卓話


前立腺癌の治療-ロボット支援技術

2015年12月2日(水)

独立行政法人国立病院機構東京医療センター
医学博士 小津兆一郎氏


 前立腺癌の治療の一環として、初例が2000年米国で報告されたロボット支援手術があります。米国のIntuitive Surgical社が開発した「ダヴィンチ」というロボットで、一社の独占状態です。日本では2006年に東京医科大学、金沢大学、九州大学に導入され、その時から私は東京医科大学でロボット支援手術に携わっています。

 前立腺は男性にしかない臓器で、膀胱の下流に位置し、膀胱で尿を溜めて前立腺の中を貫くように尿が出てきます。正常はクルミ程しかない小さな臓器です。役割としては、精液の一部となる前立腺液を作る生殖機能、排尿を調節する、男性ホルモンの生成によって性機能活動を司るという3つがあります。

 前立腺に多い病気は、前立腺炎、前立腺肥大症、前立腺癌です。前立腺肥大症と前立腺癌は非常に似ていますが、少し違います。前立腺肥大症は移行領域と呼ばれる内腺部分(尿道を取り囲む部分)に肥大が起こるので尿が出づらくなったり、回数が多くなったりします。肥大症は良性の病気なので、転移したりしません。60歳を超えると始まる病気で、男性の3割に起こるといわれています。癌ができる場所は辺縁領域と呼ばれる外腺(尿道から離れた部分)で、癌なので他臓器に転移をしたり、膀胱や前立腺の裏側の直腸に浸潤したりします。

 日本では前立腺癌が非常に増えており、罹患率、罹患数ともに増加傾向にあります。
2015年現在、男性の癌のなかで多いのが、肺がん、次が胃がんで、前立腺癌は3位です。2020年頃には2位に、2030年頃には1位になるという予測もあります。

 前立腺癌と診断がついた後、その進行具合で治療法を決めます。病状はABCDという分け方をし、アルファベットが進むに従い病状は深刻になります。A、B段階では、手術も含めいろいろな治療法が選択できます。癌が前立腺の外に浸潤しているC段階では、手術では摘出できないため放射線かホルモン治療になります。さらに進行し、骨や他臓器にも転移している場合にはホルモン治療あるいは化学療法となり、選択肢が段々少なくなります。早期段階であれば、根治的全摘手術は最も生命予後が期待できる治療法の一つとされています。

 しかし、手術は出血しやすいため非常に難しいです。1990年頃からお腹を開ける開放手術が世界的に一般になりましたが、1970年代では手術に至る早期の患者さんも少なかったのですが、術中の出血のために非常に困難な手術の一つとして考えられていました。また、見えづらいところを切らなければならないので、癌を取り残したり、前立腺を取り残したりすることも問題になります。最終的に4ミリの尿道と膀胱を吻合するため、非常に高い精度が求められます。前立腺の術後に一番問題になるのは尿漏れです。私は開放手術で約600人、ロボットでは約800人の方を手術していますが、印象としてロボット支援手術のほうが圧倒的に尿漏れは少ないです。それから、勃起神経の温存についてもロボット支援手術は非常に長けています。

 前立腺癌の手術療法には3種類あります。お話した開放手術、腹腔鏡手術、ロボット支援手術です。開放手術は昔から確立されたやり方で、覚えやすく慣れてくると手術時間は比較的短くできます。ただ、創が大きくなります。

 それに代わって出てきたのが腹腔鏡手術で、日本ではかなり広まりましたが、今は行われなくなってきました。アメリカでは、腹腔鏡手術は前立腺では一切行われていません。悪くはないのです。お腹に穴をあけて内視鏡で行うため、創が小さくていいのですが、カメラによる情報が2次元の画像で平面情報しかないため、奥行きが正確に把握できません。報道された腹腔鏡手術の術中の合併症等はこの遠近感の欠落もかなり大きく影響していると思います。手術の手技習得にもかなりの時間がかかります。それから、鉗子がロボット鉗子に比べて圧倒的に不器用です。私も腹腔鏡手術は米国への留学前に何例か行っています。摘出するまではそれほど時間がかからない印象があるのですが、尿道と膀胱の縫い合わせがとても大変でした。

 ロボット支援手術は、これまでの腹腔鏡下手術にロボットの機能を組み合わせて発展させた術式です。医療用ロボット・ダヴィンチは操縦席、モニター、手術機械の3種類の機械で構成されています。

 手術を担当する医師は、サージョンコンソールと呼ばれる機械に座ります。そこから少し離れたところに患者さんが寝て、ロボットの手を患者さんのお腹の中に入った鉗子にドッキングします。内視鏡カメラとアームを挿入し、術者が3Dモニターの立体画像を見ながら遠隔操作で装置を動かすと、その手の動きがコンピュータを通してロボットに忠実に伝わり、手術器具が連動して手術を行います。

 ダヴィンチは、元々は軍事目的で開発がされ、戦場でけがをした兵士の治療を離れた場所にいる医師が治療できるように開発されました。私が将来的にやりたいと思っている一番理想的な手術は、私は東京にいて奄美大島にいる患者さんに遠隔手術を行うというものです。こうした可能性がどんどん広がるのではないかと思っています。

 世界における導入状況は、1位の米国が約2400台、2位が日本で、2015年9月現在200台です。内訳は、関東甲信越と近畿関西で3分の2を占め、残念ながら北と南は手薄です。世界におけるロボット支援手術の実施数は、2014年に65万件以上で、うち32%、20万件余りが泌尿器科です。世界的に多いのは婦人科領域ですが、日本では保険診療が効くのは前立腺癌の手術だけで、婦人科、消化器外科での治療は自費治療になるため、あまり普及していません。

 ロボット支援手術のメリットは腹腔鏡手術の欠点をすべて克服した上で、創が小さく、開放手術同様の細かいことができることで、―亰譴靴覆ぁ↓癌をきれいにとる能力の高さ、きれいな尿道再建、に峙神経温存などです。

 直径8ミリカメラの先端に2個のレンズがついており、右目・左目情報がモニターの中にインテグレートされ立体画像として映ります。人間の目と同様に距離感がつかみやすくなっています。

 ロボットアームは医師が手を動かすと同じ動きをします。手先の震えが鉗子の先に伝わらないように手ぶれ補正機能もついています。ですから年を取っても手術ができるのではないかと今から楽しみにしています。ロボットアームには肘がありませんが、肘から先の動きは人間の手と同じです。実際にお腹に穴を開けてロボットの手をつけ、組織をつまんだり、切ったり、掻きだしたり、針を持って縫合などを行うことができます。開放手術では、細い尿道の先端に4針程度しかかけられませんが、ロボット手術では13針までかけられ、膀胱と1本の糸で連続縫合でき、慣れれば7分で可能です。出血も非常に少なく、精密な手術もでき、術後の痛みも少ない。当然、早期の社会復帰も可能です。

 私は800例以上のロボット支援手術をしていますが、輸血が必要になった患者さんや、やむを得ない理由で開腹が必要になった人もいません。一番多い合併症は直腸の損傷ですが、こちらも一例もありません。今まで前立腺以外も含めて世界では159万件のロボット手術が行われていますが、ロボットが言うことを聞かなくなったことや、それによる死亡報告は1例もなく、安全性は極めて高いと言えると思います。

 術者としては、ロボットのコンソールで画像を見ていると手術という感覚がせず、ストレスも軽減されています。優秀で人に優しい機械です。

 「ロボット手術」と言うと、ロボットが勝手に手術してくれるようなイメージを持つ方もいますが、ロボットを動かすのはあくまでも医者で、語弊があるため、我々は「ロボット支援手術」と呼んでいます。

 先日は、重粒子線治療を受けた後の前立腺摘出を世界で初めて行いました。これは従来のやり方ではまず不可能です。私のところには前立腺が極めて大きい方や神経温存の目的の方が多く来ます。前立腺癌の場合、神経温存をしなければ男性機能である勃起機能が消失します。1ミリ以下の薄い膜をはずして勃起神経を温存するのは、残念ながら腹腔鏡手術では不可能です。当病院の場合は右側片側だけ神経温存をした患者さんの7割位が勃起しています。右も左も残す両側温存で9割の患者さんが術後勃起しています。世界的には、片側温存で3割〜4割、両側温存で6割の勃起機能が残ればいいのではないかと言われていますので、当病院の成績は悪くないと思います。

 ここまではメリットばかりの説明でしたが、先立つものはお金で、初期導入に約3億円位かかります。ちなみにロボットアームの鉗子1本で40万円。他に年間維持費、消耗品代などもかかります。

 当病院では今後、日本で保険適用が未承認の術式に関しても自費治療でロボット支援手術を行っていく予定です。また手術症例の増加は低コストを可能にするので安全に多くの手術をしていくことが重要です。

 今日本に200台のロボットがありますが、それを使って私が納得できる技術できちんと手術を行える医師は10人もいません。車に例えればF1カーと一緒ですから、その術者を養成しなくてはなりません。

 私には18歳の長男と7歳の次男がおり、将来、ロボットの操縦席を3台用意して3人で手術したいというのが私の夢です。7歳児が順調に医者になるとすると、あと17年あり、47歳の私は軽く60歳を超えるので、そこが問題かなと思っています。

 ロボット支援手術はいま桜満開で、日本のあちこちで行われるようになっていますが、これがすぐ散らないように、皆さんにメリットをよくわかっていただければと思っています。