卓話


「時間軸の悲劇」を回避するために

2022年7月13日(水)

(株)日本総合研究所
代表取締役社長 谷崎勝教君


 金融業界では、現在、最も本質的な地殻変動が起きつつあるような感じがしております。

   その一つが、気候変動の問題です。地球の気温が徐々に上昇していることは、周知の事実。日本でも、100年あたり1.28℃の割合で上昇しており、特に1990年代以降、高温となる年が頻出しています。2100年には、世界の平均気温は、最悪シナリオでも工業化以前と比較し、3.2〜5.4℃の上昇と言われています。また、「強い雨が降ることが増加する一方、降水日そのものは減少していること」や「コメや果実の品質・栽培適地への影響」「複合的な水害・土砂災害」など心配することが多くあります。

 気候変動の原因の大半は私たちの経済活動。経済活動は、「今」の人々の暮らしを少しでも豊かにすることが目的。これまでは「今の人々の暮らしを少しでも豊かにする」ことは「未来の人々の暮らしを少しでも豊かにする」ことに直結していた。ところが、気候変動が現実になってくると、この話も怪しくなります。「今の便利さ」が、「未来の不便、不都合」を作っているという、矛盾の関係、相反する関係が鮮明になってきます。

 ただ、残念ながら、人間は「未来の不便、不都合」を頭で理解できても、すぐには行動を変えられません。「自分の生きている間の話ではない」、あるいは「不確かな未来を、心配していても仕方がない」とか「いずれ新しい技術が解決してくれる」という反応も多くあります。ところが、「今と未来を繋ぐ」商売をしている金融機関としては、これは見過ごすことができない問題。資金を貸出して、企業を応援する、そこで経済活動が行われて、元金と利子が戻ってきて、金融という商売が成り立ちます。長期の返済期限のある貸出の場合など、今後の気候変動の実際の影響を心配せざるを得ない。「今と未来が矛盾している状況」は、金融機関にとって、極めて商売のやりにくい時代。

 マーク・カーニー氏は、カナダ銀行の総裁、そして、イングランド銀行の総裁にもなられた人物。彼のスピーチの中に、「時間軸の悲劇」という言葉があります。「気候変動の影響は、フルに顕在化するまでには時間的なラグがある。ただ、フルに影響が顕在化した時にはもう影響を食い止めるには遅すぎるということが往々にして起こる」という警鐘を鳴らしています。

 時間の猶予があることは、対策を練る時間、危機に対して準備をする時間があるから望ましい、と考えることも出来ます。ただ、反対にジワジワと影響が来るというのは、厄介な場合が多い。対策や準備を後回しにする傾向があります。「頭では分かっているけれど、変えられなかった」ということは、手遅れになって初めてわかる。ゆえに「Tragedy」「悲劇」と命名される。

 この「時間軸の悲劇」を回避するための方策は?この問いに対し、カーニー氏は「測定できるものは管理できる」という格言がヒントになると言っています。「未来の世代にどれだけツケを回しているのかを測定しよう」と、つまり、事業会社は生産活動でどれだけの二酸化炭素を排出しているのか、金融機関であれば投融資がどれだけの二酸化炭素排出に関連して行われているのかを自ら計測して開示することが2015年に提唱されました。「未来の世代にどれだけツケを回しているのか否か」が見えてきますと、ツケ回しの大きなものの値段をコントロールすることが可能になります。世界の金融業界は、「未来の世代にどれだけツケを回しているのか」を何とか測ることができないだろうかと、知恵を出そうとしている。

 2月のウクライナ侵略戦争は、人々の関心を「未来」から「今」に引き戻してしまう影響をも与えました。光熱費の高騰、停電の発生等、目の前の心配事が大きくなりますが、なんとかして「今」だけに翻弄されないようにしたい。

 一企業人として、後に続く若い人達にも、この「時間軸の悲劇」という言葉を伝え、「未来の世代にツケを回していないか」と、日々意識することの大切さを伝えていきたいと考えております。(本文の内容は私見です)


キャッシュレス社会の現在と未来

2022年7月13日(水)

(株)オリエントコーポレーション
取締役会長 河野雅明君


 一般社団法人キャッシュレス推進協議会が昨年実施した消費者アンケートによると、「どちらかというとキャッシュレスで支払いたい」と回答している人が65%、逆に「どちらかというと現金で支払いたい」と回答しているのは16%と、キャッシュレス派が現金派を大きく上回っています。

 キャッシュレス決済の代表格であるクレジットカードの保有率についても、様々な調査結果が公表されていますが、82〜84%程度となっています。ところが、先月経済産業省が算出・公表した2021年のキャッシュレス決済比率はそれらよりも低く32.5%でした。ちなみにキャッシュレス決済比率が最も高い国は韓国で、約95%とキャッシュレス先進国の中でも群を抜いています。

 偽札の心配もなく治安も良く現金信奉の強い日本は、キャッシュレス比率が20%にも届かないキャッシュレス後進国でした。しかしここ数年、キャシュレスの推進は国の成長戦略に位置づけられ、政府が実施したキャッシュレス・ポイント還元事業や決済事業者の手数料無料キャンペーンなどの後押しもあり、また新型コロナウィルス感染拡大をきっかけに現金受け渡しの接触を避けたい意識も広がり現在の比率まで上がってきました。

 銀行口座からの出金における現金引き出しの割合をみても、2018年の50%から2021年は45%と5ポイント減少しています。また、お賽銭やお布施といった現金が当たり前と思われている場面でも、一部キャッシュレスが始まっています。

 更に一歩進んで、キャッシュレスしか使えないというお店や施設も出てきています。ホテル業界を始め、飲食業界やプロ野球やJリーグでの球場内決済でも完全キャッシュレス化が広がりつつあります。現金を扱うことで発生していたコストがなくなり、セキュリティや人的ミスなどのリスクが大幅に低減するからです。

 一般に、キャッシュレス化の意義・メリットは大きく3つあると言われています。
 第一に、消費者側にとっての利便性の向上。
 第二に、事業者側にとっての効率化および売上機会の拡大。
 第三に、データの利活用による高度なマーケティングやデジタルサービスとの融合です。

 キャッシュレス化によって蓄積されたデータを活用した新しいサービスやビジネスの創出が期待できるなど、様々なサービスのデジタル化において決済のキャッシュレス化は不可欠な要素となっています。

 ただ、キャシュレス化への課題はまだまだ多くあり、キャッシュレス決済を利用したくない消費者や未だキャッシュレス決済を導入していない事業者が抱える障壁を取り除くべく様々なアプローチが必要と考えます。消費者目線では、正確な知識・情報の提供やリテラシー向上による不安解消、生体認証との組み合わせなどによる安全性の向上、不正被害防止の各種対策、また事業者目線では、コストを大きく上回るメリットを実感できる仕掛けや官民連携してのコスト低減への取組が求められます。

 そして共通の課題として、キャッシュレスの大前提となるデジタル化が抱えるリスクがあります。自然災害時などによる停電や通信障害への対応、一部の高齢者などデジタルインフラを利用できないいわゆるデジタル難民への配慮等です。

 これらの現状を考えると、現金を使わない完全キャッシュレス社会の実現には、まだしばらく時間が必要かも知れません。

 キャッシュレス社会の実現は、消費者や事業者の利便性や生産性を向上させ経済の発展にも寄与すると期待されていますが、一方でそれは安心・安全が確保されることが前提と考えます。

 便利で快適で安心・安全な消費生活を実現するべく、私たち決済事業者はこれからも絶えざる努力を続けていきます。皆さんも消費者として、また事業者として改めてキャッシュレスと向き合っていただけたら幸いです。