卓話


イニシエイションスピーチ 

6/16(水)の例会卓話です。

尾 敏紘 君
小仲 正克 君

オザックス蝓
取締役社長 
尾 敏紘 君

 私の職業分類は、“洋紙販売”(PAPER DISTRIBUTION)であります。明治も暮れなんとする明治44年、私の祖父が創業して以来93年間、主として紙パルプ製品を扱う専門商社として歩んで参りました。

 私自身は、小さい頃から“商社”にあこがれ大学卒業後は、ごく自然に三菱商事に入社させて頂き、あしかけ7年、所属は、当時の「機械輸出本部」でした。その後、現在の、紙販売をメインとし、外食向け資材関連の“ONE- STOP DISTRIBUTOR”である中堅専門商社 オザックスに入社し、今日に至っております。

 そこで今日は、私の職業について2点申し上げたいと存じます。第1点は、現在の職業に就いて大変良かったと思っている点ですが、申すまでもなく21C 最大のテーマの一つは、間違いなく“環境”であります。

 私は、最も環境にやさしい循環型の産業である『紙パルプ産業』に深く関わりを持っている事を大きな誇りとしています。私自身も、及ばずながら引き続き、紙パルプ産業を通じて「環境保全」に微力を尽くしたいと念じています。

 第2点は、目下 私が抱えている「課題」についてです。製造業としての紙パルプ産業の将来は、中長期的に見て“明るい”と存じます。

 その理由は、紙パルプ産業が、時代にあった環境対応型で循環型の産業である事に加え、大きく3つあると存じます。
 \こΔ了罎亮要が、中長期的に見てアジアを中心に、大幅に増える見通しである。
◆‘本の製紙メーカーは、最先端の技術をベースに国際競争力面で優位に立っている。
 日本の紙パルプ産業の業界基盤が、大型合併・再編によりほぼ確立された事。

 原料面や、エネルギー面で、不安が全く無いわけでは、ありませんが、只今申し上げた理由から基本的には、製造業としての日本の紙パルプ産業には、明るい未来が、待っていると存じます。

 しかし、我々販売サイドの専門商社となると、必ずしもそうではない、改めてビジネスにおける「役割」や、果たすべき「機能」(FUNCTION)を、問われています。言うまでもなく、メーカーにとって“技術革新”は、絶対条件であり、メーカーは、常日頃大変な努力をしておられますが、同様に、商社においては、時代に見合った“商社機能革新”が不可欠と思います。

 我々が、21Cにふさわしい専門商社機能を構築してその機能を発揮出来、ユーザー/メーカーから応分の評価があれば、必ず存在価値は認められると、目下“プラス志向”で懸命の努力を続けています。
素晴らしいお手本は、「大手総合商社」です。「大手総合商社」は、“変化対応力”を遺憾なく発揮され、かつては、モノの売買で利ざやを稼ぐ仲介業が主流であったのが、今や収益の柱を、「投資型」の新たなビジネスモデルに大転換しておられます。

 私共の場合、大手総合商社のような大きな事は、不可能ですが、新たな“機能”構築を強く志向し、模索する中で、お取引先である外食産業すかいらーくさんや、マクドナルドさんから、実は、大きなヒントを頂きました。

 当初私共は、すかいらーくグループにペーパータオル・ペーパーナプキン・不織布のフキン等を納入して居りました。しかし、今では、食材を除き、各店舗で使用される約3,500の商品アイテムを供給させて頂いております。

 即ち、お客様が、必要とされる商品は、食材を除き、基本的に私共に発注頂き、商品を取り揃えさせて頂き、そして、お届けさせて頂いています。又、折にふれ、商品提案をさせて頂くと言うトータルサービスでもある“ONE-STOP DISTRIBUTOR”機能を果たさせて頂いております。

 その関係で、カタログ等の紙の供給も、我々がサプライヤーです。私共としては、この“ONE-STOP DISTRIBUTOR”機能を軸に、今後も、メーカーさんと一体となって「川上ビジネス」を一層推進する事は、当然であります。

 それに加えてこの“OSD”機能を促進させる為に、より「川下」へ、より“CUSTOMER ORIENTED”「顧客志向」を実践していく事が極めて肝要ではないかと思っております。

蠧本香堂
代表取締役社長 
小仲 正克 君

 21世紀に入り、香りの持つ魅力が見直されているように思います。嗅覚は、味覚、触覚、視覚、聴覚といった五感の中でも発達が遅れていると言われており、むしろ古代人の方が香りを嗅ぎ分けていたのかもしれません。

 最近は香りとリラクゼーションを結びつけたり、アロマセラピーという言葉も一般的になり、健康面への応用も注目されております。これは日本だけではなく、欧米や、アジア各国でも同様の現象が起きております。この背景の1つが情報過多なデジタル社会になり、忙しさに追われるようになると、人々は心のバランスを求めるようになり、アナログ的なものに触れるとホッとするのではないでしょうか。

 ゆとりや、安らぎを求めたいという漠然とした気持ちを、「癒し」「ヒーリング」「リラクゼーション」「ウェルビーイング」などと表現されているように思います。これからはモノやお金の充足だけではなく、心の充足も求めていくのではないでしょうか。このように香りとやすらぎ、心の充足感が結びつくことによって、香りに興味を持つ方が増えているように思います。

 今、注目される香りですが、その歴史は東西の文化と関わりながら、長い歴史を持っております。香りの文化を遡ると4千年前の古代インドに至り、東に伝わったのが香木などの香原料です。この香原料を刻み、混ぜ合わせ、火にくべることから香りの文化が発展していきました。

 一方、西の香りは樹脂を中心に、古代エジプト、ローマと伝わり、キリスト教では乳香が礼拝の際に使われました。やがてヨーロッパへと伝わり、フランスでは香水文化となりました。

今でも調香師の世界大会は香水のルーツである南仏のグラースで開催されております。

 日本における香の歴史を辿ってみますと、仏教の伝来とともに香が入り、拡がっていきました。最も古い文献では『日本書紀』の中で推古3年(595年)に、淡路島に一本の香木が漂着し、朝廷に届けられたとされています。当時、香は祈りを届けるものされ、身を清めるために香を刻んで粉状にし、手や首、顔に塗る塗香であったり、葬儀の際のお焼香のように火にくべるといった使い方をしていました。

 平安時代になりますと、外来の文化から日本独自のものを作り出すようになりました。そして香を生活文化の素材に置き換え、祈る為だけではなく、住空間を良い香りで満たすために香を焚くようになりました。また、髪や衣服に香を焚きしめることも始めました。このことは『源氏物語』によく描かれています。当時の人々にとって知性、感性、才能、美の表現は香りだったともいえます。

 鎌倉時代に入りますと平安貴族の雅の文化ではなく、その原料である香木の微妙な香りの差異を楽しむようになりました。室町時代には日本独自の文化がたくさん生まれましたが、茶道、華道、能楽、そして香遊びに文学と作法の体系を組み込む「香道」が生まれました。江戸時代は鎖国となり、文化は内側に向かい爛熟化しました。当時力を持っていたのは裕福な商人や、町人ですが、香道がこの時代に一般化しました。

 しかし、明治時代に富国強兵という近代日本になり、雅の文化は一気に水面下に隠れ、昭和になっても戦争が続き、戦後は高度経済成長の真っ直中で、心の豊かさよりもモノの豊富さを求めたため、表面に出なかったように思います。

 このように見ますと、1200年前から香水のように衣に香りを薫らせたり、ホームフレグランスとして生活文化に取り入れたり、また500年前から香りを芸道まで創り上げたのは日本のみであり、その意味では当時の日本人の感性は注目に値するのではないでしょうか。

 そして今、右肩上がりの時代も一段落し、「何が1人1人にとっての価値なのか」と、世の中の見る目が変わってきた時に、香りの文化が再び見直されてきたように思います。