卓話


捕鯨の過去,現在と未来 

2008年1月16日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

内閣府規制改革会議 専門委員
独立行政法人
水産総合研究センター 前理事
農学博士 小松正之氏 

 外国人は鯨は一種類と思っているようで,アメリカ人がWhaleといっているのはマッコウクジラです。ヨーロッパ人,特にスペイン辺りで,Right Whale(真の鯨)というのはセミクジラです。オーストラリアとの間で話題になっているのはザトウクジラです。

 鯨には大型鯨類と小型鯨類があります。大型鯨類が13種類,小型鯨類が70種類ありまして,世界中に83種類あります。

シロナガスクジラは,イギリス,ノルウェーが相当捕獲しました。33万頭いたのが現在では,南氷洋だけで2千頭,世界中で1万頭まで減っております。絶滅の危機には至っておりませんが枯渇状態にはなっています。アラスカのエスキモーが捕獲するホッキョククジラは,アメリカが,鯨油生産のために帆船漁業で大量に捕獲したので枯渇状態になりましたが,現在では回復しています。

日本の開国直前の頃には,アメリカ,イギリス,フランスや、ルーマニアやイタリーまで,各国がマッコウクジラやセミクジラを追って日本近海にやって来ていました。

 現在,ほとんどの鯨の分布は,枯渇というよりは健全な資源であるという状態であると思います。例えばマッコウクジラは繁殖力が強いので,世界で200万頭まで復活しています。この数字のデータソースは米国商務省のデータベースです。大型鯨類のなかで一番小さいミンククジラは繁殖力が強く,南氷洋だけで76万頭,世界中で約100万頭おります。 以上が大型鯨類の状況ですが,この13種類が国際捕鯨条約で捕鯨禁止(一時中止)に制限されている鯨です。

小型鯨類のなかにイシイルカという鯨がありますが,生物学的にはイルカもクジラも鯨類です。イルカとクジラの違いは,成体で,4メートルを境に大きいのがクジラ,小さいのがイルカと一般に言われています。

日本人と鯨との長いかかわりは,縄文の貝塚から鯨の骨が出土していることから,9千年前からありました。5千5百年前には積極的に捕獲していた可能性が強いのです。

近世では,文化5年(1808)西日本の捕鯨から殖産興業のヒントを得ようと伊達藩の大槻青準が勉強した時の捕鯨図説『鯨史稿』の中に網取り式捕鯨の絵が残っています。

 日本人の捕鯨は江戸時代から盛んに行われ,長崎の五島,壱岐,佐賀の小川島,捕鯨発祥の地といわれた和歌山の太地(1606に始まったとされている),三重,長門,室戸などに,伝統捕鯨の基地があったことがうかがえます。

向岸寺(山口県長門市)には鯨の胎児約80体が埋葬されている墓があり,海に向かって建てられている様子は,海に帰してあげたいという気持ちが表されています。寺には,戒名までつけた位牌があり,丁重に葬ったという人々の心がうかがわれます。

佐賀県小川島では,鯨の回向法要の様子を描いた絵図が残されており,それらのいずれも,鯨への「感謝の心,死を悼む心」が一方ならぬものであったことが見てとれます。

 天保3年(1833)に書かれた平戸藩生月島の益富家編『鯨肉調味方』という本は,鯨の食べ方を記した料理本で,鯨の部位70ヵ所を挙げ,可食部分68ヵ所の処理方法,食べ方を細かく解説してあります。

話題は変わりますが,マッコウクジラとセミクジラは,皮が非常に厚いので死んだ後に浮きます。これから鯨油を取るのですが,西洋の人たちは帆船捕鯨で,この種類をねらって捕獲したわけです。

1820年から52年以降までのアメリカの帆船捕鯨船の捕獲位置が詳しく記録されたものが残されています。時の江戸幕府は下田と函館を開港して,ペリーを北の方に追いやったと安堵したのですが,ペリーにすれば,北洋に行ける非常によい港を得たと喜びました。こういうところはアメリカが戦略的に丹念に研究した成果だと感服するところです。

表向きは中国貿易の拠点として日本に開港させたいということですが,最大の理由は500隻から700隻の捕鯨船が日本近海に展開して,船員に事故があったり食料が不足したりしたので,アメリカとしては,自国民の生命を守るために結んだ条約が安政元年(1854)の日米和親条約で,Friendship and amity treaty です。

私も国際条約をたくさん見ましたが,こんな優雅な名前の条約はこれ以外に知りません。日米関係が鯨ではギクシャクしていますが,鯨が元で,日米のいい関係が始まったことを思い起こして,日米の関係をだいじにできればと思うところです。

日本人は,一つのことで喧嘩すると,ともすると坊主憎くけりゃ袈裟まで憎いとなり勝ちなのですが,鯨の原理原則でアメリカと戦っても,大局的には仲良くするということを是非大切にしていきたいと思います。

条約では,函館と下田を給水,食料,石炭の供給を目的に開港すると書かれています。
さて日本近海では,1980年代に700万トンあったサンマの漁獲が1990年代には200万トンに減少しています。他の,サバ,イワシの類も同様です。一方,鯨類は,どんどん増えています。

ミンククジラは大体,1日に体重の3%程度の餌をとります。その量は200〜300キログラムです。餌の種類はオキアミを食べていると考えられていたのですが,実際はイワシ,サンマ,海の底にいるスケトウダラ,スルメイカなどを食べていることが分かりました。

釧路沖で調査したミンククジラの分布と食性を見ると,どんな魚でもえり好みをしないで,食べていることも分かりました。

日本の鯨類捕獲調査が1987〜8年から,日本の直下の南氷洋の,360度の中の180度の部分について,鯨がどれだけ増えたか(生物学的特性値の推定)とか,他鯨種間の競合の問題とか,オゾンホール,環境汚染,地球温暖化の環境への影響などを調査しておりました。

 それによると,ミンククジラとシロナガスクジラがなかなか増えていない。ところが,近年,ザトウクジラが増えてきて,このままでは,ザトウクジラが南氷洋を占領してしまって,生態系がくずれてしまう恐れがある。
  
 一体,何故こうなったのか。それを調べようとしたのですが,これがオーストラリアのグレート・バリア・リーフ近辺でホエールワッチングの対象になっており,オーストラリア政府筋から,なんとか中止(延期)してほしいと言われ,今年から,ナガスクジラとザトウクジラ50頭ずつを調査捕獲する計画でしたが,ザトウクジラの捕獲は延期されました。

鯨は長い間,食材として重宝されてきました。ミンククジラの赤肉は鉄分が非常に豊富です。南氷洋の鯨には海洋汚染物質がほとんどありません。将来は,南氷洋の鯨の争奪戦が繰り広げられ,日本が抑制するような事態になるのも夢ではないとも思っています。

日本から見れば,科学的にも,条約上からも,文化面からも,捕鯨は再開して然るべきであるとするのが日本の立場ですが,国際捕鯨委員会が機能不全でなかなか認めません。遅くとも1990年までには,捕鯨を再開しようという合意が文言にも明記されているのですが,未だにそれが果たせないということで,国際捕鯨委員会脱退論や,別の国際機関を作る案も取り沙汰されますが,日本政府は200海里は自国の主権下にあるのだから,日本の責任において一方的に捕鯨を始めるというオプションを考えているわけです。

ザトウクジラの調査捕獲については,ワシントン条約の制約,生物多様性条約での若干の修正は必要ですが,国際捕鯨取締条約でも調査捕鯨の正当性は保証されていますので,正しいことをやっているとの主張は続けたいと思います。そして一つのことで対立しながらも,二国間の関係を維持するのも,これからの成熟した国際関係の姿だろうと思います。

 鯨以外の魚全般について簡単に触れますが,最近の日本の水産物は,外国から買い負けています。日本の輸入量は15年ぶりに300万トンを割りました。水産物需要が減少傾向でもあります。国内の漁業生産体制を見ますと,漁船の減少や従事者の高齢化があります。
 
 一方,探知機材の発達などからの乱獲があります。資源管理もうまくいっていません。大きい者強い者勝ちの漁業では,共有地の悲劇が起こります。すでに,その悲劇が起こりましたので,ものの考え方を改めなければなりません。

漁師さんは,親の敵と魚は見たときに漁れ,と言います。魚は,煮て食っても焼いて食っても自分のものだという思いです。海の魚は国民の共有財産だという考えに変える必要があります。漁師さんは,国民の信託を受けて持続的に猟獲するのだという方向にいく時代がきたと思います。漁業法,水産業協同組合法もそのように変わってほしいと思います。