もあります。

 お盆(盂蘭盆会)は、先祖や亡くなった人たちが苦しむことなく、成仏してくれるようにと、私たち子孫が、報恩の供養をする時なのです。お盆には、先祖や亡くなった人たちの精霊(しょうりょう)が灯かりを頼りに帰ってくるといわれ、十三日の夕刻に、仏壇や精霊棚(しょうりょうだな)の前に盆提灯(ぼんちょうちん)や盆灯籠(ぼんとうろう)を灯し、庭先や門口で迎え火として麻幹(おがら)を焚きます。それが「迎え火」です。

 この精霊棚の奥中央に、先祖たちの位牌を安置します。ほとんどの地方では、位牌の前には、ナスやキュウリで作った牛や馬を供えます。これは先祖の霊が「キュウリの馬」に乗って一刻も早くこの世に帰り、「ナスの牛」に乗ってゆっくりあの世に戻って行くようにとの願いを込めたものといわれています。十四日、十五日は、精霊は家にとどまり、十六日の夜、家を去り、帰ってゆきます。この時には、迎え火と同じところに、今度は送り火をたき、帰り道を照らして、霊を送り出します。これを、「送り火」といいます。

 送り火は、地方によっては大規模なものが多く、京都の大文字焼き、長崎の精霊船などがあります。また、精霊流しや灯籠流しも送り火の一種でお盆のお飾りや供物をまとめて小さな船に乗せて流す儀式です。

 彼岸会は、インドや中国にはない、日本独特の法会です。お彼岸は、春三月の春分の日、秋九月の秋分の日をそれぞれ中心として、その前後三日間を合わせた一週間を、春のお彼岸、秋のお彼岸と呼んでいます。最初の日を彼岸の入り、まん中の春分の日・秋分の日を中日、そして、最後の日を彼岸明けといいます。仏教には、西方浄土といって、西に極楽があるという考えがあります。春分の日、秋分の日には、太陽が真東から出て、真西に没します。この真西の日没のところこそ、往生の願いをかなえてくれるところであるという考えで、春秋二季のこの時期に、彼岸会が営まれるようになったという説があります。また、仏教では、苦しいことも快楽も、よきにつけ悪しきにつけ、極端にはしらず、中道を重んじます。春と秋の彼岸の時期は、暑からず寒からず、季節の中道ともいえるでしょう。仏教の中道を尊ぶ考え方が、季節の中道に重なり、この時期を彼岸会とするようになったのだともいわれています。

 暑さ寒さも彼岸までといわれるように、季節の変わりめであり、気候もいい時期のお彼岸は、すっかり日本人の生活に定着しています。単に仏教上の行事ではなく、今では、私たちの生活のなかで、季節のシンボルともなっています。 そして一般的には、お彼岸の入りまでに、仏壇をきれいに掃除し、供物を供えます。供物は、彼岸団子や、春ならぼたもち(牡丹餅)、秋ならばおはぎ(お萩)などです。そして、家族揃って、お墓参りをし、本尊と先祖の供養をします。

 なお、親戚や知人の家に新仏があれば、遺族を訪れ、仏前に花をたむけ、線香を立てて、回向します。春と秋の彼岸の一週間に仏事を行うと、仏の功徳があるといわれています。新仏や亡き先祖たちのためにも、自分自身のためにも、心を込めて、供養したいものです。