卓話


ロータリーの友月間例会
「サンデープロジェクト」を覚えていますか?

2017年10月18日(水)

朝日放送(株)
顧問 和田 省一氏


 今日は、朝日放送での経験を元に広告と広報について少しお話しした後、私が担当したテレビ番組『サンデープロジェクト』(以下、『サンプロ』)についてお話しします。

 日本の広告費は、およそ6兆円前後、GDPの1%強で、長年TV広告は約2兆円で推移してきました。しかし、インターネット広告が急成長しており、昨年の制作費を除く媒体費としては1兆378億円です。額はTVの半分強ですが、対前年の伸び率は13%(TVは1.7%)ですから大きくTVを引き離しています。

 「世界の広告費の動向見通し」によると、インターネット広告費がテレビ広告費を上回るのは来年との予測もあります。そのため、東京のTVキー局はインターネット事業に前のめりです。NHKも、放送とインターネットの同時配信に力を入れています。

 広報は有事対応、危機管理で、突発的に起きたことに即対応しないといけないため、計画を立て仕掛けていける広告とはまったく逆です。いつどんなことが起きても対応できるように、日頃から準備をしておかなければならない。それが有事の際の勝負の分かれ目になります。ダメージコントロールを素早く、しかも丁寧に行って、マイナスをプラスに転換できれば最高です。

 危機管理のスペシャリスト佐々淳行さんが『サンプロ』でよくおっしゃっていたのは、危機管理の要諦は「悲観的に準備して、楽観的に対応せよ」でした。起こりうる最悪の事態を想定し、できる限りの準備をしておけば、いざ危機が起きた際に落ち着いて対応できるということです。

 日頃から会社に対する不満が充満していると、問題の発生時に不満が噴出する危険性があります。そうした意味でも、日頃の在りようが大切です。最近はSNSが発達し、社員や関係者がいろいろな事を発信しています。この規制は表現の自由との関係で難しいのですが、業務上知り得た事項の取り扱い方など社内規定を整備しておく必要があると思います。

 また問題があると、内部告発は必ずと言っていいほど出てきます。「公益通報者保護制度」で、内部通報者を守る形が整備されています。自分の会社が不正を行っていると知り悩んでいる社員にとっては、良心の問題でもあります。しかし、社の広報としては隠していたもの、あるいは否定していたものが内部告発によって明るみに出ると、ダメージがより大きくなります。私がいた会社では、不祥事が起きた時は「隠すな」を原則にしていました。

 では、『サンプロ』にまつわる話を紹介します。『サンプロ』は、1989年から2010年までの21年間、日曜日の午前中に生放送され、田原総一朗さんが政治家に鋭く切り込むインタビューが評判でした。

 私は立ち上げから4年間プロデューサーを担当しました。その後も、番組が終わると田原さんから電話があり「今日の放送はどうだった」と聞かれるため、ノートを取りながら見るようになり、それが『サンプロ』が終わるまで続きました。

 「田原は人の話を聞かない」とよく批判されますが、これには理由があります。政治家は、多くの場合、自分の都合の良いことを喋り続けるため、それを遮って、視聴者が聞きたいことを聞く、政治家としては隠しておきたいことを聞き出す、そうしなければ政治家に言いくるめられて、本当のことが分からないという事情があります。田原さんも政治家のゲストと真剣勝負だと言っていました。

 小泉純一郎元総理はじめ政治家の皆さんは、「『サンプロ』には出たいが、田原さんに切り込まれるのは怖い」という事情はあるものの、多くの方が「出たい」と言ってこられました。

 小泉元総理には、総理になられる前によく出演いただきました。飯島秘書官からは「小泉は『サンプロ』のお陰で総理になれた」と言っていただいたようですが、派閥の会合に出ずにコンサートに行くような、また、当選回数が多いのにポストへの執着がない方でしたので、政局が混乱した時に解説役としてよく出ていただきました。

 山崎拓さん、加藤紘一さん、小泉純一郎さんの3人がYKKとして初めて揃ってTVに登場し、公然と政権批判をしたことも話題になりました。当時の総理は海部俊樹さんで、幹事長が小沢一郎さんでした。海部政権を打倒し宮沢政権が発足した直後、幹事長になられた加藤紘一さんの最初のTV出演も『サンプロ』でした。「政権を取れたお礼です」とおっしゃっていました。

 お世話になった高坂正尭先生のエピソードを紹介します。高坂先生は、TVでの話し方について天性の才能をお持ちでした。結論から入って45秒以内に話を収められ、お話はとても分かりやすく、説得力がありました。

 湾岸戦争の際に駐日イラク大使に出演してもらうと、この大使がインパクトの強い方だったことも影響したのか、視聴率が大阪12.9%、東京8.5%と好調でした。そこで、2週連続してイラク大使に出ていただこうとなったのですが、担当者がそれを高坂先生に電話でお伝えしたところ、「番組を降りる」とおっしゃっていると緊急連絡が入りました。直ちに新幹線に飛び乗り、京都の高坂先生の自宅に伺い、事情を説明しお詫びをしました。

 高坂先生は、「2週にわたってイラクに言い分を言わせるなんて、どういうことですか?湾岸戦争は我々にとっても、世界にとっても大問題なんですよ」とおっしゃいました。この回、高坂先生はお休みされましたが、その後は継続して出演いただきました。

 湾岸戦争の時期、『サンプロ』は、最新の情報を報道し、専門家、アナリスト、評論家、政治家の皆さんを集め的確にその分析をしてもらったことで、高視聴率が続きました。

 この時、1ヶ月間に8人もの新聞記者の方から取材を受けました。テーマは全て同じで、「TVは新聞を越えたのか」。多国籍軍による攻撃が中継され、まるでTVゲームのようだと言われましたが、TVは常に最新情報を伝え、分析までしている。一方、1日2回発行の新聞が、家に届いた時には状況が変わっているような事が続いていたため、エンターテインメントではTVに譲ってもジャーナリズムでは新聞が勝っている、という新聞の自信が揺らいだのだと思います。

 湾岸戦争から26年が経過し、今ならば「インターネットはTVを越えたのか」ということかもしれませんが、「フェイクニュース」の問題などもあり、難しいテーマです。

 島田紳助さんには『サンプロ』の司会を15年間していただきました。所属する吉本興業からは、「『サンプロ』に出たおかげで、紳助にコマーシャルの仕事が来た」と喜んでいただきましたが、紳助さんからは、「『サンプロ』に出ていることで、タレント仲間の間で一目置かれるようになった」と聞きました。

 当時、ニュースの世界では久米宏さん、筑紫哲也さんがいて、お笑いの世界ではたけしさん、タモリさん、さんまさんがトップグループで、紳助さんは二番手にいた、と本人は言います。お笑いの世界に足場を置きながら『サンプロ』の司会をすることでニュースの世界にも足を踏み入れている。二つの世界を股に掛けることで、大きな虚像ができ、それによって一目置かれるようになった。紳助さんの本名は長谷川公彦といい、「長谷川公彦が島田紳助をそういう形でセルフプロデュースしているんですよ」と言っていました。

 選挙期間中に各党の党首が番組出演するのが今は定番ですが、『サンプロ』以前は、公職選挙法と放送法を慮って、選挙期間中は政治向きの話は一切放送してはいけないという不文律がありました。しかし、スタッフから「『サンプロ』は政治が売りなのに、肝心の選挙の時に政治を扱えないのはおかしい」という意見が出ました。『サンプロ』スタッフは、政治部の記者ではなくいわば政治の素人でしたので、素朴に疑問に思ったのだと思います。

 そして、当時の自治省に問い合わせ、一定の条件を守れば政治を取り上げても問題がないことを確認した上で、「党首!列島リレー中継」と題し、全国を遊説中の各党の党首を中継車で追いかけました。街宣車の上、新幹線を降りたプラットフォーム、空港の控室から中継しました。

 臨場感があってなかなか良かったのですが、中継ではなくスタジオに行きたいという党がいくつか出て、次には党首全員がスタジオに揃うことになり、この形が定番になりました。そして、NHKをはじめ他局も同じようなことを始めたという次第です。

 この企画が始まった当初、共産党から抗議を受けました。番組を録画して、各党党首が喋った分数をカウントしたところ、自民党が10分何十秒、共産党が5分何秒で政治的公平を謳った放送法第4条違反だということでした。菓子折りを持って代々木の本部にお詫びと説明に伺い、了解はしていただきましたが菓子折りは受け取ってもらえませんでした。

 公明党からも抗議を受けたことがあります。ゲストの公明党の議員に田原さんが「お宅の党の幹部は馬鹿だから分かってくれない」というような発言をしたため、信濃町の本部にお詫びに伺いました。今は幹事長になった井上義久さんが対応し、菓子折りも受け取ってくれました。

 拉致問題解明のきっかけを作ったのも『サンプロ』でした。朝日放送の石高健次記者が北朝鮮関連の特集を作りました。

 その取材で、辛光洙(シンガンス)という大物スパイが、原敕晁(ハラタダアキ)さんを拉致し、日本人になりすまして工作活動をしていたことが分かりました。さらに、済州島にいる共犯の男を追い詰め、犯行を自供させ、『闇の波頭から』という単発番組ができました。ここから、拉致問題の解明へとつながっていきました。

 官房副長官時代の安倍晋三さんに、「この番組が拉致に関する自民党の世論を変えたんですよ」と感謝されました。「それまで幹部は、北朝鮮に出向いても歓待をされるので、“拉致はない”と言っていたのですが、石高さんの番組で初めて証言が出てきて、拉致が認められるようになった」ということでした。

 この石高記者が、横田めぐみさんが拉致されたことを突き止め、最初にご両親に伝えています。しかし、拉致が認められるまで朝日放送報道局内では、「石高の言っていることは信用したらあきませんよ」と言われていました。また、石高本人も「韓国に利用されているのではないか」と不安だったと告白しています。

 『サンプロ』は、問題当事者にお越しいただき、田原スタイルで切り込んで話を聞き、また、現場を徹底取材し、報道されていることの1枚めくったところにある本当の姿を抉り出すというのが基本姿勢でした。

 また、政権を批判するだけではなく、対案を出そうといつも田原さんから言われていました。そのため、著名人のブレーンをかなり抱えていました。それだけの制作費が当時はあったからできたのだと思います。

 NHKの政治番組のように形式的な公平にとらわれると、政治は面白くないと敬遠され、興味関心が盛り上がらない。『サンプロ』は、ガチンコでぶつかり合って本音を引き出し、政治は面白いというメッセージを番組に込めました。政治家も、国民の目が届かない料亭で話し合うのではなく、国民の目の前で議論しようじゃないかという雰囲気を作ったと思います。

 新しい時代の新しい『サンプロ』の登場を期待したいと思います。


    ※2017年10月18日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。