卓話


mRNAサイエンスの約束

2022年11月9日(水)

モデルナ・ジャパン
代表取締役社長 鈴木蘭美氏


 弊社モデルナのミッションは、「患者さんのために革新的な次世代の新薬を生み出し、メッセンジャーRNA(mRNA)サイエンスの約束を果たす」というものです。

 メディアで「モデルナという会社はライフサイエンスにおけるAmazonだ、テスラだ」という表現をされることがあります。それがなぜかをお話しします。

 皆さんの体の中には約10万種類のタンパクが存在しています。その一つ一つのタンパクが特別な役割を果たしています。その役割のお陰で、総合的に我々はご飯が食べられたり、体を動かすことができたり、考えること、寝ることなどができます。これまで、そのタンパクは私達の一つ一つの細胞の中に入っている核の中の遺伝子、つまりDNAが、タンパク質の作り方を保持しており、必要なタンパクを製造してきましたが、mRNAの技術を使うと、自分の細胞がそれを作ろうとしていなくても一時的に作る指令を出し、体の生まれ持った力を使って自分のためのタンパク、自分のための治療、予防薬を作成できるというものです。

 そのため、科学者、そして医療に準じる人たちは「mRNAサイエンスは何かすごいことの幕開けではないか」と興味を持っているわけです。

 全て穏やかに人生を過ごすことができたら、人は120歳ぐらいまで健康に生きられるのではないかという言う人もいます。それは多分間違ってはいないと思いますが、私たちが先祖から長年受け継いできた遺伝子の中には想定できなかったものもたくさんあります。

 例えば、未知のウイルスに遭遇することです。まだまだ人間の遺伝子が完璧になっていないエリアで、ウイルスに遭遇したときにこのmRNAのサイエンスを使いウイルスの特徴を体に教えることによって、ウイルスに遭遇する前に自分の免疫を鍛えることができる。これが今回のCOVID-19の予防ワクチンで用いたmRNAの役割でした。

 弊社がmRNAを用いてどのような新薬候補を開発中か、ご紹介します。ちなみに、弊社では低分子や抗体のような高分子をアナログと呼び、mRNAをデジタルと呼んでいます。それほどスピード感があり応用が利き使いやすいのがmRNAの特徴です。

 がんワクチンは、個別化のがんワクチンを開発中で、今年の12月末までには治験の結果が出ることが期待されています。いい結果を出せれば、がんの治療の革命につながると思っています。

 同じ患者さんの体の中からがん細胞と正常細胞を取り出して、両方のゲノムを全て読み、がん細胞に特異的な遺伝子の変異をワクチンにして体に投与すると、自分自身の免疫が、がん細胞を見つけ、むしゃむしゃとがん細胞を食べてくれる。それによって、自分自身のがん細胞に特化した治療が叶うというものです。

 他には、先天的に遺伝子の変異を持つために普通の人であれば持っている酵素を欠損している場合、多くの方々は20歳まで生きられず、日々とても苦しい思いをする難病を患ったりするのですが、mRNAを用いれば、その酵素を自身の体内で作ることができるため、普通の人のように生きることができる。これを私どもは目指しています。

 それから、再生医療にも応用が可能です。
 例えば心臓発作を起こし心臓の筋肉がダメージを受け、このままでは心臓の筋肉が壊死してしまうというときにmRNAをその筋肉に注入すると、緊急タンパクのようなものが生まれ、壊死しないように筋肉細胞を助けてくれる。そうすることによって心臓の細胞が再生されるといった試みも行っています。

 弊社は2010年、ボストンで設立されたたった12歳の会社です。
 このような中で、COVID-19のパンデミック前は約3000億円の投資調達をして、全てをmRNAの研究に過去10年つぎ込んできました。そのお陰でこのパンデミックが生じたときに、非常に早くワクチンを創出することができました。通常、ワクチンは作るのに10年から15年という長い時間がかかると言われていますが、今回、我々は11ヶ月でワクチンを世に出すことができました。

 これは、mRNAの非常に迅速に簡単に作ることができる特徴のお陰ですが、これをもっと短くしなければいけないと思っています。

 国際的なワクチンの開発・製造を担うCEPI(感染症流行対策イノベーション連合)は、「WHOがパンデミック発生を発表したその日から100日以内でワクチン接種ができたら98%以上の人々の命を失わずに済んだ」としています。これは数百万人の命を救うとともに、数兆ドルの経済的損失を免れることができたと推測され、「どうにか100日で成し遂げることができないか」が我々の喫緊の課題です。

 エリック・トポルというのは米国で非常に有名な医師・研究者、そしてコミュニケーターで、これは彼のツイッターのコメントです。

 「90%以上死ぬ確率を下げることができて、そして80%以上入院する確率を下げることができる。こんな素晴らしいものがあるにも拘らず、25%以下の人しかその治療を受けることができないというのはどういうことなのか」

 ある意味投げかけです。実際、今この世界の7割ぐらいの人がコロナのワクチンを接種して、その大半がmRNAです。生後6ヶ月から110歳を超えるような方々まで非常にたくさんの方がmRNAワクチンを受けられたことは確かですが、まだ受けていない30%の方がいらっしゃる。または、1回、2回は接種したものの、それ以降続けていない方もいらっしゃる中で、全体的に見てみるとワクチンを打っていない方は、入院率、そして死亡率も非常に高いということが言えます。

 このように明らかに入院や死ぬ確率を下げることができるにも拘らず、ワクチンを接種したくないという気持ちの方もいらっしゃるし、アレルギーなどの理由でワクチンを打てない方もいらっしゃる。これも科学以上に社会の課題としてこれから重要だと思っています。

 先ほど、100日でワクチンを製造し提供する体制が必要だと申し上げました。なかなかハードルは高いのですが、そこで必須なものはmRNAワクチンの国内生産です。今、弊社のワクチンは海外で製造され完成品として日本に入ってきています。もちろん、この供給体制は確固たるものとしてこれからも続けていけるのですが、やはりパンデミックの緊急時には日本の地で、日本に住んでいる人に一番合ったワクチンを早急に作ることがとても重要だと思っています。

 弊社は既にオーストラリア、カナダ、英国と、このような国内生産に向けた長期的なパートナーシップを組んでいます。そうしますと、政府から指令があれば数ヶ月以内に全国民に行き渡るワクチンを製造することができます。

 それから、細かいですが非常に重要な点として、弊社の工場は、原薬と呼ばれる薬の有効成分を作るものです。この原薬工場で全国民分を製造できるのですが、それを液体にする製剤化や、それを瓶に詰める充填、そして箱詰め、流通、またそれらの情報をしっかりとコントロールし維持することを考えると、本当に大きなエコシステムが必要です。

 製剤化、充填ができる日本の企業とパートナーシップを組んで実現したいところですが、私が聞く限りでは、これをできる規模の会社は1社としては存在していないため、4社、5社、複数社と提携をして、北海道から沖縄まで力を合わせてこのエコシステムを作る必要があると考えています。

 規模が大きく、私の力不足のところもあり前進しきれていませんので、ぜひとも皆さんのご協力を得て、実現できれば嬉しいです。

 短いですが、私どもには10年以上の実績があります。その10年はmRNAのみに研究と開発の努力をしてきました。今、弊社の研究員の数は約700名です。この700名もmRNAのみに注力していますが、このmRNAの技術は私どもだけで最大化できるとは思っていません。むしろ日本の大学の研究者の方々、そして日本の企業の研究者の方々と力を合わせることによって、より速く、よりよくこの価値を最大化することができると考えています。10万種類のタンパク質一つ一つにmRNAが作ることができるかもしれない、そしてウイルスも世界にはまだまだ脅威となり得るものがたくさんあり、その一つ一つのワクチンを可能ならば事前に作ることによって、ワクチンが必要になったときに100日以内、もしくはもっと短い間にワクチンを提供することができればと思っています。

 10年とは長いようで短く、まだまだ始まったばかりです。皆さんのご協力とともにぜひともmRNAのサイエンスの約束を一緒に果たしていければ嬉しいです。


       ※2022年11月9日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。