卓話


社会と科学の架け橋−サイエンスインタープリター

2006年2月8日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

東京大学大学院 総合文化研究科 教授
内閣府総合科学技術会議 議員
黒田 玲子 氏

 いま第3期(平成18〜22年度)の科学技術基本計画が作成されているところですが、「日本の生きる道は,科学技術創造立国による国際競争力の強化」ということで5つのポイントが示されております。
1 社会・国民に支持され,成果を還元する科学技術
2 投資の選択と集中の徹底
3 モノから人へ,機関における個人の重視,−科学技術人材の育成・強化−
4 世界最高の科学技術水準を目指す構造改革−耐えざるイノベーションの創出−
5 総合科学技術会議の司令塔機能の強化
今日は,この中の「社会・国民に支持される科学技術」と「モノから人へ,−科学技術人材の育成・強化−」という面だけに焦点を当ててお話ししたいと思います。 人材が財産であるといいますが,いちばん重要な人材は,科学技術の研究・開発を司る担い手たちです。学術論文のシェアはアメリカが断トツ、中国も急激に伸びています。また学術論文が産業の発展につながるサイエンスリンケージは,欧米と比べ日本はまだ低迷しています。

2003年の11月に,トリエステで会議がありました。その際の,Chinese Academy of Scienceの陳さんの話によると,中国では,バイオテクノロジーのライフサイエンス分野における人材政策は,とにかく優秀な人材の集中・選択をすることです。アメリカで成功した中国人を呼び戻すTalent Return政策にも力を注いでいます。

アメリカもそのことに対応して2003年に警告を発しています。今までのように海外からの人材に頼るのではなくアメリカ独自で人材を養成していく政策を作ろうとしています。 日本も,若手の研究者や女性の研究者にも活躍してもらおうということで,基本計画にはじめて,自然科学系全体の25%の女性採用目標という数値目標がはいることになりました。定年制という,非常に不思議な制度もなんとかしなくてはいけないと思うのですが,今の重点は,若手研究者の独立ということになっています。

世界最高の科学技術水準を目指す構造改革では,大学の改革も必要です。大学を中心とする地域活性化を目標に、地域再生本部との連携もなされています。

 さて,きょうは,「科学技術に直接携わらない一般の人たち」について,そういう人たちも実は科学の人材(人財)なのだということを申しあげたいと思います。

米国国立科学財団・欧州各国委員会・日本科学技術政策研究所で行った共通の意識調査では,日本人に「学校で学んだ基本的な科学知識があまり身についていない」ことが分かりました。特に若い人の科学に対する知識・関心が低くなってきていることが問題です。国や研究者が科学技術創造立国だといって予算を注ぎこんでも,国民がその成果を受けつけないということでは,たいへんに悲しいことになります。

では,21世紀の科学は20世紀と比べるとどうでありましょうか。1999年にブタペストで世界科学会議が開かれ私共参加しました。その時「科学と科学的知識の利用に関する世界宣言」が示されました。それには,「今までは知識のための科学,進歩のための科学」であったが,これからは「社会のなかの,社会のための科学」であるべきだと述べられています。

『前文1 我々のすべては同じ地球に住み,我々のすべてはその生物圏の一部である。我々は相互依存性の高まりの中におかれていること,そして,我々の未来は,全地球的な生命維持システムの保全と,あらゆる形態の生命の存続とに不可避的に結びついているということが認識されるに至っている。世界の国々や科学者たちは,科学のあらゆる分野から得た知識を濫用することなく,責任ある方法で,人類の必要と希望とに適用させることが急務であることを認めなければならない。我々はすべての分野における科学,すなわち物理学,地球科学,生物学,生物医学,あるいは工学などの自然科学,そして社会科学,人文科学の営みを通した活発な協力を追い求めるものである。(世界科学会議の)「行動のためのフレームワーク」は,自然科学のもたらす未来への展望や活力を強調するだけではなく,自然科学が招来する恐れのある負の効果,そしてその社会に対する影響や社会との関係を理解する必要性についても強調しているところであるが,この「世界宣言」に述べられている,科学に対する責任,挑戦そして義務は,あらゆる分野に関わる事柄なのである。いかなる文化も全地球的な価値を有する科学的知識に貢献することができる。科学は人類全体に奉仕するべきものであると同時に,個々人に対して自然や社会へのより深い理解や生活の質の向上をもたらし,さらに現在と未来の世代にとって,持続可能で健全な環境を提供することに貢献すべきである。』

ロータリーの理念にもかなう,すばらしい文章だと思います。

これに先立つ1996年,私は「社会の中の科学、科学にとっての社会」という題で本の1章を書き,また朝日新聞に「21世紀への提言」を書き,これらが「サイエンスインタープリター」という言葉を活字にした最初なのですが,なぜサイエンスインタープリターが必要かという話にはいります。

科学技術創造立国といわれ,科学技術が急速に進んできています。ICチップが食品に付いていて,その履歴が分かれば便利だと思うが,自分に付けられたら嫌だと思う。組み替えDNAの入った穀物は食べてもいいのだろうかと考える…。クローニングというのは一体どういうものなのだろう…。パソコンの向こう側は,文化も伝統も違う外国の人かもしれない。でも画面では,その差が分からないという世界になってきているときに,私たちは,科学というものをもう少し理解する必要があります。

 世の中も,国が判断して指示するのではなく,貴方が決めてください,責任は貴方ですよという時代になってきています。例えば,3種混合ワクチンの接種は親の判断です。

いろんなものがブラックボックスになってきましたので,物理が専門の人と生物が専門の人では話が通じなくなっています。同じ物理学者でも分野が違うと全く通じないということになっています。そこで,科学者の間も含めて,インタープリターが必要になってきました。

そのキーワードは「双方向性」です。サイエンスインタープリターというのは,科学技術の専門家と科学技術に親しんでいない人の間をつなぐ人材,それから,専門が異なる科学者同士をつなぐ人材です。

単なる科学の啓発活動ではなく、科学者に対しても,その研究は社会にどういう影響を与えるのか,どういう意味があるのかを指摘しないと,科学者はついつい,仲間に向かって論文を書くだけになります。新しい知の発見だけに邁進していくことになりかねません。それでいいのかと,ふと立ち止まって考える。科学者が研究の社会的意味の思索や説明責任を果したりすることを促してくれる人材,そういう双方向性をもつ人材の活躍を私は訴えています。

もうひとつのキーワードは「なにを伝えるか。どう伝えるか」です。

サイエンスインタープリターは,自分で考える能力が必要です。情報・データの裏を読む力,判断の根拠となる科学的知識,科学的思考力が必要です。

例えば,体に入るダイオキシンの主体はゴミ焼却炉に由来せず、60〜70年代に多用された水田除草剤の不純物が原因である(中西・増永・渡辺正論文)。しかも,その摂取量・体内量は危険レベルのずっと下であるのに,善意の誤解により,法律まででき,全国から焼却炉がなくなるというのは,正しい情報に基づかない愚かな判断の結果です。

科学は,「シロクロ」をつけてくれるものではなく,グレーゾーンを拡大させるものです。平均は分布を考慮する必要がありますし、確率で把握する必要があります。測定の感度の善し悪しで、あるなしが左右されます。あるなしではなく、どのくらいあるかが重要です。

 物事にはこれらのことを含めた科学的な判断・思考が必要です。物質には,物理的性質,化学的性質の外に社会的性質があることも忘れてはなりません。

昨年10月から始まった東大の科学技術インタープリター養成プログラムは,全学の文系理系の大学院生を対象にした,10名程度の少数精鋭教育ですが…。
1 自然のすばらしさ・不思議さに感動できる人
2 しっかりとした科学の基礎的知識を持っている人
3 科学の現象を体験して科学の本質を理解し,科学的思考のできる人
4 社会の中の科学という認識を持てる人
5 人の心を思いやれる人
6 表現力の豊かな人
7 英語ができる人 etc…
 このような人たちをインタープリターとして育てていきたいと思っております。