卓話


日本人と景観問題 

6月15日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

日本経済新聞社
論説委員
吉野 源太郎氏

第4058回例会

ヨーロッパには美しい街が多い。海外旅行をして、そういう街に行った日本人は,その美しさに息を飲む思いをします。ひるがえって,日本の町や村はなんてみすぼらしいのだろうと思うわけです。

 しかし日本にも,自慢できる美しい街がないわけではありません。中央線沿線にある「国立(くにたち)」の一橋大学通り周辺の光景は,かつて,作家の山口瞳さんが「日本で一番美しい街だ」と褒め讃えました。

国立は,70年前に西武グループの堤康次郎氏が,本格的な学園都市を創りたい一心で開発した街で,日本ではめずらしく計画的に作られました。
 私は最近出版した『西武事件』という本で「日本は近代的な所有権,私有財産権が確立していない国である。事件を起こした西武グループはその象徴的な存在である」と書きました。しかし、西武の創業者、堤康次郎という人は,たいへん複雑な人で,良くも悪しくも幅のえらく広い人でした。

悪い例では,東京にあるプリンスホテルの多くは,戦後,生活に困窮された宮様の土地を安くたたいて買収した土地に建てたものです。東京プリンスの場合などは敷地の中にある貴重な遺産を勝手にぶっこわしてホテルを建ててしまいました。

ところが,国立では,対照的に,宅地分譲をする際,「美しい景観を乱さない、建物は本格的な建築でなければならない」ということを売却の条件にしていました。
日本で,景観が公共の財産であるという概念が確立されたのは,景観法という法律ができた昨年のことです。70年前に,既に,康次郎氏がそういう街づくりを目指したということは,驚くべきことです。

国立の景観は,市民が70年間,自らの私有財産権を,自発的に,かつ自覚的に制限してきた結果つくられたものです。20メートル以上の高さの建物は建てないというルールがあり,整然とした街ができあがりました。

ヨーロッパの街が美しいのも,きちんとした都市計画に基づいてつくられているからです。どこの自治体に行っても,プランナーという都市計画を担当する専門官がいて,都市の全体像を描き土地利用を決めどこに道路を造るか橋を架けるかの案を作る,その権限を一手に握っています。一言で言えば,プランナーの決めたプランを皆で了解すれば、その下では私権を制限されることが前提になり、それによって地方自治が成り立っている。それが,都市の美しさの根底にあるのです。

 人々は観光客を集めようと思って美しい街を作っているわけではありません。目的は,ただ一つ。自分たちが住むところを美しい街に,住み心地のいい街にしたい。子孫代々に誇れるような街を受け継がせていきたいということなのです。それは文化そのものといっていいと思います。

例えば,アルプスの麓にあるインターラーケンという観光地では,壁の色や屋根の色はもちろん,窓の外に置く花の種類まで,全部規制があります。それを守らないと住めません。家を子どもに譲る場合に,勝手にアパートに建て替えるなどというようなことは絶対にできません。そういう窮屈さを受け入れるのは,観光のためだけではなく景観の美しさというものに,市民の皆が自分たちの私権でできること以上の「公」の価値を認めているからなのです。

私は,アイルランドが好きで毎年行くのですが,この国は,20年ぐらい前はEUの中の最貧国でした。19世紀の中ごろに大飢饉があって、国民の3分の1が死んだり海外に逃げ出したりして居なくなってしまったほどです。それが今や,1人当たりの国民所得がEU最高の優等生の国になりました。首都ダブリンにIT関連の投資を集中して,IT技術者も大量に養成しました。海外からの投資を呼び込むことに必死なのが日本と違うところです。

 しかし、もっと大きな違いがあります。私は初めて行ったとき、週末の休日にダブリンを抜け出して,車でぐるぐる回り、ダブリン以外の町や村が,見とれる程に美しいのに驚きました。それが、やみつきになるきっかけだったのですが、聞いてみると,ダブリン以外の700程の自治体が,毎年Tidy town(整然とした町)というコンテストをやっているというのです。どこの光景がいちばん美しいか,どうやったらコンテストで勝つかに町や村の人は懸命なのです。主催者はボランティア組織です。アイルランドじゅうの国民が集まってそういうコンテストをやっているのです。 
  
経済効果はIT投資によるものだけではありませんでした。国民の10人に1人は観光に従事するようになりました。直接の動機は自分たちの町や村を美しくすることでしたが結果として観光大国になりました。

プランナーが定期的に小学校で授業をする自治体もあります。「今度この丘の上に道路を作りたい、あの川に小さな橋を架けたい」などという話をして,「その結果、10年後、君たちが大人になった時には,こんな街になるが,それでいいかな」というようなことを話し合うのです。

私は、日本が道を間違えたのは,一つには公共事業のやり方にあると思います。日本の公共事業の決まり方は大部分がブラックボックスの中です。だから利権が発生します。計画は政治家しか知らないというところから始まります。ところが,アイルランドでは子どもまで情報が開示され子供たちまでが街の将来を考えている。私は,これは背筋の通った民主主義だと思いました。
アイルランドの西の端、大西洋岸にウエストポートという港町があります。かつては飢えた人たちが国を出てアメリカに向けて出帆したという所です。

この街がTidy townで優勝したというので尋ねて行ったのですが,本当にかわいらしい街でした。中心部に小川が流れていて街の顔になっています。地の利を活かした街づくりだったんですねと言いましたら,プランナーは「違います」と言うのです。「この川は、街を美しくするためにみんなで相談して,EUの基金を利用して掘った」のだそうです。街を美しくするための公共事業など、日本では考えられるでしょうか。この小都市は結果としてアイルランド屈指の別荘地になりました。

ドイツ北部にあるハンブルグは,第二次大戦の連合軍の爆撃で徹底的に破壊されました。ここの市民は街を復興するのに,昔の街区を復活させて昔のとおりの街を作りました。

最近,旧東独にあるドレスデンのシンボルだった教会が復興しました。この教会も爆撃で壊されたのですが、瓦礫の破片の一つ一つに番号をつけて保存していたのだそうです。60年間,保存していた瓦礫を組み合わせて遂に昔の教会を復元したのです。市民の執念としか言いようがありません。

戦争の被害ではなく自分たちの過ちを正した例もあります。ニュージーランドで最も大きいオークランドは花と緑が溢れる都市です。かつて英国から移民してきた人たちは、当初、手当たり次第に木を切って家を建てたり生活に使ったりして島を丸裸にしてしまいました。彼らの子孫は,これを痛切に反省して,営々として作り上げたのが今の緑あふれるオークランドなんだそうです。

イギリスのノッティンガム市は,ロビンフッドの伝説で有名ですが,残念ながら街の中心部からロビンフッドの伝説の舞台である城が見えません。産業革命以来、無計画に作ってきた建物が景観を邪魔しているのです。プランナーは「そのうち必ず城が見えるようにする。邪魔な建物が老朽化して建て替えるときが来るのを待っているんだ」と言います。どれくらい待つのかと聞くと、20年ぐらい、いや30年かななどと言います。美しい街をつくるとは来年や再来年に結果を出す作業ではないのです。

アイルランドは破壊がなかったために美しい街が早くできた。それでも20年。イギリスやドイツは50年とか60年の時間をかけています。ニュージーランドに至っては100年です。日本もたいへん惨めな町になっていますけれども,まだ遅くはありません。すぐできるわけではないけれど、100年ぐらいかかると思って始めれば必ずできます。

国立の話に戻りますと,最近この街のマンション訴訟が話題になりました。住民たちは建物の高さを20メートルに制限する取り決めを営々として70年間守ってきたのに、突然44メートルのマンションが建ってしまったのです。一審は「20メートル以上の部分を削れ」という判決でしたが,高裁では住民敗訴でした。判決は「景観の価値は主観的なもの。住民共通の財産とは,まだ言えない」と言いました。こんな判決が出る先進国は日本だけです。裁判の判決というのは,ある意味では国民の常識,文化水準を表しているとすれば,日本の文化水準は国立の市民に遠く及ばない。

しかし,がっかりしているだけでは始まりません。欧米には、景観の重要さを憲法でうたっているイタリアのような国もあります。多くの国に厳しい建築規制があります。アングロサクソンの国は規制を嫌う市場経済だといいますが,こと景観の問題に関しては日本よりはるかに厳しい規制を実施しています。彼らにできることは日本でもできないはずはありません。

我々が生きている間に,日本がうっとりするような美しい国になるとは,とても思えないけれども,少なくとも子どもや孫の代に,親たちはよくやってくれたと言わせるような国にしたいものだと思います。