卓話


最近のカンボジア事情

2010年9月22日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

前カンボジア特命全権大使
公益財団法人CIESF
副理事長,カンボジアオフィス代表
篠原勝弘氏

 インドシナ半島にはメコン川を流域とした5カ国があります。ミャンマー,タイ,ラオス,ベトナム,そしてカンボジアです。

 カンボジアは,インドシナ半島の南西部,メコン川の下流域に位置し,ベトナム同様にメコンのデルタ地帯を形成しています。カンボジアの面積は日本の約半分ですが,農業国としても豊かな国です。

1.1970年以前のカンボジア
 1970年以前のカンボジアの生活水準は隣国のタイ,ミャンマーと差がない状況でした。教育予算は軍事予算と同規模で,予算の24%ずつを分け合うという状況でした。

 先生の待遇も良く,私が赴任していた1967年当時(1ドルが360円の時代),小中学校の先生は120ドル〜150ドルの俸給を貰っていました。有能な人材が教職を希望した結果,社会に役立つ人材を輩出する土台となっていました。

2.1970年3月以降のカンボジア
 中立であったカンボジアにベトナムの戦火が波及します。以来1991年の和平までの21年間,紛争が継続します。

 1975年に政権を取ったポル・ポト政権は,常識では考えられない程,苛酷な政権でした。私たちはウルトラ民族主義と呼んでいますが,例えて言えば「赤軍派」に近いような,内部での粛正を繰り返す政治でした。

 まず都市の住民を地方に移動させました。地方では,さらに,都市から来た人たちを移動させました。こうして,住民が一定の地域に居着かないようにしました。これにより農村の伝統が失われ、 後々の地方政治を非常に難しくする原因になりました。

 ポル・ポト派が行った政策で最も禍根を残したのは,旧来の国家の基礎組織(特に司法,行政)を全部破壊したことです。加えて,通貨をなくしたため,原始的な物々交換の時代に逆戻りしました。戦争の期間が長かったので生活の基礎になるインフラが破壊されました。

 また,多くのインテリが虐殺の対象にされたため,平和になった時の復興の足かせとなったのが,知識層の人材不足でした。

3.和平から復興事業における日本の役割
 復興過程,経済建設の過程において,日本は国際社会最大の援助国として一貫してカンボジアを支援しています。カンボジアの人たちは日本の「心のある援助」を深く感謝しています。政府の援助のみならず民間の援助が多いのも特徴です。NGOの活動も非常に盛んです。

 1998年に,ポル・ポト派の最後の残党が帰順しました。1953年に独立して以来,常に国内に反政府勢力があったカンボジアに,やっと政治的な安定が訪れました。

 1999年には政治的にも社会的にも極めて安定した社会が実現したわけです。2000年からは外国の投資が急増しました。

4.カンボジアの経済的現状
 1999年から2008年までの10年間の平均経済成長率は 9.3%でした。大変な急成長です。ただし,カンボジアの場合は,ほとんどゼロに近い状況からの再スタートですから,当然と言えるでしょう。世界経済の不況で,2009年は少し落ちましたが,今年は持ち直して,4〜5%の成長が見込まれています。

 高度成長を支えているのは縫製業です。この業種の売上が輸出の7割を占めています。次いで観光事業です。アンコールワットが有名ですが,600以上の遺跡が眠っており,復興した遺跡が観光客を集めています。年間 240万人がカンボジアを訪れます。そのうち日本人は約17万人といわれています。

 プノンペンやシェムリアップなどの都市部は建設ラッシュです。オフィスビル,住宅,高層ビルなどの建設が始まり近代化が進んでいます。購買力も高まり,一般市民もスーパーマーケットで物を買うようになりました。

5.今後の展望(可能性)
 カンボジア自体の経済建設が重要なことは言うまでもありませんが,今,進められているのは,ASEANの中での統合的協力関係の推進です。カンボジアは2015年には関税を撤廃したいということを目標にしています。

 これからのメコン川流域5カ国の総合開発では,カンボジアには物流の通過国として地理的な優位性があります。

 バンコクからカンボジアを通ってホーチミンに抜ける第2東西回廊(アジア・ハイウェイ)も完成します。中国が,ラオス経由で南に抜ける南北回廊を急速に進めています。

 カンボジアは,近い将来,タイとベトナムに進出している日系企業の補完的な生産拠点としての役割を果たせる時期が迫っているといえます。

 カンボジアには,年間30万人の労働力があるのに,雇用が少ないのが現状です。日本にもっと投資をしてほしいと願っています。

 カンボジアの強みは,石油,ガス資源の開発も進んでいることです。2012年に石油の生産も始まります。ボーキサイト,銅,希少金属などの鉱物資源も期待されています。

6.カンボジアの今後の課題
 道路網の完成と高速道路の更なる整備が必要です。それに伴って,安価なエネルギー資源の確保も必要です。

 人材育成があらゆる分野で行われていますが,まだまだ足りません。経済開発が進むにつれて,それに応じた人材の育成が叫ばれています。

 カンボジアは伝統的に農業国家です。農業技術の改善が望まれます。雨季の時に溢れた水が引いた後に残した肥料で生産をする「氾濫農業」を改善していくことが必要です。

7.CIESF (旧カンボジア国際教育支援基金)の活動
 国境なき教師団,教育アドバイザーの派遣がCIESFの第一の活動です。

 カンボジアでの,小学校への就学率は約93%です。しかし,6年までいて卒業できる子供は6割程度です。4割の子供たちは労働力として使われてしまいます。なんとかして,全員が小学校卒業,中学校卒業にもっていきたいと思っています。

 最も重要なのは,教育の内容と教員の質の向上です。日本の多数のNGOが学校を建設しております。我々はそこに派遣される先生の質を高めるために活動しています。
 現在,小学校教員養成学校18校,中学校教員養成学校7校に対して,理数科系の先生を派遣したいと考えています。

 日本から小中学校の教員をリタイアした先生を派遣して,日本語のできる若いカンボジア人も一人ずつ配置して,教育実習の効果が挙がるような教育支援を行っています。現在は8名の日本人教師をプノンペンと地方合わせて2カ所の教員養成学校に派遣して,教員への指導を行っています。

 このプログラムが成功すれば,さらに残りの学校すべてに教師を派遣できるような協力をしていきたいと考えています。

 特に理数科を選んだのは,人文系の学科はそれぞれの国の教育政策に抵触することもありますが,理数科にはそれが少なく,授業も記号で教えることができるという点からも有利だということが理由です。

 理科では実験道具の作り方,使い方など,手作りの実験指導を支援することを中心にしています。

 CIESFの2番目の活動に「起業家養成プログラム」があります。

 カンボジアには,自分たちで企業を起こす,あるいは会社を作るという気概のある人たちが少ないのが実情です。これを何とかしようということで,実験的に,COBLAS(実践経営学講座)のパイロットコースを実施しました。その修了生を中心に「起業プラン」を作ってもらって,来年の1月に審査を行い,1位から3位までのチームを表彰しようという試みです。表彰された3チームは自動的にメコン流域諸国の起業プランコンテストに参加できる制度にしています。

 CIESFの3番目の活動は「教育大学院の創設と教育学部の設置」です。

 カンボジアでは,教育行政を行う専門の公務員を訓練することから始めます。そこで,教育省の公務員を対象にした大学院を創ることを計画しています。同時にプノンペン大学に教育学部を設置する計画も進めています。

 CIESFの4番目の活動は「農業大学の支援」です。カンボジアのバッタンバンという穀倉地帯に,特に農業に力を入れた大学を建設中です。学生の募集も2年生まで進めています。卒業したら現場に出て農業を指導する農業普及員を養成する大学です。

 農業機械の修理などの技術を身につける学科も新設の予定で、来年の4月に、農業教育支援の開始を目指しています。

 CIESFは,カンボジア国際教育支援という名前を使っていますが,基本は「国境なき教師団」の育成です。カンボジアを母体にして,できれば,メコン川流域諸国の中で人材育成の必要なラオス,ミャンマーにも協力の輪を広げていきたいと思っています。