卓話


大学人としての職業

2005年10月12日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

内閣府 総合科学技術会議議員
慶応大学 法学部教授 
薬師寺 泰蔵氏

第4074回例会

 私は世間を知らないまま,ずっと大学で過ごしました。私の父は民間会社の技術屋でしたが,母親は「おまえには会社勤めをして出世してほしかったのに,大学教授という変わらない名前で一生を過ごすのは,世間に申し訳ないことだ」と言っておりました。

日本,アメリカ,ヨーロッバでは,職業としての大学教授への道がやや異なっておりますので,その辺のところをお話ししたいと思います。

日本でいちばん古い大学は慶応義塾です。2008年に創立150周年を迎えます。福沢諭吉は,脱亜入欧という思想から,日本の因習を捨てて近代国家を作るためには学問が必要であると考えて慶応義塾を設立しました。

一方,東京大学はスコットランドのヘンリー・ダイヤーという人が作りました。慶応義塾の卒業生たちが最初の先生として就任したということも,おもしろい話です。

日本の場合は,同じ大学人でも,文科系と理科系では少しルートが違います。

文科系で,いちばん古いのは法学部の徒弟制度です。日本の近代化に際して,政府は技術者と役人を作りました。帝国大学では,役人のルートとして法学部を作りました。職業としての大学人を育てるために助手制度という制度も作りました。

私が大学におりました時は,大学院に行った人間は二流であって,大学院に行かないほうが一流であるというふうにいわれておりました。東大の法学部は,助手を5年間勤めると,すぐ助教授になります。つまり一流は助手になるという徒弟制度です。

 今は,その流れが少しずつ変わってきておりまして,大学院出身者が東京大学法学部の教授を占めるようになりましたけれども,伝統的には,おれは助手の出だ,という先生が大学に残っておられます。文科系で博士号をとるのは,晩年になってからですが,博士課程を修了したという時期が大学人への登竜門でございます。

理科系は講座制でありまして,講座に一人だけの教授がいて,その下に二人の助教授がいて激烈な競争をして,教授ポストをとる努力をします。大きな国立大学法人には,医学部を中心としてその伝統が残っております。一人が残って,一人は他に出なければいけないという制度を評価する先生方も結構おられますが,いずれにしても,大学人としては,理科系は博士号が必須の条件です。

アメリカのハーバード大学は,神学校として出発しました。ディビニティ・スクールといいますが,イギリス的なプロテスタントの宗教を教えるのが,アメリカの私立大学の出発点です。しかしながら,アメリカはイギリスのアングリカン・チャーチに迫害されてきた国民ですから,宗教のような因習的なものではなく近代科学のようなものを伸ばさなければいけないということで,科学技術を振興することが国是になりました。

アメリカには国立大学はありません。それは,アメリカという国が迫害されてきたピューリタンが作った国だからです。連邦政府は大学を作りません。政府は援助するが統治しないという立場です。

アメリカでは農商務省が全国にある農事試験場を貸与して,ランドグラント・カレッジを作りました。アメリカの科学技術は農学部から出発したといっていいと思います。

アメリカは独立戦争でイギリスと戦いました。フランスはアメリカを援助してウエストポイントの軍学校を作り,デュポンがアメリカで爆薬を作り科学を作りました。アメリカの銃器,鉄砲についての技術はフランスが教えたわけです。ウエストポイントは軍学校だけではなくて,鉄道を敷設する工兵隊も育てました。アメリカの鉄道は,ウエストポイントがフランスの技術を使って造りました。

イギリスは,古い大学の伝統をもっておりますので,アメリカ東部の大学は段々とイギリス的なシステムに変わっていっています。アメリカの科学は農学から始まりましたがイギリスやフランスの混じったようなシステムで進められました。アメリカの先生というのは,実はフランス系だとか,実はドイツ系だとか,またイギリス系だというように,いくつかの流れがあります。

アメリカの学問や科学の基礎を作ったのは外国人ですから,外国人がアメリカで教授になるのは比較的楽であります。日本人が先生になることもオープンです。

ヨーロッパの場合は,イタリアでいちばん古いボローニア大学を例にとりますと,この大学は,学問には医学,法学,神学しかないという立場の大学です。法学は人々を律して裁く科学であるから必要なものである。神学もやや似ています。医学は非常に古くからある学問です。教授も最初は神学の教授がつくられ続いて法学の教授がつくられそれから医学の教授がつくられたという流れでした。

 日本の大学はヨーロッパの流れをくんでいますので,やや法学のプレステージが強い。医学も強いという伝統をもっています。

フランスでは,二つの大学教授ルートがありまして,一つはグランゼコールといっている,例えばエコール・ド・ポリテクニークという理工学系の軍学校です。フランスの有名な科学者はほとんどこの学校の先生をしていました。もう一つは公立学校としてパリ大学です。ともに大学教授はエリートの社会ですので非常にプレステージが高いといえます。以上がヨーロッパ全体の流れですが,教授は職業というより貴族みたいな立場の人間として尊敬されていると思います。

日本の有名な旧制高校で,蔵前高等工業(東京工業大学の前身)とか熊本高等工業,農学部の前身である三重高等農林,名古屋大学の前身である商業専門学校など立派な高等学校がありましたが,これらはドイツの国立高等専門学校の考え方を導入したものでした。このことは日本の近代化を非常に促進したと考えられます。

近代の日本は,ややヨーロッパ混在型で大学を作りましたので,旧制の高等学校でも,先生を教授といっておりました。大学の教授は,ヨーロッパの貴族的な意味が強くて,いわゆる普通の職業としての教授というのは,国立高等学校,いろいろな専門学校での教授が,それにあたるものだったと思います。

 小中高の先生になるためには,それぞれの資格試験を通ってこなければなりません。楽なのは大学教授です。資格試験もなにもありません。だれでもなれるわけですが,基本的には博士論文を書かなければいけないとか,いろいろと厄介なことがございますので,なかなかオープンにはなりません。

外国では,フランスではエリートを選ぶバカロレアという国家試験の制度があります。ドイツでは,アービチュールという国家試験の制度があります。カール・マルクスがローマのトリアという町からボン大学に来て,受けた試験の成績が残っているそうです。

 ドイツは大学の少ない国ですから,職業としての大学教授という言い方はあまりしません。非常にヨーロッパ的ですから,貴族としての教授という扱いです。

 ドイツの場合は,どこの大学の教授になるかが重要でして,いちばんなりたい大学はボン大学だそうです。どの先生もいずれはボン大学の教授になりたいと考えているという,非常に閉鎖的な大学人でございます。

以上が世界全体の大学人ですが,日本の場合には,我々はどう考えているかと申しますと,今いちばん大きな問題は,若い博士号を取った人材が就職できないという問題をかかえております。10年前に,ドクターを終えた研究者を1万人育てると日本の科学は進むと信じて作ったポスト・ドクター制度で育った人たちが永久就職できないという問題です。私ども総合科学技術会議は,そういう問題をキャリアパスの問題として,皆さま方のご協力もお願いしたいと思っております。

 日本には,助手という名前がありますけれど,助手は,今はセクレタリーのポストに使われています。大学に残る助手と事務を扱う助手を分けようということで,助教という名前をつけております。そして助教を準教授,アソシエイトプロフェッサーにするという提言をしたいと考えております。

 もう一つの提言として,大学人を育てるためには,インブリーディングの問題があります。例えば幼稚舎から普通部,慶応高校ときて,大学は慶応義塾…。慶応しか世の中を知らない人が,加えて慶応義塾の先生になるというのがインブリーディング問題です。

 教授に女性が圧倒的に少ないという問題もあります。とりわけ理科系の工科に少ない。我々はそれを増やしたいと考えております。
 
大学人としての職業は,新規参入に対して特に厳しいものがあります。そのような点も改革の重要な点だと思っております。