卓話


シェール革命とエネルギー安全保障戦略−2012年版IEA世界エネルギー見通しを踏まえて− 

2013年1月30日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

国際エネルギー機関(IEA) 前事務局長
一般財団法人日本エネルギー経済研究所
特別顧問 田中伸男 氏

 アメリカのシェール革命が世界を大きく変えようとしています。世界のエネルギー安全保障の観点から,大変重要な問題です。

 これからエネルギー需要が増える国,主として中国,インド,ASEANの途上国などでは,エネルギー獲得競争が激しくなります。

 今後どういうエネルギー源が伸びるかというと,2035年にかけて,再生可能エネルギーの需要が8割ぐらい伸びます。原子力も6割伸びます。ポスト福島とはいっても原子力は使う,というのが世界の趨勢です。

 ただし,需要が伸びる再生エネルギーや原子力を加えても,大勢はやはり化石燃料です。石油,石炭,ガスは,現在でもエネルギー供給の8割以上を押さえています。2035年になっても7割5分は化石燃料が中心です。

 いまアメリカでは,ご存じのようにシェールガス革命が起こっています。ガスを取り出すだけではなく,横に掘っていく掘り方と水圧破砕で石油も取り出せるようになっています。ノースダコダ州は近いうちに全米一の石油生産州になるといわれています。非在来型の石油と在来型の石油を合わせたアメリカの石油生産は,2020年頃には日量で1100万バーレル,その量はサウジやロシアを追い越すというのがIEAのメッセージです。

 もう一つ,石油供給の大きな変化は,イラクの石油生産量です。現在のイラクの石油生産量は,日量300万バーレルほどですが,これが2020年には倍になります。2035年には更に増えていきます。イラク政府は,もうサウジを追い越す,といっています。

 問題は、それを誰が買うのか。圧倒的に多く輸入するのは中国です。中東の石油がアジアに流れる,特に中国へ流れるということで,いま新たなエネルギー・シルクロードができるという議論が起こっています。

 注目すべきは,現在,日量約200万バーレルの石油が中東からアメリカに輸出されていますが,これが2035年には必要なくなります。中東依存の必要がないアメリカになります。このことが,アメリカをして,中東の平和とペルシア湾の安全通行について,これまで同様のコミットメントをしてくれるかどうかという疑問を呈することになるわけです。

 アメリカがすべて引いてしまうということはないかもしれませんが,アメリカの議会や世論はフリーライダーを許さないかも知れません。

 石油の供給途絶が起こった時に,備蓄を取り崩して世界に供給するのがIEAの仕事です。私が事務局長をやっていた2011年6月にリビア危機が起こり,日量200万バーレルの備蓄を約30日間にわたって放出しました。200万バーレルの量だと2年間は持ちこたえますが,ホルムズ海峡が閉鎖されると,数カ月ももちません。

 もし,このようなことが起こると,日本にとって大変なことになるのは明らかです。85%の石油は,そこから来ています。石油の値段は上がります。仮に2倍(1バレルが160ドル)になると,2011年の経常収支の黒字9兆円が一挙に赤字に転落します。原発が動いていないともっと悪いことになって12兆円の赤字になってしまいます。

 そうすると,国際金融資本市場の日本への信任が崩れて国債のマーケットが暴落して,円が暴落します。円安になって,買ってくる石油はもっと上がる。これは経済危機になる可能性があります。こういう最悪のシナリオは防がなくてはなりません。日本政府は,このことを十分に想定していないのではないかというのが私の心配です。

 特に困るのはガスです。天然ガスの備蓄は簡単ではありません。特に中部電力は総電源の6割がガスで,その6割がカタール依存ですから,それが停まると備蓄は1か月分しかありません。東電も同じように恐らく隣りのアラブ首長国連邦から買っていますから,東電は回せません。関電から電力を買うか。いやいや原発が動いていないから無理だということに,必ずなります。中部地区はたちまち計画停電になってしまいます。

 最近,アメリカのシェールガスが輸出されるという話が出てきています。天然ガスはLNGとして確かに,アメリカで余ったものがヨーロッパや日本に流れてくる可能性があります。

 アルジェリアで,最近大変残念な事故が起こりました。しかし,アフリカからも買わないといけません。アフリカへの投資はこれから増えると思います。アルジェリアの事故は相当重要なレッスンを含んでいます。日本のエネルギー・セキュリティーにとって,アフリカは重要になってきます。

 在来型のエネルギー源としてのロシアは非常に重要です。ロシアはいずれ中国にも輸出すると思いますが,その前に日本に売りたいのだと思います。買い手をヨーロッパに過剰に依存しているのは危険なので,東シベリアの資源を太平洋アジア地域にも売るのがロシアの戦略です。

 日本がロシアとの関係を,如何に戦略的にうまく使うかがこれからの課題です。

 将来の石油・ガス市場では米国の一人勝ちです。多くの国で石油・ガス輸入依存が増える方向にありますが,米国だけがその流れに逆行しています。石油の輸入はアメリカの貿易収支赤字の6割を占めていましたが,それが大きく減ると,アメリカの経済成長率は非常に高くなります。競争力も強くなります。そういう中で,日本は原子力を利用しないで対抗できるのかを考えることが必要です。

 中国は,ガスをトルクメニスタンからパイプラインを引いて買っています。石油はカザフスタンとかロシアから買っています。ミャンマーから石油とガスをパイプラインで買おうとしています。いずれにしても足りない量は全部船で運んできます。マラッカ海峡を通って南シナ海を経て中国の沿岸に上げます。中国は電力に関しても圧倒的に新しい電力源を必要としています。

 日本の電源構成と再生エネルギー効率化について,IEAは次のようにみています。

 石油エネルギーは,2010〜15年に大きく膨らみますが,その後は次第に減るでしょう。再生エネルギーは,今でこそ水力を除けば小さいのですが,2035年にはエネルギー全体の4分の1を占めると予測しています。原子力は,2020年までに20%に回復して,2035年には15%まで減少する。ガスが全体の3分の1ぐらいを調達するだろうとの予測です。

 ドイツが古い原発を8基停めました。大きな電力が必要になった時,隣国から買うことができました。これは隣国と電線で繋がっているから出来たことでした。

 日本の電気は,東西が50ヘルツと60ヘルツに分かれています。IEAはこの10年来,日本政府にこの問題を解決しておかないととんでもないことになると言い続けてきたのですが,残念ながら対応しないままに3月11日の危機を迎えました。

 日本の電力料金が如何に高いかという、2030年での予測があります。中国には安い石炭があります。アメリカには安いガスがあります。再生可能エネルギーに依存するヨーロッパは,中国,アメリカより高いのです。日本はもっと高いです。

 世界で原子力を使っていく国は,中国やベトナム,インドなどの途上国です。これらの国で安全に使ってもらう為に,日本は「何故,福島で失敗したか」という教訓を知らせてくれと,各国から言われています。いろいろなレベルでなぜ「人災」が起こり,事故をどのようにして防ぐことができるかを各国に伝えることは,日本の責務だと思います。

 アメリカでは,第4世代炉として統合型高速炉が開発されています。核不拡散性が非常に高い高速炉で,電源が止まると自動的に止まる性能があり,出てくる高レベル廃棄物が300年で平常化できるというものです。

 実は韓国も同じ研究に手をつけています。使用済み燃料の再処理を自らがやりたいわけです。いま日本が原子炉の研究を止めれば,アメリカは不拡散の為のパートナーとして韓国を選ぶでしょう。こういう観点も議論しないと,日本の原子力の将来は語れないということです。

 エネルギーの安全保障をどのように考えるべきか。20世紀は石油を安く供給して自動車を走らせる文明でしたが,21世紀は電気を安定的に供給して電気自動車を走らせる時代です。これが安全保障の最大のポイントです。

 EUは,石炭中心のポーランド,自然エネルギーと原子力のスウェーデン,原子力だけのフランスなど,それぞれがお互いのネットワークをパイプラインと電線で繋いで集団的安全保障をやっています。

 ヨーロッパのデザーテック計画は、中東北アフリカと欧州の電線接続です。ASEANは自分たちで連携を計画中です。

 日本は,単独でエネルギー・セキュリティーを考えるのか。大震災と福島を経験した日本は,ロシアや韓国とのパイプを考えるなど,アジアの中でのセキュリティーを考えて世界に訴えるべきだと思います。エネルギー安全保障を考える場合,国際的な観点から考えるべきだということで,皆様からも日本政府を叱咤激励していただければ幸いです。