卓話


カルコンと日米の次期リーダーについて

2017年11月15日

(株)オークロンマーケティング
取締役 ハリー・A・ヒル氏


 私の大切にしている言葉とテーマについて紹介したいと思います。
 一つは、起業家精神。私は日本に来てから数社、起業しました。失敗もありましたが、成功したものもあります。

 私の好きな日本語の言葉は、「想像」と「創造」です。一度imagineしたものを創る。起業家精神の下、マネジメント、リーダーシップに基づいて想像したことをどのように確実に実行するかが私の2つ目のテーマです。

 そして、3つ目のテーマはCSR(企業の社会的責任)です。CSRは単なる社会貢献ではなく、確実に企業を強くすることであり、強い企業こそどう社会に貢献するかが大事だと思います。

 4番目のテーマは日米の次期リーダーについて。いくつか具体的な提案をします。
 私は、1985年に文部省岐阜県教育委員会英語指導主事助手として、来日しました。JETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)が始まる2年前でした。なぜ日本に来たのか。これは想像と創造の話になります。

 私は大学2年生から3年生の間に自分の人生について考えました。周囲は欧米関係について考える人が多かったのですが、新聞報道、経済などを見て、これからは太平洋の時代、日本とアジアの時代ではないかと思いました。そして、『Japan as No.1』という本を読み日本に大きな魅力を感じました。アメリカには日本に精通した専門家がおらず、私が日本のことを集中して学べば、確実に将来、日米の懸け橋になれる。そうした夢を持ち、日本語の勉強を始めました。

 1985年当時、外国人講師は岐阜県全体で私一人でした。2年目にもう一人、3年目はいきなり50人が来て、4年目は100人になりました。私が岐阜県にいる間に未来博が開催され、私は未来博の英語のネーミングと当時の知事の通訳をよくしました。私の結婚式には、岐阜の娘さんがアメリカ人と結婚するというので、新聞3紙、テレビ2局が取材に来て、当時の建設大臣も来て「日米関係はここから始まる」と話され、私は責任を感じて結婚生活を始めました。

 私は日本に来たら確実にチャンスがある、懸け橋として日米のビジネスができると思っていました。3年半働いて日本語も上手になった後、1年半程帰国し、1990年に再来日し、仕事を探しました。いろいろな会社が私のような人材をほしがると思っていたのですが、大間違いでした。私の専攻は日本語と日本文化。当時、日本企業に面接に行くと、「エンジニアやMBAに興味はあるが、日本語を話せる人には興味がない。2,3年でアメリカに帰るんだろう」と相手にしてくれませんでした。外資系企業も同様でした。

 そこで起業したのです。1990年にSGI Japan というイベント会社を興し、それから、H&R Consultantsという名古屋で初めての外資系企業向けの不動産とリロケーションの会社を設立しました。

 1990年、91年は日米摩擦の時でした。今でもはっきり覚えていますがアマコスト駐日大使が名古屋に来て、名古屋の商工会議所と中部経済連合会、それからアメリカのビジネスマンを前に、「日米摩擦の一番の原因はここにあります。名古屋です。ここがなくなれば日米摩擦はなくなります。直してください」と言いました。

 日本企業はこれに応じる形で、アメリカのBoeingやGeneral Dynamicsとの合弁会社を設立しました。当時、名古屋に住んでいるアメリカのビジネスマンは大体3、40世帯でしたが、1年で200世帯もの駐在員とその家族が名古屋に押し寄せました。彼らの赴任に関するサポートをしました。

 起業家は、懸け橋です。当時は東京にこうしたリロケーションサービスはたくさんありましたが、名古屋、中部にはない。私達は基本的にどこかで成功しているものは名古屋で成功する、また海外で成功するものは、他でも成功するということをテーマにしてきました。

 私は、1999年にオークローンマーケティングに入社し、2006年から今年9月まで社長を務めました。売り上げはこの11年間で4.5倍になり、2009年にはNTT docomoと資本提携しました。外国人が起業したなかで成功したのではないかと思います。

 オークローンマーケティングは、テレビで通信販売をしているショップジャパンを運営しています。テレビショッピングで日本では3番目です。フィットネス、食事、睡眠には国境はありません。海外で成功したものを日本に持ってきて作ったブランドがロングセラーになっています。低反発のマットレス、腹筋に効くワンダーコア、昔ヒットしたビリーズブートキャンプなど。ホームフィットネス市場はアメリカでは年間1500億円になります。これを私達が日本で創りました。

 私は社会への貢献をずっと考えています。会社の経営者として行うことは責任であり、会社以外でもボランティアをやっています。

 経済同友会米州委員会の副委員長、経済同友会の親日派のJapan HandsのTask Forceの副委員長、米国商工会(ACCJ CEO Forum)の Co-Chairと、教育のTask ForceのCo-Chair。それから、NPO法人HOPE International Development Agency Japan(ホープ)の理事長を務めています。

 ホープは開発途上国に井戸を掘って自立支援するお手伝いをしています。昨日までカンボジアの奥の県のプロジェクトを視察し、今朝、帰ってきたばかりです。東京ロータリークラブでは地雷除去のお手伝いをされていましたが、私達は地雷がなくなった後、井戸を掘って清潔な水が出るようにする。井戸がなく恵まれていない家庭は1日50セント未満の収入です。食べ物がなく、場合によっては虫を食べていたりします。井戸ができると収入は一気に年間2000〜3000ドルになると言われています。私達は皆、自分の人生の庭師です。水があれば、庭の草木がどんどん育っていきます。でも水がなければなかなか育てていけない。これはHOPE(希望)だと思います。

 CULCON(日米文化交流会議。以下、カルコン)についてお話します。私は2014年にホワイトハウスからカルコンの理事長に任命されています。設立は1961年。池田首相とケネディ大統領の会談で行われた共同声明における日米強化の1つの取り組みとして始まりました。基本的な考え方は、「国と国の関係はpeople to people」です。当時は日米の交流が始まったばかりで、相互理解が非常に足りませんでした。

 カルコンが最近とても意識していることは、日米双方の留学生の減少です。私達はこの数十年、people to peopleで深い関係を育ててきたからこそこれだけの交流と友好関係があるのに、このままでは将来、危機になります。

 ピークは今から13年前で、日本から年間約4万人が留学していましたが、現在は2万人未満と半分以下。私なりの簡単な解釈ですが、1990年の日本の対米直接投資は256億ドルで、2013年のほぼ半分。この時期、東芝問題、トヨタ問題などがアメリカで起きました。しかし、その後の変化で、ほぼウェルカムの気持ちになったのです。2013年、2014年、2015年、世界で一番アメリカに投資しているのは日本です。「日本と組んで大丈夫?」といった報道も全くありません。

 これはやはり、日米がほぼ同じタイミングで関係を深めた結果です。このように若い人を育成し、長い友好関係になれば、信頼につながると思います。

 将来の人材をどのように見つけるのか。これは全世界的な傾向ですが、国を研究する傾向がなくなっています。昔は日本の経済の専門家というように、その国の経済、政治、文学などの専門家がいましたが、最近は北アメリカや南米の経済というように、地域で専門分野を研究する人が増えています。

 留学生が減ってきた理由の一つは、日米両国の経済力が少しずつ落ちてきたことにあります。私は今54歳で、留学する時は1年仕事を休む人が多かった。今そうした人はほとんどいません。その後確実に仕事があるか、日米の学生、その親も関心が高い。企業の人事制度が遅れています。海外留学したからと優先的に雇う企業はほとんどありません。以前、中部経済連合会の人と話した時、彼は「留学する人は遊び心。そういう人に興味がない」と。まだそうした先入観があります。

 私は、留学した人を優先的に雇うこと、また、インターンシップ制度も6週間、8週間と長期にすること、さらには一度日本でインターンシップを行い、アメリカで1年位勉強し、その後アメリカの子会社でインターンシップするなどを提案します。日米の懸け橋を育てるには、そうしたことを大切にし、私達が夢を起こすことが必要だと思います。 最後に語学について。中高生の英語では、英検などを世界の基準であるTOEICやTOEFLに変えることです。日本のためにもなり、教育制度も変わってくるのではないでしょうか。カルコンはこうした考え方、アドバイスを日米両政府に出しています。

 海外に興味がある人、学生が圧倒的に減ってきています。いろいろな人から「今の若い人がよくないのでは」と訊かれますが、私はそうは思いません。私にも子供が5人いますが、どのような夢を起こすかは私達親の責任です。チャレンジ精神、冒険精神、それから、自分に投資すると確実にチャンスが生まれると感じられることが大切です。私のように投資したのにだめだったから起業することもありますが、大勢の人はもっと安全な道が好きなので、安全だけど冒険できる道、チャンス、成長するための機会を創る。青空には、夢やチャンスがたくさん広がっています。若い人達がブルースカイを見上げられることをぜひ応援していきたいと思います。


    ※2017年11月15日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。