卓話


世界のハンセン病と東日本大震災への支援

2011年6月22日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本財団 会長
笹川 陽平氏

 人類誕生以来,人間には二種類の人間がいるというと,皆さん驚かれるでしょう。我々は人間ですが,実は,人間として認められていない人も存在しているのです。それがハンセン病を患った方々です。

 私は28歳の時に,ハンセン病治療の病院を寄付する式典に参列するため,父のお供で韓国に行きました。その時,ハンセン病患者の様子を見て驚愕いたしました。人間として扱われない人たちが存在するという現実を目の当たりにしたからです。

 私たちは,民主主義,自由平等,そして人権を,常日頃から口にしておりますが,その範疇に入らない生活を余儀なくされている方々が,世界中にはたくさんおられるのです。世界にはハンセン病が発症すると,国によっては離婚の対象になり,バスや鉄道には乗ることもできません。レストランに入ることも,ホテルに宿泊することも認められません。既に治っているのにもかかわらず,病気を患ったというだけで,二代,三代にわたって,その家族が結婚の対象から外されてしまうことも珍しくありません。

 現在も多くの人権問題や差別が存在しますが,旧約聖書以前から差別の原点はハンセン病ではないかと思う程に,数千年の長きにわたり深刻な差別が続いています。ハンセン病差別の歴史の中で,ハワイのモロカイ島,南アフリカのロベン島,あるいは地中海の多くの島々,フィリピンのクリオン島には5万人もの人々が強制的に移住させられました。日本でも,香川県高松市の大島青松園,岡山県邑久町の長島愛生園,沖縄県名護市の沖縄愛楽園,宮古島の宮古南静園などがあります。交通や通信の手段がない大昔から,世界中のあらゆる所で,患者を島に隔離したという不思議な歴史が存在するのです。

 ハンセン病の問題が大きく取り上げられなかったのにはいくつかの理由があります。そのうちの大きな原因の1つとして,これ以上の差別を受けたくないと考えた患者自身が声を上げなかったことが挙げられるでしょう。

 アメリカのルイジアナにあったカービルというハンセン病の収容所は,つい10年程前に閉鎖されましたが,ハワイのカラウパパには未だに収容所が存在しています。1945年までは,ハンセン病患者には投票権もありませんでした。先進国のアメリカですらこの状態ですから,世界の様子が皆さんには察しがつくでしょう。特に中世ヨーロッパの各国では,生きている間に「死のミサ」を受けさせて存在しない者として扱うことが長く続いていました。

 私はハンセン病支援の関係で世界各国を訪れ、何千,何万人の患者さんとハグし,足を触り,化膿している手を握ってきました。その私が健康ですから,ハンセン病はうつる病気ではないと言っても過言ではありません。幸い,近年はすばらしい薬ができましたので,我々は,世界中にこの薬を無料で配布していますが,以前はほとんどの人が薬を手にすることはありませんでした。ただし,薬を飲むことを教える難しさは並大抵ではありません。

 一つ例をあげると,アフリカの山岳民族であるピグミーの人たちに薬を配ったのですが,どういうわけか効果がありませんでした。調べてみると,彼らは狩猟生活をしていますから,すべての物は平等に分けるという文化伝統があるのです。「これは薬だから病気の人だけに」と言って,皆で分けて飲んでいたようです。これでは効くわけがありません。

 しかし粘り強く世界中に薬の配布を行った結果,世界保健機関(WHO)がハンセン病の制圧基準として定めた「人口1万人あたりの登録患者数が1人未満」を満たさない未制圧国は、1985年には122ヶ国であったのが,現在ではブラジルの1ヶ国のみとなりました。

 一方でこの病気がやっかいなのは,病気が治ってもなお,差別の対象になることです。治った人たちの人権を回復し,社会の中にインテグレートされる状態までもっていかねばなりません。これが困難を極めております。

 2003年から,私は国連の人権委員会に陳情を続けました。人権の専門家,一人ひとりと会って,ハンセン病の人権問題について説明しました。そして一昨年9月の国連の人権委員会で,ようやくハンセン病の人権問題について59カ国すべての賛同を得て承認をいただき,昨年12月の国連総会では,192カ国すべての国が賛成してくれました。特に,日本の提案に対して常に反対意見を持っていた中国やキューバが共同提案国になってくれたのは,大変嬉しいことでした。ただし、ハンセン病の人権問題が国連で認められたことと,それが解決することとは別です。むしろこれまで以上に力を入れて取り組んでいかなくてはなりません。

 ところで私がハンセン病の人権問題の解決にあたり特に重要と考えているのは,できるだけ現地のメディアに取り上げてもらい,国民に理解を促すことです。もう一つが,世界中の影響力のある方々から差別撤廃に関するアピールに賛同いただき,世界に向けて発信することです。このグローバルアピールを毎年行っていますが,これまでノーベル平和賞を受賞した方々や世界中の大企業の代表の方々,或いは世界を代表する宗教家がアピールに賛同してくださった年もありました。今後も,私の国際協力を行う上でのモットーである「情熱,忍耐,継続」をもって、ハンセン病の制圧と人権問題の解決に向けて全力で取り組んでまいります。
 
 それではここで東日本大震災の支援について少し触れたいと思います。
 被災地支援のために,国内外から本当に多くの寄付がありました。そしてそのほとんどが,日本赤十字へ送られ,義援金として被災者の方々に届けられるはずでした。しかし,その義援金2800億円は未だ銀行に眠っています。義援金の配布を半強制的に任された地方自治体は,被災者の対応に毎日追われており,さらに自治体によっては多くの職員が被災しています。よって今も義援金を配る手立てがないのが現状です。

 その一方で、被災者のために懸命に活動を続けているNPOやボランティアたちの活動を支える資金,つまり支援金が全く足りません。NPOやボランティアの協力なくして被災地の再建は考えられません。義援金も大切ですが、NPOなどを支える支援金も大切です。どのNPOに寄付するのがいいかを調べたいのであれば,日本財団のウェブ・サイトを見ていただければ情報が取れます。場合によれば,日本財団に寄付くだされば適切なNPOに渡るようにいたします。

 また寄付以外に物資の支援も重要です。ただし,むやみやたらに物資を送っては,かえって現場が混乱します。私たち日本財団は,阪神淡路大震災から今日まで29回,すべての水害・地震,油流出事故などの支援活動を行ってきましたが、届いた物資が山積みになっている現場を何度も目にしてきました。物資を必要としている人の所に必要なものを送る。皆様の志が目に見えた形で,被災者の方たちが感謝してくださる届け方をしていただきたいと思います。

 震災から3カ月が経ちました。必要とするものが変化しています。救援物資として何が必要か,私たちは40人のスタッフで,2週間ごとに宮城県だけで600カ所の避難所を調査しました。我々は、その調査に基づいて必要な支援物資を調達し,現地に届けています。震災一カ月後の調査では,粉ミルクは8%しか届いていませんでした。各地で不都合がたくさん起こりました。3カ月経った今は爪切りや化粧水が欲しいとの情報が来ています。私はこの機会に「日本の寄付文化を醸成したい」と想っています。そのためには自分の気持ちだけではなく,受け取る相手をイメージして贈ることも大切です。受け取る側も感謝の気持ちをしっかりと伝えることが大切です。

 日本財団のウェブ・サイトでは上場1700社のCSR活動をランキングして発表しており、これは世界中に流れています。CSR活動が,企業にとってどれだけ重要か。まず就職活動をする学生たちが目に留めます。投資家も投資の指針にします。よい商品を売るのは当然のこととして,これからは会社全体のイメージ,人徳という言葉があるように,会社の徳,社徳,社格という言葉が出てきてもよいと思います。現在は,CSR活動が広報宣伝とは別個の位置付けになっている会社が多いようです。いずれはCSRの下に広報部があり宣伝部があるようになると思っています。

 日本財団は5万9千件の援助のノウハウを持っております。是非ご活用いただいて,日本に新しい寄付文化を醸成したいと思います。批判ばかりするのではなく,一人ひとりが国の成り立ちに関与していくことが大切です。そういう時代になったと思っております。