卓話


医療施設の集中と分散―医療を成長産業にするには−

2014年4月30日(水)

地方独立行政法人神奈川県立病院機構 理事長
土屋 了介氏(東京銀座RC)

 国立がんセンターに長く勤めていましたので、がんについて話すことが多いのですが、がんは健診を受けることに尽きます。健診で見つかれば、9割方は治ると思っていただいていいでしょう。しかし残念ながら、がんと診断がついた方の半分は、健診を受けずに症状が出てから病院に行くために治りません。ぜひ年に一度は健診を受けてください。もしがんが見つかった場合には、がん研有明病院や現在整備を進めている神奈川県立がんセンターで面倒をみますのでご安心ください。

 県立がんセンターには来年の秋に重粒子線治療装置が入ります。これは放射線医学総合研究所が世界で初めて開発したもので、いま日本の独壇場です。これほど我国の医学の実力は基礎では大変高いのですが、残念ながら臨床では少し遅れをとっています。今日は医療施設の集中と分散というテーマで、これを進めることで安倍首相が掲げる成長産業にすることができるのではないかということを紹介したいと思います。

 私は1970年に大学を卒業しました。東大紛争の翌年です。1964年に慶應義塾大学に入り、60年安保以来初の授業料ストをやり、以後6ヶ月ずつ4回ストを行って合計2年間は勉強をせず、無事6年間の医学部を満喫しました。したがって、医学部は米国並みの4年間でよいだろうというのが持論です。その分、ストではなく、米国のように工学部や文学部などのカレッジを卒業していろいろな世界を体験し、また同級生が世の中に出てそこからいろいろな情報が入ってくる。そのようにして医師になることが望ましいのではないか。米国の医学の強さはそのあたりにベースがあるように思い、そう主張している訳です。

 国立がんセンターは約50年前にできましたが、会社30年説の指摘どおりの凋落ぶりです。一方、がん研有明病院は、1908年に東京大学の病理学の先生方が世界対がん機構から「日本にはがんに対する学術団体がない」と言われて、学者の皆さんが学術団体として創ったのが始まりです。大正天皇からの1万円の御下賜金や民間からの多数の寄付をもとに、1934年に巣鴨に研究所と病院を建設し、その後、三井報恩会から当時100万円相当のラジウム5,000mgの寄付を、また高松宮妃殿下からも多大なご援助をいただき、長くがん研究会が営んできました。

 わが国では戦後しばらく結核が国民病といわれましたが、数々の抗結核薬の開発によって制御されるようになり、次にがんや心臓病などの循環器疾患が問題になりました。東京女子医科大学は1955年、東京大学から榊原仟(しげる)先生を招いて日本心臓血圧研究所を開設しました。このようにがんも循環器も民間によって始められた医療であることは大変誇らしい思いがします。しかし、国民の「官尊民卑」の風潮により、1962年に国立がんセンターが築地に設立され、その10年後に大阪の千里に国立循環器病センターが作られました。

 戦前は医学の中心は東京大学医学部が中心で、日本で新しいことが出てくるのが東京大学でした。今でも、医療器械会社や医学書出版社の本社の多くが本郷の東京大学周辺にあることからみても本郷が医療・医学の集積地であったことをうかがい知ることができます。

 先進医療といわれる高度な技術や知識を必要とする医療の多くは、大学病院、総合病院、がんセンターなどが担っており、その大半は国立、県立などの官立病院です。それ以外にわが国でこうした先進医療を担っている施設は、社会保険病院、労災病院、日赤、済生会などで半官半民の病院が大半です。厚労省は日本の医療の大半は民間病院が担っているという見解です。実際にベッド数を見ると半数以上は民間病院ですが、中小規模が多く、欧米であれば療養所や介護施設といわれる、本来ならば急性期の患者を受け入れる病院でなくてもいい患者さんが入院されているところが日本の大きな問題です。

 日本の病院は、この20年間で多くが建て替えを行い、見かけは立派です。しかし、ソフト面では非常に薄いというのが実感です。医師の数も少なく、専門医を各科十分に揃えられません。日本の平均入院期間は24日位ですが、大学病院を中心とした先進的な医療を行う総合病院でも14日といわれています。しかし、欧米では、特に米国が短く6日。これは病院としては、ベッド数が大体3倍あるということになります。職員の数を比較すると、国立がんセンターが1,700人位の職員でベッド数600床、がん研有明病院も2,000人弱で700床を運営しているのに対し、ニューヨーク・メモリアル・スローン・ケタリングがんセンターという米国有数のがん研究施設は約10倍の職員でベッド数は600床ですから、いかに内容が濃いかがわかると思います。

 私がお世話になったメイヨー・クリニックは、ミネソタ州ロチェスターという人口8万人ほどの田舎町にあり、病院が一番の産業です。ベッド数は2,000床で、30年前に留学した時の職員数は15,000人でした。うち医師はスタッフが900人、レジデントが900人で計1,800人。国立がんセンターの全職員と同じ数の医師です。最近は外来を新しく作り、ベッド数は減り、職員数が倍になりました。入院期間が短くなり、従来入院して行っていた治療が外来化しているということです。がん専門病院では今、外来通院治療センターでの治療が化学療法の主体になっています。入院するのは化学療法を行うのには足りない体力を回復するためであり、手術も胸腔鏡や腹腔鏡を使うため、早い方で手術後3日目あるいは5日目に退院しています。

 報道などでよく指摘されるドラッグ・ラグやデバイス・ラグ(海外では既にその使用が承認されている薬剤や医療機器が、日本では使用が承認されていない、あるいは承認が遅れていること)は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査の遅れに起因しているとして、PMDAの審査員数を倍以上に増やしましたが、それだけの問題ではありません。臨床試験、治験のデータ収集は、欧米のほうが早いのです。病院の規模が大きいため、一つの疾患の症例がすぐに多数集まり、立派な論文が書け、審査も早く進みます。日本では1施設では症例が集まらないため10数病院で症例を収集するので、質の担保が難しく、審査に時間がかかります。このように病院の規模が開発の面にも大きく影響します。

 職種の数にも違いがあります。欧米の大病院では臨床試験を支援する看護師や薬剤師出身のクリニカル・リサーチ・コーディネーターが必ずつくのですが、日本にはなく、若いドクターが使い走りをさせられ、医師がますます雑用に追われるような態勢です。米国では、病院に医療コンシェルジュが必ずいます。日本の多くの官立病院では制服の女性が並んでいますが、大半は派遣職員のため、サービスもあまり芳しくありません。米国の病院はコンシェルジュはじめ全員が正規職員で、帰属意識が高くサービスが丁寧になります。他にメディエイターといって、トラブルがあったときに施設側と患者さん、あるいはご家族との間に入る職種も日本ではほとんど見られません。ハウスキーパーも十分にいないため、日本ではベッドメイキングを看護師が行うところが多々あります。

 以前、国立がんセンターを新築した際、病棟部長でしたので、一番大きな次の間付きの部屋の料金を一泊10万円にすると言ったら、厚労省に高すぎると怒られました。当時近くにあった銀座東急ホテルのスイートは1泊30万円でした。壁紙こそホテルの絹製に対してがんセンターは血が飛んでもすぐふけるビニール製ですが、病院では1人の患者にいろいろな医療機器を使えるよう最低でも8つのコンセントを用意し、酸素などを供給する装置も設置します。当時、夜間のホテルにフロアマネージャーはいませんでしたが、がんセンターでは看護師が各階に複数常駐している。こうした設備投資と人件費を考えると、病院のほうが高いわけですが、残念ながら日本の医療制度ではそうはなっていません。

 したがって、病院をもう少し大きくする必要があると同時に、私が提案しているのは、専門病院群を集めることです。石原元都知事には、移転する築地市場の跡地に循環器、リウマチ、糖尿病の専門病院を誘致し、中心に総合病院を作れば、がんセンターも生きかえる。企業の行うM&Aのような方法でホールディングカンパニーが病院を支配下に置き、これらを有機的に連携させることで欧米に対抗すべきではないかと提案しました。そうすることで、病院群と周囲の研究所群、さらにその周りに医療機器や製薬会社の企業群が集まるメディカルクラスターができます。新しい知恵、特許もたくさん出て、これらの企業から新たな製品が続々と生まれ、輸出して初めて医療は成長産業になります。

 医療クラスターによる医療の集中と、地域健康管理医による医療の分散の両者が日本の医療を再生すると信じ、実現に努力していく所存ですので、ご支援いただければ幸いです。

以上 追記: 医療分散の要は「地域健康管理医」で、将来の診療所の開業医師を、大学院のコースにて系統的に育成しようという提案です。必要な要素は、厚生労働省の言う総合診療医としての医学・医療学に加え、経営学とリーダーシップ学の素養が必要です。


    ※2014年4月30日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。