卓話


現場から見た中東経済の発展と今後

2010年3月24日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

前アラブ首長国連邦大使
東洋エンジニアリング
取締役副社長 波多野 琢磨氏  

 中東経済の軸足は,エジプトから湾岸諸国(GCC)へ移ったといわれています。アラブ諸国の共通点は,アラブ語を話すことと,人々の多くがイスラム教のモスレムであるということです。アラブの人口は,アラブ連盟の参加22カ国,3億4千万人で,一人当たりの所得は4千800ドルと比較的貧しい地域ですが,GCC6カ国の平均GDPはアラブ諸国全体の6割を占め,一人当たりの所得も3万ドル前後で,世界有数の金持ちの地域です。

 GCCへ軸足が移った理由の一つは,この大きな経済力です。とくに石油の収入によって新しい国づくりをしているため,大きな市場,ビジネスの機会が生まれています。伝統的に東西貿易のハブとして機能してきたこの地域は,インド,中国,イラン,ロシア,そしてアフリカ諸国という国々の,ヒト,モノ,カネの大きな交流センターになっています。

 GCC6カ国の共通の政治体制は,王族による支配ということです。いかにこの体制を維持するか,というのが政治的な最大の命題です。とくに,サウジアラビアの王は,政治の盟主であると同時に,ワッハーブというシーア派の祭主でもあります。ワッハーブは原理主義的な色彩が強く,失業なども含めて,世の中に悪いことが起こるのはコーランの教えに沿ってないからだ,と考えます。GCC諸国での人口増加率は高く、若年層が大半です。このため,失業問題などが続くと,政治の盟主である王制が批判の対象になります。若い人たちの雇用問題というのは,サウジアラビアの場合,切実な問題です。

 UAEの場合は,また違った問題があります。ここには,失業問題はありません。大半は外国人です。自国民一人当たりの所得は10万ドルをはるかに超え,世界で最も豊かな国の一つです。急に豊かになりました。豊か過ぎるため,働かないという問題があります。そうした問題や,将来の国のリーダーをどう育てるかという問題。これがUAEの場合の大きな課題です。

 このGCCの地域は,昔からロジスティックスのハブでした。シルクロードというのは,実際はインドまで陸送され,そこから二つの海のルート,海のシルクロードと呼ばれた二つのルートで西へ来ていたといわれています。ペルシャ湾を通った北ルートと,紅海を通ったルートのうち,紅海は珊瑚礁が多いので,航海が難しく,多くはペルシャ湾を通る北ルートが利用されました。

 船から降りると,あとはキャラバン隊,ラクダの隊商によってヨーロッパへ運ばれました。その隊商の通る町,キャラバンサライという宿場町のようなところで交易が起こりました。このため,アラブ諸国に共通しているのは,交易が富を生むという考え方です。お金をどこかに投資して,そこから利益を上げるという考え方は,この地域には伝統的にありません。これは,西欧流の銀行制度が存在しなかった理由と同じではないかと思います。

 イスラム法では,預金に金利を禁じていますが,これは汗水を垂らして働かないからということではなく,伝統的にお金を塩漬けにしてはいけない,という考え方が根底にあると私は思っています。交易が富を生む,という考え方が,この国の人たちのDNAです。従って,新たな産業を興すための投資をする場合,自分でリスクをとることをしないのが一般的です。

 この地域共通の富は,エネルギーです。GCC6カ国,それぞれ大小の差はありますが,石油の生産国です。日本は,サウジアラビアとUAEから,それぞれ石油の四分の一ずつを長い間輸入してきました。イランも入れると,日本の石油の8割近くが,この地域から輸入されています。日本のナショナルセキュリティを,この地域に依存しているということがいえます。

 IEA(国際エネルギー機関)の予想では,これから100年は,まだ石油,ガスが主要なエネルギーソースであることに変わりがないということです。年間100万バーレルぐらいの石油の需要が,これからも増えていくという見通しです。100万バーレルの需要が増えるというのは,世界経済が大体2%から3%成長するときの石油の需要量です。問題は,これを,誰が,供給するかということです。いま,イラクを除くと,この供給余力を持っているのはGCC6カ国,とくにサウジアラビアです。

 サウジアラビアは,戦後,アメリカにサウド家を守ってもらう代わりに,西側諸国に必要なだけの石油を供給する,という約束をしました。そのため,大きな生産余力を持ち,一時は500万バーレルとも,600万バーレルともいわれました。ところが,石油価格が下がったときに,大きな財政赤字が生じました。サウジアラビアは,失業問題などを抱えていたため,財政が赤字でも社会保障,インフラ投資を続けてきました。

 そのため,一時,サウジアラビアの対外債務はGDPの100%に匹敵する,ともいわれました。その当時,日本とサウジアラビアは高債務国を代表する国でした。いま,この5年間で石油価格は上がりましたので,サウジアラビアは借金を返済しました。そして無駄な生産能力を減らしました。いま,サウジアラビアの生産能力の余力は200万バーレルを切っているといわれています。

 これは,もし,ハリケーンなどでサプライサイドに問題が起きた場合は,たちまち供給不足になるということを意味します。いまや,サウジアラビアが,石油の価格を決めるプライスリーダーになった,ということだと思います。2年くらい前に,石油価格が40ドルくらいになったとき,これは長く続かないと思いました。必ず,サウジアラビアが財政的に必要とする60ドルまで生産制限をする,と思いました。GCC諸国もそれに追随する,と考えていました。いまや,70ドルを超す水準まで,想像より早いピッチで回復しました。これは,世界の石油市場の構造的な変化だと考えています。石油の最低価格は,サウジアラビア,あるいはGCC諸国が財政的に必要とする価格が設定されるということです。サウジアラビアが必要とする石油価格がこれから長期的に続く,ということになると,次に何が起こるかということです。

 資金フローですが,2009年は石油価格が60ドルということで,大きな開発が進んでいましたので,GCC全体の経常収支の黒字は小さくなっています。たとえば2008年のように100ドル近くになると,日本の経常収支を抜いています。今年は,おそらくもっと大きな経常収支を上げてくるでしょうから,アメリカの赤字に対して,中国,日本,そしてGCCが経常収支黒字国ということで,バランスさせる即ち世界ベースでの資金の流れが 変わってくると考えています。

 このように,GCCが一つの金融大国ということになりました。UAEには,世界最大といわれる国営投資ファンド,アブダビ・インベンストメント・オーソリティがあります。資産規模は,世銀の推計で5千億ドル,あるいは8千億ドルともいわれます。これは,石油余剰資金を,いざというときのために蓄えておいたファンドです。石油価格が高位安定をしたため,これが投資ファンドという形に変わりました。UAEの場合は,新しい国づくりをするための,太陽光発電の開発やインフラ整備などに,こうした石油の余剰資金を投資しています。また,サウジアラビアやカタールも近隣諸国に同じように投資をしています。ドバイへの最大のインベスターは,サウジアラビアです。サウジアラビアへの最大のインベスターはアブダビです。GCCは共通の市場を目指していますが,その同じ市場の中で,相互にいろいろな投資がなされているということです。

 ドバイは,2008年のリーマンショック以降,急速に,経済,とくに不動産市場が崩壊しました。バブルの崩壊です。先週,ドバイに行きましたが,まだ平均の不動産価格は下がっているということです。これは,ある意味,当然です。私がいた頃は,すべてのビルが完成したときはマンハッタンをはるかに超える,というほどビルが林立していました。当然のことながら,価格の調整が起こっているということです。

 ドバイの場合は,昔は石油がありましたが,最近ほとんど石油生産がなくなりました。では,ドバイの王族体制をどう維持するか,というところで着目したのが不動産の活用です。外国資本を呼び,不動産需要を増やし,それで利益を上げていく。UAEの場合,所得税というものがありませんから,不動産を作り,そこからの利益を上げる,というのが主な収入になります。現在,まだ不動産価格は下がりつつありますが,ドバイの中心部では値下がりが止まりました。不動産のバブルもそうですが,需給がバランスすれば価格下落も当然ストップすると思います。その背景には,ドバイがいまや中東のハブとして機能しているからです。

 ドバイに,ジュベル・アリという世界最大の人工港があります。先代のシェイク・ラシッドという,大変立派な方ですが,この方が造った港です。いまや世界でも第4位か5位か,というほどの港です。このジベル・アリに設けられたフリーゾーンでは,パートナーなしで単独で会社が作れます。現在,世界の6千社が進出し,オフィスを設けています。この港から車で10分ほどの距離にドバイ国際空港があります。ここをハブ空港とするエミレーツ航空は,あっというまに世界有数の航空会社になりました。港と空港,この二つが結びついて,Sea to Airという,世界でも希なるロジスティックスモデルを作りつつあります。

 たとえば,日本からヨーロッパまで物を運ぶと,だいたい2週間以上かかります。ドバイまでだと1週間。ドバイで積み替えれば,翌日にはヨーロッパに着きます。そういう新しいロジスティックスモデルができてくると思います。そうした意味では,ドバイのロジスティックスハブ,あるいは観光地のハブとしての役割は,まったく変わっていません。いずれ,不動産のバブルの影響というものも,ある時点で改善され,引き続きこの地が中東のハブとして機能していくものと思われます。