卓話


真実はワインの中に
 In Vino Veritas

9月8日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

社団法人 日本ソムリエ協会  会長
(有)ワールドワイドサービス
  代表取締役社長     熱田 貴 氏

 第4023回例会
 
 私は1937年7月7日千葉県の佐原という所で生まれました。子どものころ,九十九里の浜辺で遊びましたが,子ども心に,水平線の向こうには何かすばらしいものが待っているのではないかと思っておりました。その思いが凝り固まりまして,どうしたら安く海外に行けるかと考えた末,佐原高校を卒業すると同時に,船乗りの途を選びました。

 当時,愛知県の高浜という所で,私は,船の中のパーサーズデパートメントを目指して学んでおりました。日本郵船の鎌倉丸に乗っていたパーサーの方が来られて,ワインの説明などをしてくれました。学校にあるワインは空瓶で,20年ぐらい前に飲んだメドックとかソーテルヌのようなもので,香りなどは全然ありませんでしたが,田中さんというチーフパーサーが「ワインは人を裏切らないよ。人の心をとてもよくしてくれる。」とおっしゃっておられたことが,いまでも心に残っております。

 私の処女航海は1万2千トンくらいの春日丸という重量物運搬船での航海で,航路はハワイから南米のチリに向かうものでした。ハワイまでは,先輩たちは私たちをお客さん扱いにしてくれましたが,その先になりますと,非常に厳しくしごかれまして,睡眠時間は2時間か3時間という生活でした。

 海の自然のローリングとピッチングも私には耐えられないものだったのですけれども,チリのバルバライソに着きますと,鬼みたいだった先輩が,人が変わったように,お前はよくがんばったと言ってくれ,近くのビニャ・デル・マールという丘の上のレストランに連れていってくれました。そこで飲ましてくれた1杯の赤い液体が,私にとって,ワインとの最初の遭遇でございました。その先輩の人間的すばらしさと同時にワインのすばらしさを感じて,これこそが神が私に授けてくれたお酒だと思いました。

 それから40数年。その1杯のワインから始まってたくさんのワインを飲ましていただきましたが,その間,病気らしい病気をしたことがございません。これが,私の人生のなかで,みなさまにお話しできる,唯一のことではないかと思っております。

 7年間,船に乗っていましたが,丁度,東京オリンピックの1年前に,YMCAの国際ホテル学校で1年間勉強させていただきました。そして,1964年,東京オリンピックの年に,その年に開店したホテルニューオータニにお世話になりました。外国から大勢のお客さまが見えて,ワインの第1次ブームが起こりました。

 4年ぐらいたったある時,私どものダイニングルームに,あるフランスの方が来て,ワインのことを尋ねられました。その方は「お前は,南米のワインについは知っているが,フランスやヨーロッパのワインのことはさっぱり知らないね。よし,私が面倒をみてあげよう。」…このお客様が,後に私の師匠になる,ボルドーのサンテ・ミリオンでシャトーを経営しておられる,ピエール・シャリオールという方でございました。

 当時,ヨーロッパに行く航空運賃も高かったので,ナホトカ経由で行きまして,まずオーストリアで,4〜5日,勉強してからフランスに入ろうと思いました。オーストリアに入りましたら,最初にホイリゲという,できたての新しいワインを飲ましていただきました。ワインの原点はオーストリアにあるのかなと思うくらい,その味に魅せられた私は,それから1年4カ月の間,オーストリアに滞在してしまいました。

 そうした間に,ドイツ人の友達もでき,ドイツ語も少しは話せるようになりました。ドイツにもいいワインがあるよと誘われて,また4〜5日のつもりでドイツに入りました。ドイツに行きますと,ここにもすばらしいワインがありました。

 おいしいワインがたくさんありますが,糖尿病患者用のものがあったり,風邪を引いたかなと思ったときに,お燗にして飲むグリューワインの作り方を教わったりして楽しい思いをしているうちに1年間を過ごしました。

 かくして,ようやくおもむろにフランスに入り,いろいろな人にワインのワの字から教わりました。それらの人々から,異口同音に,日本という国はどうして,あんなにワインが高いのかと言われました。シャリオールさんからも「私のワインがどうして東京であんなに高いんだ。お前は,これから学ぶことを活かして,フランス料理をもっと安く提供する方法を研究しなさい。」と言われました。

 1年4カ月,サンテ・ミリオンで勉強して帰ってきました。早速,シャリオールさんとの約束を果たそうと考えていたのですけれども,なかなか実現しませんでした。

 その後5年ばかり,フランスの三つ星レストラン,トゥール・ダルジャンの東京店でシェフソムリエを務めさせていただいたりしている間に,シャリオールさんが亡くなったという知らせが届きました。奥様から,夫が亡くなる前に「熱田は,まだ高いワインを売っているのか」と気にしていたというお話しをうかがいました。その言葉に奮起して,1991年,麹町に「東京グリンツィング」という店を開きました。グリンツィングというのは,ウイーン郊外の19区にあります小さな町の名前です。…世田谷区の姉妹都市だそうです…。東京グリンツィングは向こうにいるときに学んだ産業心理学の,色彩と距離についての勉強を応用して,テーブルや椅子のアレンジを考えたつくりにしました。

 偶然に,料理評論家の方がおもしろい店だと新聞に書いてくれまして,それからは,電話がひっきりなしになりました。予約のとれない店ということになってしまいましたが,もしかしたら,色彩とか椅子の形にこだわったことがよかったのかなと感じております。お陰さまで,うまくいっているという感じがしますけれど,とにかく,ワインのお陰でいろいろな方とお会いして,いろいろと教わることができたことを喜んでおります。

 私のおやじは,習志野の騎兵部隊におりました。その父がよく言っている言葉のなかに「吾以外皆師也」という言葉があります。友達でも先輩でも後輩でも先生と思いなさいということだと思います。

 パリでお世話になったトゥール・ダルジャンのクロード・テライエルという社長さんには「レストランは劇場である。お客さんは観客だ。君たちは役者なんだ。役者は役者らしく振る舞いなさい。」と言われました。

 亡くなった楠本憲吉さんからは「本を買いなさい。旅をしなさい。小さな時間を大切にしなさい。」という教えを受けました。

 ワインをおいしく楽しもうというときに,どうしたらいいかといいますと…。先ず今日はだれと飲もうかという楽しみがあります。ワインを選ぶ楽しみがあります。このワインにはどんな料理が合うかなとか,逆に,この料理ならどのワインがいいだろうとかいうことも大切でしょう。

 いちばん大切なのは,選ばれたワインをどんなグラスで飲んでいただくかということです。ワインの味はグラスによって変化します。フランスにも,いいグラスがたくさんありますが,私がお薦めするのは,オーストリアのロブマイヤーという会社のグラスです。ロブマイヤーのグラスはほとんど手作りです。そして軽いです。

 ワインの温度は,国民性によっても違ってきます。フランスでは,いいワインは赤でも白でもあまり冷やしません。シャブリも,グランクリュからプチシャブリまで4種類あります。並のシャブリは冷やすとおいしいのですが,グランクリュになりますと,ほとんど冷やさないで,13度〜15度くらいで飲んでもまったく飽きがこないワインのよさをくみ出してくれるという感じがします。

 いつもシャンデリアとか蛍光灯の下でワインを飲むのがつまらないときがあります。そういうときには,たまには,ローソクの光りで楽しんでいただくと,ワインの色調も楽しむことができます。キャンドルライトの下でワインを楽しむという趣向です。

 ワインは適量でやめるというのがむずかしく,ついつい量を過ごしてしまいます。デザートの前に必ずチーズを少しとっていただく習慣をつけるのがよいと思います。チーズにはアルコールを分解する酵素がありますし,消化もよくなりますので,是非,チーズを食べることを心がけてください。

 この間,信貴山の大管長さんに聞きましたら,酒に適量はないのだそうです。ただし,「酔心に適量あり」ということを覚えておけと諭されました。よい言葉だと思います。