卓話


今どき大相撲事情

2019年8月28日(水)

公益財団法人日本相撲協会
理事 今井 環氏

 外部の人間が相撲協会の中に入って見た、「大相撲の今」をお話しさせて頂きます。

 大相撲は公益財団法人・日本相撲協会が主催しています。一方、公益財団法人・日本相撲連盟はアマチュア相撲を統括しています。アマチュアの世界には女性相撲もあります。日本相撲協会が公益財団法人になったのは、平成26年です。

 大相撲の歴史を遡ると、天平6年に「相撲節会(すまいのせちえ)」と呼ばれた天覧相撲が行われた記録があります。興行としては江戸時代に、お寺や神社の建立等の資金集めを名目に勧進相撲として許可され、次第に制度や組織が整えられていきました。

 明治維新の文明開化で、裸体禁止令が出され難儀をした時期もあったようですが、明治天皇が相撲好きで、天覧相撲も実現して社会的に公認されました。大正14年に摂政皇太子だった昭和天皇から下賜された奨励金から賜杯が作られましたが、実は許可なく菊の紋章が刻まれていたため宮内省から認められず、最初の賜杯はつぶして許可を取り直して作ったものが今の賜杯です。こうした経緯もあり、大正14年に財団法人・大日本相撲協会が設立されました。

 この団体が全国的な組織となり、昭和32年に財団法人・日本相撲協会に改称され、その後、公益法人改革で公益財団法人となりました。

 組織としては、理事等を決める評議員会があり、執行機関として理事会があります。理事は13人で、うち10人の親方理事が選挙で選ばれます。外部理事は3人で、監事3人も外部です。外部理事は力士暴行致死事件を受けて平成20年、協会のガバナンス強化のために導入されました。

 横綱審議委員会(横審)は理事長の諮問機関で、定数枠15人で、今は10人の学識経験者で構成されています。新たに横綱を決める際は、審判部からの推挙が理事長に上がり、理事長から横審に諮問をして審議し、答申する流れで、横審が横綱を推挙することはできません。最終的には理事会で決まりますが、決定には横審が大きな影響力を持っています。

 現在、協会員は、力士が700人弱、場所ごとに登録力士数が動くため、例えば平成30年度の6場所平均力士数は686人です。年寄(親方)の枠は105人ですが、今は101人。行司、呼び出しがそれぞれ40人余り、床山は50人余り、この他、若者頭や世話人が20人程、事務を担当する職員50人で、大体1,000人程の組織です。

 「一門」は派閥のようなもので、それぞれいくつかの部屋で構成されています。今は、5つに決められています。以前は、貴乃花親方を中心としたグループが一門を名乗り、北の湖理事長が認めたため6つになっていましたが、貴乃花一門が解消されたため、元の数に戻りました。相撲協会は一門に対し力士の育成費用を出しており、一門内で各部屋に振り分けます。そのため、去年、協会規則で一門の位置づけを明確にし、部屋はいずれかの一門に属することが義務づけられました。

 一門を越えて物を言うのは難しいようで、今年の五月場所の後、審判部長の阿武松親方の物言いの際の協議説明が横審から批判され、八角理事長に指導するよう注文がつきました。しばらくして八角理事長に「阿武松親方に何か言いましたか」と尋ねたのですが、「いやあ、一門が違うんで」と言葉を濁していました。

 私はNHKの理事時代に3年間、報道・スポーツを担当し、その頃から大相撲に関わっています。平成22年に起きた野球賭博事件の際は苦労しました。琴光喜ら二人が解雇になるなど76人が処分されましたが、処分決定が名古屋場所の直前で、NHKは大相撲中継をするかどうかの判断を迫られました。

 NHKには様々な声が届きました。「不祥事のあったところにNHKが放送権料を支払うのは認められない」と中継中止を求める声がある一方、相撲ファンや老人ホーム、病院等から、何とか中継してほしいという要望も寄せられました。

 契約上の守秘義務で放送権料は公表しないことになっていますが、当時、相撲協会が間違ってホームページに載せたことがあるので申し上げますが、一場所5億円、6場所で年間30億円の放送権料を支払っています。

 当時の福地NHK会長とも相談し、午後6時のニュースの後に30分程、幕内の全取組をダイジェスト版にして放送することにしました。ぎりぎりの判断だったかなと思っています。

 野球賭博問題が一段落したかと思ったら、捜査過程で警視庁に押収された力士達の携帯電話から星の売買をするメールのやり取りが残されていたことが平成23年2月に発覚します。大相撲八百長問題です。野球賭博事件以上の騒ぎになり、三月場所は中止。五月場所も五月技量審査場所という名前で行い、無料で観客に開放し、賜杯はじめ外部からの表彰は辞退、懸賞金もなし、NHKは中継を行いませんでした。

 その後、相撲協会は八百長問題の処理に取り組んだ放駒理事長から北の湖理事長に代わりましたが、お二人が相次いで亡くなり、八角親方が理事長代行を経て理事長になります。当初は八角理事長を危ぶむ声もあったと聞きますが、理事長としての采配ぶりを拝見していると、非常にまじめで正義感の強い方という印象です。一時期のどん底から相撲人気は復活し、暴力問題が起きたとはいえ、252日間、満員御礼が続いています。

 その暴力問題ですが、一昨年の11月、九州場所の最中、横綱日馬富士による貴ノ岩への暴行事件が発覚します。事件は、秋巡業の鳥取市で10月25日夜に起きていますが、表沙汰にはならず、11月14日になってスポーツ新聞が報じたことで世間に知られることになりました。報道直前に開かれた定例の理事会でも、私達外部の理事には報告もなく全く知りませんでした。親方衆の間では噂が広まっていて、危機管理部長の鏡山親方が加害者、被害者双方に問い合わせたものの、当事者の親方も全く知らず、トラブルがあったようだが当事者間で決着がついたものと判断していたようです。

 報道に出たため、直ちに危機管理委員会が事情を調べることになりましたが、困ったのが貴乃花親方の対応でした。全く報告もなく、理事会で説明を求めても、「警察の捜査に委ねたので何も言うことはありません」の一点張りで、被害者側の話が聞けない状態が続きました。結局、巡業部長でありながら協会に非協力的な姿勢が処分の対象となりました。

 私の印象では、貴乃花親方は、組織にあっては通用しない論理の持ち主だったように思います。ファンも多くいらっしゃるので批判はしたくありませんが、とにかく振り回された数カ月でした。言い分があるなら理事の職にある間に発言すべきだったと思いますが、理事会内で全く発言がありませんでした。退職されて、貴乃花相撲道場を作って若い世代を指導していきたいということですので、その気持ちを大切にしていただけたらと思います。

 この事件の後も、次々と暴力問題が明るみに出ました。被害者だった貴ノ岩も付け人に暴力をふるい引退しました。立ち合いのぶつかる衝撃は1トンにもなるといわれています。そうした状態でもケガをしないための稽古をしていれば少々殴る、叩くことが平気になっているところはあるでしょう。かといって、近代的組織にあって暴力はいけませんから、去年、何が暴力で、どこまでが許せる範囲かを明確にした、暴力禁止規定を制定しました。協会員全員への周知徹底が課題だと思います。

 相撲協会には、女人禁制をどうするかという課題があります。平成元年に女性初の官房長官となった森山真弓さんが、内閣総理大臣杯を代理で渡す意向を伝えてきたことから問題になりました。その時は、伝統文化を守りたいとする協会からの回答に森山氏が引き下がりました。

 次に今は参議院議員の太田房江さんが大阪府知事時代に、毎年、三月場所の表彰式に土俵に上がれるよう申し入れをし、毎回断られました。そして、去年の巡業で兵庫県の宝塚市長が土俵上での挨拶を希望したが断られました。去年4月には、舞鶴市で巡業の際、土俵上の挨拶の最中に倒れた市長を女性看護師らが救護しようとして、土俵から降りるようアナウンスされ、再び女人禁制の問題がクローズアップされました。

 相撲は江戸時代、もっぱら女人禁制の神社仏閣の境内でほぼ裸の男性力士同士の厳しい実力勝負として、必然的に観客席を含めてすべて女人禁制で興行されていました。明治になって神社仏閣への女性の出入りが解禁となり、女性も観戦できるようになりました。 相撲協会は去年7月に「女性と土俵に関する委員会」を設置し検討を始めましたが、私の印象では、親方理事衆に女人禁制を変えようという雰囲気はありません。

 地方巡業などで、力士が赤ちゃんを抱っこして土俵に上がることがあります。その時、男の赤ちゃんは土俵にチョコっと足を付けますが、女の赤ちゃんの足は付けないというのです。そこまでやる必要があるのかと思いましたが、日本相撲協会の定款には、「神事を起源とする国技たる相撲道の伝統と秩序を維持、継承、発展させるのが目的」とあり、伝統文化を守るというのが今の執行部の基本姿勢なのです。女人禁制を続けてもいいとは思いますが、ファンの皆さんに納得してもらう努力が必要でしょう。

 相撲協会について思うのは、長い伝統に基づくしきたりを重んずる体質を持ったまま、近代的な公益財団法人という組織で統制する、いわば網をかけた訳で、矛盾がいっぱいあります。神事を起源とする国技たる相撲道であり、スポーツでもあり、チケット収入や放送権料で運営される興行の側面もある。それが組織としては国の監督指導を受ける公益財団法人なのです。まるで性格の違う要素を並立させるのは容易ではありません。

 公益財団法人に移行してまだ5年、まだまだ改善すべき点が多く残っています。私の任期は来年春までですが、大相撲発展のために微力ながら尽くしていきたいと思っています。


  ※2019年8月28日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。