卓話


一人でも多くの留学生支援を-米山記念奨学事業

2009年10月7日(水)の例会の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。

(財)ロータリー米山記念奨学会 
事務局長 坂下博康氏

 米山記念奨学会は,今から57年前の11月,東京RCで生まれ,多くの先輩ロータリアンによって育てられてきました。今は日本の多地区合同奉仕活動ともなっております。 
ロータリー米山記念奨学事業は,日本の全地区,34地区が参加している唯一の,そして50年という長い間,先輩ロータリアンから受け継いだ奉仕活動として不変の理念を持って続けられた事業です。     

 財団法人ロータリー米山記念奨学会は,毎年14億円,累計で450億円にもなる浄財をいただいて,毎年800人,累計では116の国・地域の15,130人の方々を支援してきました。

この事業の特徴は,単に奨学金を渡す,受け取るということではなく,心と心の交流や人づくりを行うことを目的としたカウンセラー制度,世話クラブ制度にあります。

 目的はただ一つ,「世界平和・世界との懸け橋をつくる」ことです。この事業こそ,日本のロータリアンが世界に誇る,国際奉仕事業です。私たちは,これを先輩から引き継いだ宝物と思っています。

その運営に当たっては,従来から,毎月の監査を含めて,厳しいチェックを行っています。また,財産保全に関しては,日本国債を中心として運用してきましたので,実現損はなく,むしろ含み益がある状態です。

ここで,1946年4月28日,米山梅吉翁が逝去されました頃からの東京RCの歴史を繙いてみたいと思います。

1949年,日本は国際ロータリーへ復帰しました。3年後の1952年,第33代会長古澤丈作氏が「米山基金」の試案を発表されました。ちなみに,古澤丈作氏は,職業奉仕の文章で有名な「大連宣言」を起草した人でもあります。1929年の日本最初の地区大会で,米山梅吉氏が「古澤氏こそロータリーの鑑である」と称えた,その古澤氏が第33代会長に就任された時に,「これ実に米山翁の生前意図されたロータリー事業の一つであり,翁の遺徳を称うる無形の金字塔となさん」という趣意書を書いて発表されました。

この事業は一つのクラブでできる事業ではありません。そこで,1956年10月,東日本の二つの地区大会で(当時の日本は4地区だけでしたので,東日本は名古屋・岐阜をカバーしていました)計画の実施を決議しました。決議の内容は,「ロータリーの国際奉仕として最も相応しい企てであって,その連続性が望ましいこと。財団法人として全国的な組織とすることをここに決議する」というものでした。1957年には全国組織「ロータリー米山奨学委員会」ができました。初代委員長には,当時,RI理事に就任したばかりの小林雅一氏(東京RC第30代会長)が就任しました。

1967年,財団法人ロータリー米山記念奨学会の設立が当時の文部省によって許可されました。

その趣意書は「この法人は,全国ロータリークラブの寄付を主たる財源とし,ロータリー会員によって運営され,ロータリー目的達成に寄与することを目的としている。」と謳い,今日まで,事実その趣旨にそって運営されております。

世界中に活躍する学友たちの様子を描いたDVD『心つないで,世界へ』があります。その内容をかいつまんでご紹介します。

<第1話> 1992年、北京大学法学部を卒業した姫軍(ジ・ジュン)さん
 日本に来て3年目にロータリー米山記念奨学会との出会いが,彼の人生を変えました。「奨学会は夢を実現する自信をくれました。ロータリーの会員の皆さんは私を大事にしてくれました。奨学会のすばらしさはここにあります。お金だけではなく,心を伝えてくれた」と語る彼は,現在は弁護士として,多くの日本企業を顧客に北京・上海を行き来して,かつて自分が受けた恩をどのようにして返すかを考えています。

<第2話> ネパールで職業訓練センターを経営するアルチャナ・シュレスタ・ジョシさん

 彼女は「日本の識字率の高さ,女性が社会参加をしていることや経済力を持っていることに感動して私もネパールの女性の為に何かをしたいと思う気持ちがわいてきました。」

 カースト制度による社会的差別が残るネパールで,女性の経済的自立を支援する職業訓練センター設立を決心します。「センターを設立したいという気持ちになったのは,ロータリーの方々がくれた『支えますよ』という一言です。とても力になりました。」と語ります。

施設は,貧しい女性たち25人の授業料免除コースを設けた為に,経営はすぐに行き詰まりましたが,「生徒たちから,何とか続けてくれと言われ,再び奮起して,さらに25人の免除コースの生徒を増員しました。」

骨身を削る彼女の活動がロータリアンの心を動かし、地元のラリトプールRCと日本の第2630地区鈴鹿・亀山分区の5つのRCが3年間の支援を行いました。2006年に母国のロータリアンとなったアルチャナさんは多くのRCに支えられ,ネパールの発展のため歩み続けています。

 <第3話> モンゴル初の国際標準の3年制高校、新モンゴル高等学校を2000年10月に開校した,ジャンチブ・ガルバドラッハさん

 制服,給食,目を輝かせてのクラブ活動。日本では当たり前のことが,モンゴルでは存在していませんでした。それを実現させたのがジャンチブ・ガルバドラッハさんです。

「ロータリーの皆さんがすごく期待してくれたことが私には原動力になっています。校長をしながら,物理を教え,経営もして大変でしたが、将来,こういう人達を育成すると約束したのだから,それを達成するために努力しなくてはと思いました」と当時を振り返ります。また「日本の教育改革にも協力したい」とも言ってくれています。

 <第4話> 台北の国立故宮博物院。2004年,当時の陳水扁総統から直々の命を受け,3年の月日をかけてリニューアルオープンを成し遂げた女性初の院長,林曼麗(リン・マンレイ)さん

 博物館はみんなのために存在しなければならないというのが,美術教育の専門家であり画家でもある彼女の信念でした。自然光を採り入れ,広々とさせたエントランス。展示は分野別から時代別に改善し,解説方法にも工夫をこらしました。

 レストランや喫茶室も質を高め,ミュージアムショップでは有名メーカーの開発した商品で集客力を高めるなど,運営に必要なお金を確保する仕組みもつくりました。

 彼女は「博士号を得たが,それだけではなく,10年間の東京での生活で得た,いろいろな経験が私のビジョンになりました。それぞれの国の特別の文化を活かしながら,さらに新しい文化を創るというプロセスのなかで,違う文化の人達と交流したり,互いに影響し合いながら,イメージを広げていくことを期待しています」と語っています。

 <第5話> スーダン出身の米山学友,モハメド・オマル・アブディンさん

 彼は進行性の難病を患って視力を失いました。

 「奨学生の面接で,目の見えないことが不利になると思ったのですが,のちにカウンセラーとなった方の『こういうことこそロータリーがやらなくては。私のクラブで引き受けます』という言葉に救われた」と語ります。

現在は大学院で,平和構築・紛争予防をテーマに,内戦後の民主化の意義と課題について,祖国スーダンを事例に研究しています。

同時に,障害者の学習環境が整わないスーダンで,国や国民に問題意識を持ってもらうきっかけにしたいと,NPO法人「スーダン障害者教育支援の会」を立ち上げました。

アブディンさんは,「私以上に不利な立場に置かれている母国の人達の生活環境を改善したいと思ってた。そのきっかけは米山奨学生になったこと」と語っています。

 第1話に登場した姫軍(ジ・ジュン)氏は、念願である恩返しを実現するために準備を進めてきました。2009年3月28日,中国学友会成立大会。2002年から中津川RCが支援してきた上海分会と姫軍さんが会長を務める華北分会が協力して中国全体の学友会を誕生させました。
 
 姫軍さんは「我々が頂いたものはお金だけではない。頂いた友好の心を持って一緒にやっていきましょう」と日本語で挨拶しました。楊広平さんも「恩返しというのは社会奉仕の理念だ。たとえば中国の貧しい学生たちのため何かをしたい」と話しました。
姫軍さんは「仲間の力を借りながら次の世代へ恩を伝えるために取り組みを持続していく」と語っています。

この会に出席したロータリー米山記念奨学会の板橋敏雄理事長は「こんな嬉しい日は理事長として初めての経験。私たちがお世話をした愛情が5年〜10年経っても皆さんの心の中にしっかりと育っていることを確認しました。中国に日本の心を伝えることは,それによって世界の平和へ努力していこうと呼びかけることに通じます。本当に楽しみでなりません」と語っていました。

 2008年7月,台湾学友会のメンバーたちが日本のロータリーの父米山梅吉翁の墓参に訪れました。彼らは,かつて奨学生としてロータリアンと触れ合い,心をつなぎました。

 これらの話のように,日本で培ったロータリアンの精神と平和への思いは米山学友の心の糧となり,彼らによって伝わっていきます。時を超えて世界へ伝わっていくでしょう。